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とがびアートプロジェクト2006

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1.中学校入り口の看板
中学校を美術館にしよう!
TEXT 横永匡史

はじめに
学校でアート作品を展示する、と聞いてあなたは何をイメージするだろうか。
ある人は美術の授業で描いた絵を教室や廊下の壁に並べて貼り出している光景をイメージするかもしれない。
またある人は、近年増えてきた廃校の中での展覧会をイメージするかもしれない。
だが、「とがびアートプロジェクト」(以下「とがび」)はそのいずれとも異なる。
実際に生徒が通い学校として運営されている中学校で、中学生自身が学芸員となって開催する展覧会なのだ。
それも、美術館や博物館での学芸員体験のようなものではなく、“キッズ学芸員”と位置づけられた中学生自身が実際にアーティストや美術館と交渉して作品を借り出したり、アーティストと作品を共同制作したりしたものを展示するのだという。
この「とがび」は一昨年から取り組まれており、今回で3回目を迎えるが、過去の参加作家などから何度か「とがび」の話を聞く機会があり、その度に「本当にこんなことができるのか」と驚かされたものだ。
今回ようやく訪れる機会に恵まれ、僕は秋の日差しもまぶしい戸倉上山田中学校を訪れた。

様々なコラボレーションのかたち

受付で渡されたパンフレットには、「キッズ学芸員とアーティストの夢のコラボレーション!」と記されている。その名のとおり学校の校舎全体を使い、様々な形のコラボレーションによって作品が展示されていた。
ここでは、今回の「とがび」をコラボレーションという視点を中心にして見ていきたい。

展示におけるコラボレーション
この「とがび」の参加作家を見ると、とりわけ東山魁夷の名が目立つ。
戸倉上山田中学校がある千曲市に隣接している長野市には、多くの東山魁夷作品のコレクションを有する長野県信濃美術館があり、第1回のプロジェクトから継続して東山魁夷作品の展示が行われている。
ただし、今回は単に教室内に作品を展示するのではなく、「あなたも東山魁夷に!〜KAII DE リゾート〜プロジェクト」と名づけられた興味深い試みが行われた。
それは、キッズ学芸員たちがめいめいに東山魁夷作品の中から1つをセレクトして、“この景色の中で作品を観ると一層味わい深く観られる”観賞スポットと時間を戸倉上山田内から提案する、というものである。
会場内にはそれぞれの作品とともに、キッズ学芸員たちが探し出してきた観賞スポットの写真があわせて展示され、観賞スポットまでの手書きの地図や貸し出し用の作品コピーも備え付けられているという念の入れようだ。
提案された観賞スポットの中には、見立てが苦しいかなと思わせるものもあったが、中学生ならではの発想のおもしろさに感心させられた。
また、圓井義典の「カメラ星人調査隊 第3次現地調査〜天狗とカメラ星人の隠された謎〜プロジェクト」や、山元ゆり子「2006年9月X日の出来事」などは、作品への鑑賞者の参加のさせ方などについて、キッズ学芸員たちの発想や遊び心といったものが活かされていたように思われ、ワクワクさせられた。

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2.圓井義典「カメラ星人調査隊 第3次現地調査〜天狗とカメラ星人の隠された謎〜プロジェクト」3.山元ゆり子「2006年9月X日の出来事」

アーティストとの作品制作のコラボレーション
この「とがび」を特徴づけるのは、何といってもアーティストとの作品の共同制作だろう。
キッズ学芸員たちが、自分たちでアーティストを選んで招聘し、共同で作品をつくるというものである。
キッズ学芸員たちは、自分たちでアーティストについて調べたうえで、手紙やメールでコンタクトをとり、出展を依頼する。中にはあえなく断られたり返信が来なかったりするケースもあるようだが、アーティストが出展を承諾した場合には、連絡を取り合いながら当日までの準備を進めていくことになる。
今回、共同制作がなされた作品の多くは、キッズ学芸員からそれぞれの作家にプランの提案をした後、相互のコミュニケーションを深めていく中で作品の内容を煮詰めていくという形がとられた。遠方からやってくるアーティストも多く、戸倉上山田に長期間滞在するのは困難であるため、事前のリサーチや下準備、そして作品の実制作においてもキッズ学芸員たちが相当の役割を担っている。そのせいか、作品の中にもどこかしらに子どもらしさが表れている作品が多く見られる。
例えば門脇篤の「温泉祭りプロジェクト」における「オープニングフォール」では、地元で毎年行われている花火大会の花火を毛糸で表現するため、教室の天井から大量の毛糸を落とすのだが、この仕掛けはキッズ学芸員たちが考案したものだという。塩川岳の「キャッスルプロジェクト〜麒麟・ドラゴン・UNICORN〜」は、キッズ学芸員たちの「レゴブロックで城を作りたい」という提案がもとになっている。
また、身近な素材で暗闇の中に雨降る千曲川を見事に表現し、水と光と泡の幻想的な世界を作り出しているもりやゆきの「雨は泡に溶けて闇に混ざる」、鳥をかたどった色とりどりの紙に来場者がそれぞれの願いごとを書き、花の種を入れた風船にくくりつけた様が頭上に羽ばたく鳥のようにも宙に浮かぶお花畑のようにも見える都梨恵の「七色風船夢景色」などは、キッズ学芸員たちの制作作業とアーティストの発想が美しく結びついた好例といえるだろう。

