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窪田美樹インタビュー



私が窪田美樹を知ったのは、3年半近く前のことだった。
どしゃぶりの中、とある画廊で見た作品は、決してフォルムだけで語られるには惜しいものだった。
私は当時手伝っていたフリーペーパーに、小さくそのことを書いた。
それから窪田美樹に会うまで時間が掛かった。
偶然の出会いだった気がする、でもそれは運命と私は信じている。
今回の話を聞けたのも、私が信じていた部分をひっくり返すところもあれば、やっぱりねという部分もある。
ただひとつ言えるのは、3年半前に感じたことは、いまでも感じること。
女らしさ、感情、欲求に対しての作品化。
あなたが窪田美樹を知らなくても、私が窪田美樹を教えたい。
このインタビューも、偶然ではなく、運命だと、あなたに教えたい。

Interviewer 藤田千彩
作品写真撮影 加藤健
2007年9月14日 個展「かげとり」会場の新宿眼科画廊にて
 
《かげとり(虫)》、2007年


はじまりはグレープフルーツだった

藤田
「彫刻」って言葉を、私がまだ完全に理解できてない部分があって、しかも窪田さんの作品は「彫刻」と言っていいのか分からず、「立体」と認識しているんです。

窪田
確かに立体的なので、もちろんそれでも結構です。
ただ立体となると、「平面作品ではないもの」というニュアンスが含まれるような気がしていて、もう少し独立した行為として作品を考えたいなという気持ちから「彫刻」としています。


藤田
「彫刻家」と名乗っている女性が少ない気もしています。

窪田
そんなことはないですよ。彫刻家が画家よりも絶対数が少ないだけで、女性の彫刻家は沢山いらっしゃると思います。「家」ってつくとなんだか固いですよね。私は名刺に彫刻家なんて入れていますが、これは半分本気で半分はシャレです。


藤田
おもしろいですね。私はそういう理屈が好きです。
だからこそ、窪田さんにあれやこれや聞きたいことがあります。
まずは窪田さんがなぜ彫刻をしているのか、大学で彫刻をしようとして、やっていたのか、ということから伺えますか?

窪田
はい。高校時代から「美大」を進学先に考えていて、美大へ入るための予備校に通っていました。そこで基礎的なデッサンや油絵を描いたり、デザイン科に入るための平面構成などもしたのだけれど、自分には合ってなかったと感じ、本当に大学に行けるのだろうかと考えていた時に、唯一、粘土で何かを作るということだけは出来るよな気がしたのが、彫刻科へ入ろうと思ったきっかけです。


藤田
それで武蔵野美術大学彫刻学科に入って。

窪田
大学1年のときは課題を中心に粘土で塑像などをしていました。粘土を触るのは好きでしたし、それなりに楽しくやっていたと思いますが、それも段々飽きてくるというか。塑像に対して、粘土をベタベタと触る事以外には充実感を見いだせなかったのだと思います。


藤田
展覧会はしなかったのですか。

窪田
2年生になったときグループ展に誘われました。展覧会というよりも、一日だけ作品を持ち寄って、展示をしながらコミュニケーションをはかるというもので、本来ならもっと個人としての表現を確立している方が出すものだったと思うのですが、なにかの拍子に誘われてしまって。ですから、いざ作品を持って来いと言われても本当に困ってしまい、焦ったわけです。当日の展示時間は約8時間。日が迫ってくるにつれ、その8時間をどうにかやり過ごすことしか考えられなくなってしまって。


藤田
単に作品を展示するだけ、という人もいたでしょう?


a
 
 
b
 
 
c
 
 
d
 
a.グレープフルーツをむくパフォーマンス風景、1996年
b.
グレープフルーツをむくパフォーマンスの残骸、1996年
c.
無題(ワックスと針金の仕事)、1999年
d.
《うっちゃり》、1999年
窪田
ええ、単に作品を展示すればよかったと思うのだけれど、私はその作品すら作れなかったんです。それで、やり過ごすために長時間可能な作業は何かという事になって。8時間、頭と手が別々に動いていくような感覚になれて、絶対に困らないでいられる作業は何か。そんな時に、ちょうど友人にグレープフルーツをむいてあげることがあって、これがなんだか無になれた。これならいけると偶然思ってしまった訳です。


藤田
グレープフルーツをむくことが?

