topreviews[WATARASE Art Project 2007/群馬・栃木]
WATARASE Art Project 2007

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1.桐生駅に停車するわたらせ渓谷鐵道の列車
2.本プロジェクトの一環として制作・発売された一日フリーきっぷ

若き異邦人たちの試みに出逢う旅
〜“多様性”がもたらすその先へ〜

TEXT 横永匡史

わたらせ渓谷鐵道 路線図
はじまりの街、桐生から

「東の桐生、西の西陣」とも称された織物の街として知られる群馬県東部の街、桐生。
この桐生では、十数年前より東京藝術大学の学生やOBを中心とした街中でのアートプロジェクト「桐生再演」が行われている。
作品の発表の場を求める作家たちと地元紙記者との偶然かつ幸運な出会いからはじまったこのプロジェクトは、好奇心旺盛な作家たちによって廃工場や空き店舗、神社仏閣など街中の様々な場所で作品展示が行われ、工場のリノベーションなど、ゆっくりと、しかし着実な成果を挙げている。その一端については、PEELER2005年12月15日号にてレビューしたとおりだ。

そして昨年から、この桐生再演に参加した東京藝術大学の学生を中心とした若い作家たちによって「WATARASE Art Project」(以下「WAP」)が行われている。
これは、桐生再演に参加するために桐生を訪れた作家たちが、ふとした興味から、桐生より始発するわたらせ渓谷鐵道に乗車して沿線の風景に魅せられ、はじめられたものである。

わたらせ渓谷鐵道は、桐生駅と栃木県の旧足尾町(現、日光市足尾町)の間藤駅を結ぶローカル線だ。
この路線は、旧足尾町にあった足尾銅山から産出される銅鉱石の輸送を目的として敷設されたが、現在では銅山は閉山し、銅山観光や沿線の景色を楽しむための観光路線として存続を図っている。

今回のWAPは、東京藝術大学の他、多摩美術大学や武蔵野美術大学などの他の大学の学生・OBなども加わり、40数名の作家が参加する大規模なプロジェクトとなった。
これらの作家たちは、この沿線の駅やその周辺のスポットに作品を展示しているという。
それでは、ディーゼルエンジンの音を響かせるあかがね色の列車に乗って、作品を観る旅に出てみよう。

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5.田中千香子「楽園」
3.塚本佳紹「映画は逃げていった」展示風景
4.豊崎恵美「現実逃避 〜飛ぶか逃げるか〜」

大間々−−営みがよみがえる街

列車はしばしの間、桐生の郊外に広がる住宅地の中を走る。そして、桐生を出てはじめにたどり着く街が大間々である。
大間々は、渡良瀬川の扇状地に位置し、物資の集積地として、また、足尾銅山の銅を運搬する目的で江戸時代に整備された銅(あかがね)街道の宿場町として発展した街である。街の中には、そんな歴史を偲ばせる建造物がいくつも点在している。
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6.横田達郎「hangman」
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7.旧桑原利平マンガン工場 外観
 
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8.9.田村未央「かぶとまん 〜3時間後のかくれんぼ〜」展示風景
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10.岡直三郎商店 石蔵 外観
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ここ大間々では、かつて渡良瀬渓谷の山中から採取されたマンガンの鉱石を加工してマンガンを製造していた旧桑原利平マンガン工場、220年もの歴史を誇る老舗醤油店の岡直三郎商店でかつて使用されていた石蔵で作品が展示された。

旧桑原利平マンガン工場は操業を停止して約40年が経つが、工場内には当時の機械や道具などがそのまま残され、当時の雰囲気を色濃く残している。
そのような工場の中での塚本佳紹、豊崎恵美、横田達郎の3名の展示は、それぞれ手法は全く異なるが、いずれもモノトーンを基調とした作品を展示していた。
「映画は逃げていった」と題して8ミリフィルムを用いたインスタレーションや紙を焦がした平面作品を展示した塚本、機械と機械の隙間に高い天井を活かしてジャンプする女性をダイナミックに展開した豊崎、機械の周囲に型抜きした仏像の顔を取り付けた木の柱を吊るした横田。いずれも、展示空間としては相当にアクの強い中で、工場の持つ地場に対峙する緊張感を持った作品を展示していた。
そんな中、田中千香子は対照的に、工場の浴場の壁面に色鮮やかな花々を描いた。壁面の青に触発されて描いたという田中の花々は壁面から浴槽にまで広がり、工場内のモノトーンの色調との対比とあいまって、まさに「楽園」と呼ぶにふさわしい空間を作り出している。そしてそこからは、一日の労働の汗を流すかつての工夫たちの心情や当時の活気をも時代を越えて浮かび上がってくるように感じられた。

一方、岡直三郎商店の石倉では、巨大な樽が転がる中、田村未央の「かぶとまん」が展示されていた。
「かぶとまん」はカブトムシをモチーフに田村がつくりだしたキャラクターだが、今回は醤油にちなんでカブトムシと大豆を掛け合わせた「かぶとまん」を蔵の中に点在させた。鑑賞者は、蔵の中のあちこちにかくれんぼしている11体の「かぶとまん」を探す仕掛けだ。
それぞれの「かぶとまん」は田村によって個別のキャラクター設定がなされており、何ともいえない愛らしさがある。
しかし、今回の作品は熊本の慈恵病院が設置した「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」に、かくれんぼと称して幼児が捨てられた事件から発想されたというシリアスな面を併せ持つ。また、11体という数も、かつて群馬県内で身寄りのない赤ちゃんを収容していた施設「天使の宿」での赤ちゃんの人数にちなんでいるのだという。
220年という長い歴史を持つ醤油店の蔵の中で現代の問題の一端を垣間見るとき、人の営みとは何なのか、ふと考えずにはいられない。

今回大間々で展示会場として使われた建物は、いずれも長い歴史を有するが、地元で特に歴史資源として活用されてきたものではない。
しかしだからこそ、そうした歴史が、そして作家たちの作品にこめられた現在の問題意識が瑞々しく迫ってくるのだろう。

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WATARASE Art Project 2007

わたらせ渓谷鐵道沿線各所(群馬県桐生市・群馬県みどり市・栃木県日光市足尾町)
2007年8月12日〜9月2日

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reviews/桐生再演11
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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