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ワタラセアートプロジェクト 2008/まちアートプロジェクト−越谷2008−
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a.山口愛《Comic Communication Ver.もみの木》(展示店舗:もみの木) b.もみの木 外観 c.柿本貴志《煮ても焼いても食えない 〜ホームセンターで釣れた魚》(展示店舗:さくら水産 北越谷駅前店) d.さくら水産 北越谷駅前店 外観

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e.パンフレット 表紙
コミュニケーションが育てる人とまち
〜まちアートプロジェクト−越谷2008−


まちアートプロジェクト(以下「MAP」)は、文教大学の学生たちが中心となって、大学がある埼玉県越谷市のまちの中で展開しているアートプロジェクトで、今年で3年目となる。
もともとは、文教大学の写真サークル「デジヴ」に所属する学生たちが、自分たちの作品の発表の場を求めてまちに飛び出したことが発端となった。
MAPの特徴は、空家を活用するのではなく、現在も普通に使われている店舗の中に展示する、という点だろう。
文教大学がある北越谷を中心に、大袋、越谷、南越谷などの駅前に広がる商店街の中の店舗の中に作品が展示されている。
店舗は、八百屋、酒屋、花屋などの商店から、寿司屋、ラーメン屋、居酒屋などの飲食店、果ては整骨院や歯科など多岐に渡る。
鑑賞者は、実際に営業している店舗のなかに入っていって、その中に展示されている作品を鑑賞するわけだ。
この、営業中の店舗内で展示するというスタイルは、作品の制作そのものにも大きく影響している。
MAPでは、まず作品を展示する店舗を募集し、応募のあった店舗に作家が訪問することからはじまる。そして、お店の人とのコミュニケーションを重ねる中で、展示場所や作品の形式などを決定し、作品を制作していくのだ。
お店の人の作品への関わり方は様々だ。ほとんど口を出さない人もいる一方で、作家に対して自分たちから作品のテーマやヒントを提案してきたり、作品の内容や出来栄えに注文をつける人もいるそうだ。
こうした過程を経て制作された作品からは、そうしたコミュニケーションの痕跡がうかがえる。
例えば、山口愛は、店の人とのコミュニケーションから浮かび上がってきた店の人の人となりや、その店にまつわる自身の思い出などを漫画として作品化したが、山口と店の人とのコミュニケーションやその店の雰囲気などが気配をまとって浮かび上がってように感じられる。
また、柿本貴志は、魚の形をした醤油のポリ容器と粘土を用いて様々な魚料理をユーモラスなミニチュアで表現したが、この鍋や刺身、グラタンなど多種多様な料理のアイデアの中には、作品を展示した海鮮居酒屋の店長から寄せられたものも多数あるという。

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  f.柿本貴志《お値段ちょうちょ》(展示店舗:フラワーガーデンほり) g.フラワーガーデンほり 外観 h.鈴木眞理子《光粒》(展示店舗:パーククリーニング) i.大澤和寿彦《布団がふっとんだ》(展示店舗:篠原寝具店) j.浅沼奨《カラフルネコ散歩》(展示店舗:ローソン 北越谷2丁目店)
そして、作品を展示する店の人々にとっても、こうした過程を経ることにより、作品に対する愛情やプロジェクトへの理解が深まるようだ。店舗によっては、店主自ら客を招き入れて作品の説明を始めたり、近隣の作品を展示している店舗を案内するところもあるのだという。私が訪問した店舗でも、「作品が展示されたことで店内が明るくなった」などと話してくれた。
こうしたプロセスは、まるでお店の人がキュレーターであるかのようにそれぞれの作品に深く関与しているように感じさせる。そして、お店の人も、お客さんも、作品を通してアートを知り、アートが生活の中に入り込んでいく。
多くの人にとって、アートは理解できないもの、自分や日常生活に関係のないものだと思われている。しかし、MAPの試みは、多くのアートに親しみを持ってもらい、日常生活の中にアートを溶け込ませるための試みとして、注目されてよい。
また、このMAPは、参加している学生たちの意識にも変化をもたらしているようだ。

MAPを通して、これまで行ったことのない店舗を訪れ、コミュニケーションを重ねていく中で、まちの人々とのつながりが生まれてきた。そして、作品を展示して店主や鑑賞者から感想を寄せられることにより、まちの中に自分の居場所を見つけられた、とある出展作家は話していた。
MAPは、越谷というまちに作用するとともに、参加する学生自身にも教育的な効果をもたらしているのだ。

もちろん課題はある。
作家自身がプロジェクトの運営に携わっているためか、それぞれの作品制作と、それに付随する商店の人との個々のコミュニケーションにリソースの多くを割かれてしまい、プロジェクト全体のPRや運営がやや手薄になってしまっているように感じた。コミュニケーションがこのプロジェクトの核になっているということは先に述べたが、現状では、そのコミュニケーションが、作家と商店、そして商店とその常連客の部分にとどまっているような印象を受ける。
MAPとしては、商店同士、商店会同士の連携が深まり、ひいては越谷というまち全体の活性化をも意図しているのだが、まだそこまでには及ばない、というのが現状だろう。
今年は、展示店舗をめぐるガイドツアーなどの試みもなされたが、それ以外にも、MAPを通して商店に新たな人を呼び込んだり、商店同士、商店街同士の連携を図れるような仕掛けを盛り込むなど、新たなコミュニケーションを生み出す仕掛けがあれば、そこからの相乗効果なども期待できるのではないだろうか。
また、作品について言えば、作品を店主とのコミュニケーションの中から制作しているというスタイルのためか、作品が優等生的に感じられた。全体的に店内に調和した作品が多いが、店内に溶け込み過ぎてインパクトに欠け、食い足りないように思われるし、作品によっては、作品を見ていくと、店舗の機能の一部となっているものや、店舗の装飾と大差ないものも見受けられる。作品が作品でない別のものになっているように感じられた作品がいくつか見受けられた。