 
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4.門脇篤「温泉祭りプロジェクト」[+zoom]5.塩川岳「キャッスルプロジェクト〜麒麟・ドラゴン・UNICORN〜」[+zoom]6.7.もりやゆき「雨は泡に溶けて闇に混ざる」8.都梨恵「七色風船夢景色」

地域を巻き込むコラボレーション 
今回の「とがび」は、地元である「戸倉上山田」をテーマとしている。ただ単にキッズ学芸員たちに自由にアーティストや内容を決めさせると、自分たちの好みの内容に偏ってしまいがちになってしまうため、統一したテーマに沿ってアーティストや内容を決めてもらい、見に来てくれた人により楽しんでもらおうという意図からである。
そして、地元をテーマにするということは、キッズ学芸員自身がもっと地元のことを知り、地域の人々とも積極的に関わっていくことを促すのだ。
例えば、木村仁「千曲川・万葉プロジェクト」では、地元の社会福祉協議会の協力のもとでキッズ学芸員が参加者を募集し、集まった年配の方々と、万葉公園に設置されている歌碑の中の文字を拓本に取って鋳金制作するワークショップを行った。宮沢真「nobodies」では、来場者の写真と教室の机に並べてある写真とを交換していくのだが、この写真はキッズ学芸員たちが地域の人々に声をかけていって撮らせてもらったものである。
このように、それぞれの作品の構想や制作の過程において、キッズ学芸員たちが度々地域に出ている。こうして子どもたちが積極的に地元の事を知ろうとし、普段はなかなか顔を合わせる機会のない人々と交流をしていく、このことが子どもたちの成長を促すとともに、地域のコミュニティをも豊かにしていくのではないだろうか。
その意味で「とがび」はすでに学校の枠を飛び出し、地域にも影響を与えつつあるのかもしれない。

 
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9.10.木村仁「千曲川・万葉プロジェクト」[+zoom]11.宮沢真「nobodies」

子どもたちの作品展示について
ここで、子どもたちの作品についてもふれておきたい。
今回の「とがび」では、併せて選択美術の授業を受けている中学3年生の作品や地元の高校生の作品も展示された。技術的には未熟な点も見受けられるが、「初恋(ういれん)」や「PSYCHEDELIC DAYS」などの豊かな感受性を感じさせる作品や「千曲川の魚」などの遊び心が見られる作品など、いい意味で子どもらしいのびのびと作品が多く見られた。
これらの作品は、アーティストとの共同制作作品と同様に区別されることなく展示されたが、だからといってそれらの作品と比較して見劣りするわけではなく、それぞれが存在感をかもし出していた。
それは、子どもたちの作品が、自分の想いを10代の今だからこそできるかたちで表現しているからであり、学校という彼等の想いが染み込んだ場で展示することでそれがいっそう際立つように思えた。

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12.中学生作品「初恋(ういれん)」13.14.高校生作品「PSYCHEDELIC DAYS」[+zoom]15.中学生作品「千曲川の魚」

「とがび」だからこそできること 戸倉上山田だからこそできること
今回、この「とがび」を発案し、全体にわたって指導されている戸倉上山田中学校の美術教師である中平千尋先生にお話を伺うことができた。
中平先生は日ごろの美術の授業から、有名作品の鑑賞とそれをもとにした作品の制作、そして制作作品の子どもたち同士での鑑賞を組み合わせた「Nスパイラル」という独自のカリキュラムを実践している。
中平先生は「子どもたちに“自由”を教えたい」とおっしゃる。
美術はいわゆる五教科などと違って明確な回答があるわけではなく、一人ひとりの自由な発想を活かすことができる教科であるが、自分の想いを作品にあらわすためには、技法の習得や丁寧な作業といった地道な努力を要する。しかし、それを乗り越えて作品を完成させ、他の人に評価してもらえたときの喜びは何物にも替えがたいだろう。
中平先生は美術を通して、自由の苦しさとその先にある喜びを子どもたちに伝え、美術により親しんでもらおうとしているのだ。

