topreviews[安岐理加 個展「杣径(そまみち) Holz wege」/群馬]
安岐理加 個展「杣径(そまみち) Holz wege」

 

 
迷い道へのいざない、そしてその先の至福へ
TEXT 横永匡史
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(1)ギャラリーのエントランス(2)「宇宙詩」(3)「宇宙詩」(4)SPACE-侑 展示風景

 
SPACE-侑 展示風景
 
 
ドローイング作品
安岐理加は近年、「杣径(そまみち)Holz wege」と名づけた展示を各地で行っている。
「杣径」といえばマルティン・ハイデガーの同名の著書が名高いが、その題辞には以下のような一節がある。

 杣(そま)とは森に対する古い名称のことである。杣にはあまたの径(みち)があるが、大抵は草木に覆われ、突如として径無き所に杜絶する。
 それらは杣径と呼ばれている。
 どの杣径も離れた別の経路を走る、しかし同じ森の中に消えてしまう。しばしば或る杣径が他の杣径と似ているように見える。けれども、似ているように見えるだけである。
(マルティン・ハイデガー『杣径』題辞より)


ハイデガーは、この題辞に続き、森の小径になぞらえるかのように自らの思索を展開していくが、安岐も同様に「杣径」を思索になぞらえている。安岐にとっての「杣径」とは、森の中で道に迷うがごとく、結論にたどり着けずに堂々めぐりを繰り返す思索のことにほかならない。
展示内容は、それぞれの場所に応じて変化しており、過去には布や縫い合わせたズロースを蚊帳状に吊るした展示などを行っていたが、今回新たな展示の場となったのは、館林の閑静な住宅地の中にあるギャラリー、SPACE-Uである。
SPACE-Uには、大きなテーブルや出窓、暖かみのある照明などがカフェを思わせる「SPACE-侑」、その奥に位置するクールなホワイトキューブの「SPACE-U」という異なる性格を持つ2つの展示室があるが、安岐はこうした展示室の特性の違いをもとに、異なる展示を試みた。

まず、手前に位置する「SPACE-侑」では、銅版画やドローイング、立体の小作品「宇宙詩」が展示されている。
この「SPACE-侑」がどこか生活感を感じさせる空間ということもあり、ここで展示されている作品も、日常の生活に根ざしたものが多いように感じられる。
安岐が日々の生活の中での想いをつづったという銅版画やドローイングに描かれているものは抽象的なものが多く、形もどこかおぼろげだ。何やら無意識が意識となって形をまとう瞬間をとらえたような瑞々しさを感じる。またドローイングの中には、木枠の古いガラスケースに入れられた4点組の作品もあるが、時の経過とともに色あせて忘れ去られてしまうその時々の想いを抱きしめるような、そんないとおしさを感じさせるのだ。

そして、テープルや出窓などには、古い木材や蜜蝋などでつくられた立体作品「宇宙詩」が展示されている。
「宇宙詩」は、安岐が風邪をひいて寝ているときに、ルドルフ・シュタイナーの言葉を思い起こし着想されたものだという。
シュタイナーは言う。「宇宙の観点から見ると、医学はひとつの宇宙詩です。病的なもの、人を病気にするものは、他の場合には最高のもの、この上なく美しいものでもあるのです。 このことの中に、宇宙の多くの秘密がひそ んでいます。」(『遺された黒板絵』より)
古い木材を使って組み立てられた箱に蜜蝋でできた窓のようなものがあり、その中には電球がセットされている。そして、電球はゆっくりと点滅を繰り返していく。
外見は一見すると家や部屋のように見えるが、蜜蝋でできた窓の形は作品によってまちまちであり、中にはおよそ窓とは言いがたい形の作品もある。だが、それぞれに形が異なる作品をじっと観ていると、個々の作品が人あるいは生命を表しているように観えてくる。窓の形の違いは、まるでそれぞれの人の外の世界との関わり方、ひいては人それぞれに異なる個性を表しているかのようだ。そしてその中で点滅する電球の光は、さながら心臓の鼓動のように感じられてくるのだ。
それぞれの作品には、古い木材や蜜蝋といった素材が持つ傷や濁りのようなものがあちこちにあり、見ようによっては病的のようにも見えるのだが、むしろそうした点がそれぞれの生命の年輪のようなものを感じさせ、いとおしい気持ちにさせてくれる。
そして、これらの作品がカフェを思わせる室内に点在している様は、まるでこの室内そのものが大宇宙を表しているようであり、その中で「宇宙詩」は小宇宙の深遠さを感じさせてくれるのだ。

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安岐理加 個展「杣径(そまみち) Holz wege」

SPACE-U(群馬県館林市) 
2007年3月3日〜17日

関連リンク
安岐理加 ホームページ
review/wanakio2005「まちのなかのアート展」
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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