topreviews[第4回 shiseido art egg 岡本純一展/東京]
第4回 shiseido art egg 岡本純一展
空間彫刻の余白の美

TEXT 立石沙織
第4回shiseido art egg 「岡本純一展」撮影:加藤健

「shiseido art egg」は、資生堂ギャラリーが主催する新進の作家を支援する公募展だ。年に一度行われ、3名の優れたアーティストが選ばれる。過去にはPEELERでも紹介した窪田美樹が入選しており、今後の活躍がますます期待されている。
そして4回目となる今回は、曽谷朝絵、岡本純一、村山悟郎の3名が選ばれ、順に一ヶ月弱の個展を同ギャラリーで開催した。
その中で今回は、岡本純一の展示を取り上げようと思う。

資生堂ギャラリーは、資生堂ビルの1階から、階段を使って地下へ降りたところにある。
地下1階まで階段の途中に視界の開ける部分があり、一足先にギャラリーの様子を上から展望できるという構造だ。
ホワイトキューブの壁が照明を反射し、わっと明るい空間が真下に広がる。
その白い壁に圧倒され、他にほとんど目立つものがなかった。
少し気になったのは、その白い壁に障子が取り付けられていたことと、白い壁の奥には暗い空間があるようだということ。
それ以外は、予期せぬネタバレを避けるように足早に階下に向かう。

 
第4回shiseido art egg 「岡本純一展」撮影:加藤健


第4回shiseido art egg 「岡本純一展」撮影:加藤健
地下一階に着くと、意外にも地味な雰囲気におどろいた。これまでここで見てきた展覧会が華やかなものが多かったということだろうか。
ほの暗い空間、周囲に作品と見られる目立ったものは何も無い。ただ空間がそこにあるだけなのだ。
辺りを見廻すと白い壁がどっかりと立ちはだかっており、そこには障子戸がある。そこから零れる明かりがほんの少し、周囲の様子を物語る。展示空間に日本家屋のモデルルームが現れたかのようなのだ。
他になにか、作品の手がかりが無いかとぐるりと後ろに廻り込むと、このモデルルームのようなものが立方体なのではなく、鋭利な角度の三角柱のカタチをしていることがわかった。
そして廻り込んだ裏側にも障子戸。言ってしまえば、それしかない。

どういうことなのか。先ほど階段の途中から見た空間はもっとまぶしいくらいに明るかったはずだが。
浮かんだ疑問の答えは、壁の戸を開けるという行為の先にあった。
なんとなく、開けてもいいのだろうか…という不安に駆られつつも、そうっとふすまを開けると、先ほど見た明るい空間が待っていた。
暗と明。資生堂ギャラリーという空間を二分するこの白い壁こそが、岡本の作品なのであった。

このギャラリーは、上から見ると大きな四角と小さな四角の一角が重なるような間取りだ。その二つの展示室の接点を、サックリと切り込むように岡本の白い壁の彫刻が立っている。
壁の存在によって、ギャラリー空間は二つの顔を持つようになる。
明と暗。昼と夜。凸と凹。表と裏。こちらとあちら。この反転した組み合わせは、見る人によってさまざまだろう。

そこで岡本はなにを表現しようとしたのか。
岡本の作品は、たしかにインスタレーション作品だが。それ以上に鍵となる思想があるように思う。さらに私が感じたのは、狩野探幽が生み出したといわれる「余白の美」という価値観である。「余白の美」とは、枠を意識して余白をたっぷりと取る、端麗で詩情豊かな画風のことである。
空間そのものを作品と捉え、岡本なりの切り口を与えた(手を加えた)ことで、ギャラリーは彫刻化される。二分された空間の立体は、独自の空気の流れを持って「余白の美」を生み出す。
彼自身は、「千利休などの時代に堺の町中で生まれた、まちのなかに自然を入れる、もしくは見せる」という文化に影響されているかもしれないということを口にしていたけれども、やはり日本美術の流れ、感性を汲んだ彫刻家なのかもしれない。


第4回shiseido art egg 「岡本純一展」撮影:加藤健

第4回shiseido art egg 「岡本純一展」撮影:加藤健

岡本の作品は「空間」という概念をめぐる彫刻だ。
もともと彫刻という分野は「空間」と切っても切れない関係である。(ほとんど)2Dの世界である絵画にくらべ、3Dの世界として空間を意識しやすい。
それゆえに従来の木彫や彫金で立体を造るという表現を超えて、空間や作品が置かれる環境そのものまで意識を置くインスタレーションや、環境芸術といった新しい表現方法が目覚しい発展を遂げた。
作品が置かれた空間、作品そのものがもつ空間は芸術となりうるのか。
果たして空間は芸術なのか。
岡本はこのような問いを投げかけているのではないだろうか。
だからこそ、明暗によってつくられるカタチやギャラリーのディティールが、普段以上に前に浮かび上がるのだと思う。

今回は、資生堂ギャラリーのホワイトキューブの中で行ったということも、重要なポイントだったであろう。地下にあり、空間自体が立方体として意識でき、またそれを上方からと下方からと高低のちがう視点を持てたことは不可欠な要素だった。だが、可能ならば別の空間でも見てみたいと思う。岡本の空間彫刻の場として適所は限られるだろうが、意外なところに眠る場所があるかもしれない。そこで行われる斬新な切り込みに、これからも期待したいと思う。

第4回 shiseido art egg
岡本純一展

2010年2月5日(金)〜2月28日(日)

資生堂ギャラリー(東京都中央区)
 
著者のプロフィールや、近況など。

立石沙織(たていしさおり)

1985年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学で文化政策学を専攻。
在学中に、浜松の街を巻き込んだイベントの企画運営や、自室を毎月サロンとしてオープン。
現在、新宿眼科画廊(東京)スタッフをしながら修業中。
最近はアートピクニックしてます。




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