そして「とがび」もその延長線上にある取り組みである。
外部から招いたアーティストたちとコミュニケーションを深め、ともに作品を制作することによって、子どもたちは自分とは異なる発想を知り、自分の想いを表現する新たな術を発見することができる。そのことで表現の幅を広げ、ひいては自分の心をもより豊かにしていくことだろう。
その一方で、作品を成立させるために必要な材料の調達や関係者との折衝、取材活動などの数々の準備作業は地道で根気の要る作業であり、自分の思い通りにならないことも多々あるだろう。しかし、そうしたキッズ学芸員としての活動や自分の作品の出展を通して、子どもたちは自由を成立させるためには様々なことが必要になることを学ぶ。そして、それらを乗り越えてひとつのことを成し遂げたときには、大きな達成感を得ることができる。それは「とがび」が終わった後も子どもたちにとって大きな財産となることだろう。
子どもたちを学芸員にして展覧会をする・・・このアイデアによって、「とがび」は一般にイメージされるところの美術教育という枠を超え、何かを成し遂げることの大切さや他者とのコミュニケーションを図るといった、人として社会の中で生活していくうえで大切なことをも学ぶことができる場となっているのだ。これこそが「とがび」が仕掛けた様々なコラボレーションの大きな成果といっていいのではないだろうか。

そして中平先生によれば、この「とがび」は戸倉上山田だからこそできるのだという。ここ戸倉上山田中学校では、かつて17年もの長きにわたり美術を教えた飛矢崎真守先生という名物先生がおり、近くを流れる千曲川の川原で流木を採集して作品を制作するなどの当時としては独創的な教育や、その親しみやすい人柄などから、当時の教え子たちの間では今でも語り草になっているのだという。ちょうどその教え子たちの子どもが中学校に通うようになってきており、中平先生の取り組みにも理解を示してくれるのだという。
こうした地域での教育の積み重ねというのは目に見えることはない。しかし、こうしたことが地域の風土や文化を育て、ひいてはそこで生まれた子どもたちをも育てていくのだろうと思う。
そう考えていくと「とがび」は、子どもたちとアーティスト、地域との交流という横のつながりと、学校で長年にわたり培われた気質や文化といった縦のつながりが交わることによって生まれた奇跡であるように思える。

ただそれだけに気にかかるのは、この「とがび」がもっぱら中平先生個人の熱意で支えられているということだ。
「とがび」における中平先生は、生徒が出品する作品からキッズ学芸員の活動まで「とがび」全般にわたる指導を行っており、中平先生なくしては「とがび」は成立しないといっても過言ではない。
しかし、中平先生は公立学校の教師であることから、いつ異動があってもおかしくない。また、キッズ学芸員も大半は3年生であり、来春には卒業してしまう。もしこの状況で来春中平先生が異動してしまったら、「とがび」は今回で最後となってしまうかもしれないのだ。
しかし中平先生はそれでもいい、とおっしゃった。飛矢崎先生の影響のもとで僕が「とがび」をやったように、今回「とがび」を体験して自由に表現する喜びを知った子どもたちが、次の世代にその喜びを伝えていってくれればそれで十分だ、と。
今回キッズ学芸員を務めた子どもたちの将来はまちまちだろう。アーティストになる子も出るかもしれないし、中平先生のように教職に就く子も出てくるかもしれないが、もしかしたらアートとは全く関係のない職業に就く子の方が多いのかもしれない。
しかし、今回の「とがび」で得た経験や感動は、子どもたちの胸に残り続けるだろう。ぜひそれを地域や次の世代に伝えていってほしいと思うのだ。そしてその中からまた大きな実りが生まれることを願ってやまない。


16.中平千尋先生17.これまでの「とがび」のあゆみの展示18.中学生作品「おじぞう様」19.飛矢崎真守先生の作品の展示20.ユミソン「さんぽするとり PROMEBIRDプロジェクト」21.杉山早紀「ちいさな花プロジェクト」22.地元小学校で行われた出前アート大学(多摩美術大学)での木村崇人作品の展示23.子どもたちによる手書きチラシ

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とがびアートプロジェクト2006

千曲市立戸倉上山田中学校(長野県千曲市)
2006年10月8日・9日
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。





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