総じて言えば、現時点でのMAPは、プロジェクトに参加するメンバー自身を育てるような教育的な性格が色濃く、そこから発せられるまちへの波及効果はやや限定的にとどまっていると言わざるをえない。
もちろん、そうやって学生たちを育て、まちに関わっていくことは意義深く、しかもそれが学生たちの自主的な意思で行われていることについては、大いに評価されるべきだ。
しかし、MAPで行われている取り組みが、越谷というまち全体を変えていくという大いなる可能性を秘めているからこそ、現状にとどまらず、更なる波及効果を期待してしまうのだ。
MAPから発せられた仕掛けが、メンバーたちの手を離れてからも新たなコミュニケーションを誘発し、まち全体に波及していくとき、MAPは新たな段階を迎えると言えるのではないだろうか。その先の姿をぜひ見てみたい、と思わずにはいられない。

アートと地域との関係性

さて、WAPとMAPという2つのアートプロジェクトを概観してみたわけだが、この2つの違いは、作家と地域の人々との間の関係性の違いと言うことができる。具体的に言えば、作品制作のプロセスにおいて地域の人々を介在させるかどうか、作品の展示において地域の人々の“理解”をどこまで得るのか、という点だ。
WAPが、その出展作品の多くについて、作家の展示したい作品を展示する許可を得るために地域の人々とコミュニケーションを図るのに対し、MAPは逆に、地域の人々とのコミュニケーションの中から、出展する作品が選択されたり、内容が決定されたりする。
言い方を変えれば、WAPが、作家と地域の人々との間に横たわる価値観の違いを提示するのに対し、MAPは、その違いを埋め合わせていった姿を提示しようとしているように感じられた。
MAPの項で“お店の人がキュレーターであるかのように”という語を用いた。MAPにおける作品の制作から展示までのプロセスは、筆者が以前レビューしたとがびアートプロジェクトの“キッズ学芸員”を彷彿とさせる。

ただ、一般的なキュレーターやキッズ学芸員と決定的に異なるのは、作家や作品に対する理解があくまでも後付けであり、出展交渉から制作・展示の間のコミュニケーションの過程で形成される、という点だ。
その過程とは、すなわち一般の人々と美術(特に現代美術)との間に横たわる障壁を乗り越えていく過程であり、MAPの特徴とは、そうした過程をも内包している点にある、と言うことができるだろう。
とはいっても、WAPや他のアートプロジェクトが、そうした地域の人々の理解を軽視しているわけではもちろんない。特にWAPについては、そうした地域の人々の理解の前段階にある、価値観の違いを提示することを重視しているように感じられる。他者とのコ
ミュニケーションを、互いの共通点や相違点を認識し、それを受容していく過程とするならば、その過程の前段が際立つのがWAP、後段が際立つのがMAP、というように感じられた。

ただここで留意しておかなければならない点は、成熟したコミュニケーションの前提としてあるべき、個の確立である。
WAPとMAPはいずれも学生を中心とした若い作家を主体としたプロジェクトであるが、彼らはこうした作家としての“個”の確立の途上にあるが故に、十分なコミュニケーションが図ることができないばかりか、今後の作家生活にも影響を及ぼしかねない危うさを(特にMAPに)感じてしまうのだ。
もっとも、こうした点はWAPにおいてもMAPにおいても認識されているようである。学生主体のプロジェクト故、継続していく中でメンバーは徐々に入れ替わっていく。入れ替わることによる新鮮さは維持しつつ、問題意識を受け継ぎ、共有化していくことが今後の課題となっていくだろう。

その一方で、WAPとMAPについては、彼らの持つ若さそのものがプロジェクトとしての武器となっている点も指摘しておきたい。
若者自体が少ない渡良瀬地域、学生は多くいてもまちづくりにさほど関与しているとはいえない越谷、というそれぞれの地域において、若者が地域に関わるという行為は、地域の活性化に直接間接の効果をもたらす。そこにアートが持つ創造性が加味されることで、地域に文化的、精神的な豊かさが増すように思えるのだ。

今年のWAPは、これまでの夏休み期間中だけではなく、春(5月)夏(8月) 秋(11月)と3つの季節にまたがるプロジェクト展開を予定しており、MAPは、北越谷のKAPL(コシガヤ・アート・ポイント・ラボ)とレイクタウンにあるMAG(まちアートギャラリー)という2つの拠点を中心に、アートを通して継続的に越谷というまちに関わろうとしている。
彼らの挑戦はまだまだ続く。変化していく時代の中、まちは、そして彼らのプロジェクトは、どういった姿を見せてくれるだろうか。

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k.【ワタラセアートプロジェクト】渡良瀬社宅 外観 l.【ワタラセアートプロジェクト】鎮目紋子《そとのうち》 m.ワタラセアートプロジェクト】はなわワークショップウィーク特別講座『現代アートってな〜に?』 n.【まちアートプロジェクト】浜野絵美《雲になりたい》(展示店舗:ローソン 北越谷2丁目店) o.【まちアートプロジェクト】KAPL(コシガヤ・アート・ポイント・ラボ) 外観 p.【まちアートプロジェクト】11月30日開催のシンポジウムの模様

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