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ベルリンアート便り
   
  監視塔外観 (オープニング風景)

「追体験できるような作品をつくってみようと考えた」

一方、アーティストはどんな気持ちで展覧会に臨むのだろうか。2007年3月に展覧会を行ったアーティストのゲオルク・クライン氏に話を伺った。彼は、監視塔がEU周辺国境警備団体(もちろん架空の団体)の本部という設定で、入り口では監視団体の加入を呼びかけるチラシを撒き、二階では監視カメラとセンサーを設置し、空気の振動を利用したサウンド・インスタレーションを、三階ではEUの国境付近を撮影した映像からなるインスタレーションを行った。

Qギャラリースペースではなく、実際に機能していた監視塔で展覧会を行うことについてどう考えましたか?

A 僕はホワイトキューブではなく、公共のスペースで展覧会をすることが多いんだ。パンク少女から銀行マンまで、いろんな人が観てくれるよ。監視塔は道路に面しているし、ベルリンの真ん中にあったドイツとドイツの国境を見るために世界中から観光客が訪れるんだ。もちろんこの歴史的な点は、今回作品を発表する上で非常に重要だったよ。僕は1987年からベルリンに住んでいるけど、この壁は世界の最も恐ろしい国境の一つだったと思うし、今の時代に、その時代と人々の感情を少しでも追体験できるような作品を作ってみてはどうかと考えたんだ。そこで、将来起こらなくもないような話を考案したんだ―それが今回のザ・ヨーロピアン・ボーダー・ウォッチというプロジェクトで、メンバーは家のコンピューターから国境を監視できて、第三者のために働くことができる仕組みなんだ。(※1952年より東ドイツの国境警備には、多くの国民ボランティアが起用されていた。亡命を謀ろうとした人の二割は彼らによって身柄を拘束されたという。)監視塔の中で映像を観て、音を聴いた鑑賞者は、この団体が本当に存在するんじゃないかという気持ちになったと思う。

Q.観客の反応はどのようなものだったのでしょう?

A.様々な反応があったよ。例えば、「信じられない、恐ろしい。この警告をありがとう」とか、興味を持って共感してくれる人はたくさんいたよ。「こんなプロジェクトにお金とエネルギーを注ぐなら、ぎりぎりの生活をしている人を一人でも救えるような直接的なことをすべきじゃないのか」というメールももらった。
時々展示を観て怒りだす人もいたけど、これはアート・プロジェクトだと趣旨を説明すると、笑いながら「はりつめた雰囲気をおのずと感じてしまうこんな建物の中で、この作品は衝撃的だね。人々が結束して国境を監視するという可能性は、ゼロではないかもしれないね」と言われたり。


Q.このような場所で美術の展覧会を行うことは重要だと思いますか?

A.僕は、このような歴史的に関心を持たれる場所で展覧会が行われることは意味のあることと思う。それは記念碑よりももっと、人々の心を感情的に、知的に揺さぶると思うから。

ゲオルク・クライン氏
監視塔内部から見える景色
監視塔内部のインスタレーション風景。中は狭い。
整備されたシュプレー川沿い。

記念碑を超えて


 ベルリンにいて感じるのは、政治的なテーマを扱ってストレートに表現する作品が日本に比べて非常に多いことである。それは、自分たちの住む世界で起きている様々な出来事を常に意識し、それに対して疑問を呈し、価値を見極め、取り組もうとすることが、アートの持つ機能の一つであるという考えに由来する。それゆえ、身近な壁がテーマとして取り上げられるのは、ここベルリンでは当然のことなのかもしれない。
 公園は今、人々の憩いの場となり、壁が設置されていたシュプレー川沿いも、美しい遊歩道が整備され、クラブ、劇場、プール、カフェなど若者が多く集まる施設が建っている。ここでかつて何が起こっていたかは、とても想像できない。歴史は町並みの変化に伴って風化し、忘れられていく。
 このプロジェクトは、ベルリンの壁を「過去の出来事」として終らせないことに意味がある。実際に監視塔として機能していた場に、資料展示ではなく美術作品が設置される。アーティストは、同時代を生きる一人の人間としてこのテーマを掘り下げ、作品に反映する。そして観る者は、過去の事実を改めて思い知らされ、想像力を働かせ考える。それは、「平和」という安易な言葉で人々を納得させるのではなく、また、ベルリンに壁があったという事実を、「知っておくべき世界史の情報の一つ」として頭の中で処理してしまうことを阻止する。
 アートを用いた試みによって、新たな命を吹き込まれ、時代の生き証人として存在し続けることができる監視塔は、単なる「歴史的建造物」以上の意味を持ち、人々の心を揺り動かしている。



近隣には壁が残っている
 
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