窪田
そう。ただ、それがどう見えるかなどはあまり考えませんでしたから、もしかしたらこれは作品とは言えないかもしれないですね。やり過ごせれば何でもよかったのですから。


藤田
で、ずっとグレープフルーツをむいたのですね。


窪田
当日は、机と椅子を置き、机の上にはお皿を一枚置いて、あとは座ってひたすらむき続けました(写真a)。薄皮までむいたものをお皿へ、残りの皮は床へ落としていきました。むいているとき、人を無視するのも不自然だと思ったので、話しかけられれば話をしながら、ただむいていき、やがて床には皮の山が出来上がっていきました。8時間のうち最後の1時間は、行為の残骸を展示として私がいない状態で放置しました(写真b)。これは何年も前の出来事なのに、現在の制作にも繋がると思っています。


藤田
むいた皮の山が?

窪田
むいていたら山ができた・・・というように、行為によって結果的に生み出されるものに、興味をもつことが出来たということでしょうか。


藤田
おもしろいですね。グレープフルーツをむくことで、いくつも気づくことがあったなんて。「彫刻家」じゃなくて「パフォーマンス作家」になる道もあったでしょうに・・・。

窪田
そうですね、確かにこのまま私はパフォーマンスの作家になるのかなぁなどと思ったりして、別の長時間可能な作業というものを考えてみたのですが、全然うまく行きませんでした。あれは作品として成功したのではなく、経験として成功したのだと気づいて(笑)。もう少し、作品として残る形と格闘すべきだと思うわけです。


藤田
そこでまた彫刻の道へ戻ったのですね。

窪田
とりあえず「頭に浮かんだ形を実現する」ということには抵抗がありました。そこである程度決まりを作って、あとは行為によって勝手に現れるようなものを作ってみよう、と思ったんです。まず、針金を箱の中に入れて、その上から溶かしたワックスを流し込んで、冷えて固まったら箱から外して、ハンダごてで周りを溶かしながら中身を探り当てて掘り出すという事をしました(写真c)。少し針金が見えたらそれを辿っていって、最後は間がワックスで埋まった針金の塊が出てきます。これは結構上手くいって、針金以外にも木の枝とか、文具とか、あとなぜかマカロニとかで、同じ作業を繰り返し沢山作りました。最後は針金が鉄の棒に、ハンダごてがガスバーナーに変わって、かなり大きなものも作りました
(写真d)。そうしているうちに、溶かして掘り出すという行為よりも、ものの間が埋まっている状態自体で、次の作品がつくれるかなと思い始めました。


藤田
聞いているとややこしいプロセスを経ているし、作品となるとそういう過程はすっ飛ばされて、結果として出来たものしか見えてこないですよね。なんでそんなことをして、あるいは、そのやり方をやめて次に移ったのですか?

窪田
単純に飽きました。でも、実は今もプロセスは大切だと思っています。結局この方法が破綻したのは、埋まっている状態に興味を持ち始めているのに、自分で作った形をわざわざ仕込む事に嘘を感じだしたというか。当たり前と言えば当たり前なのですが。さらにワックスを作品として残すことが困難だという事もあったりして。いずれにしても、「埋める」を作品化するにはどうしたらよいかを考え始めていました。


 
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窪田美樹(くぼたみき)
1975   神奈川県生まれ
1999   武蔵野美術大学彫刻学科卒業
2001   武蔵野美術大学大学院彫刻コース修了

個展
1999   アート公募ギャラリー 企画賞(東京・なるせ美術座)
画廊企画「かたちなのかものなのか」(東京・なるせ美術座)
2000   東京銀座・フタバ画廊
セゾンアートプログラム アートイング東京2000(東京・ギャラリーSOL)
2001   東京銀座・exibit LIVE
東京吉祥寺・ギャラリーαM
2002   ドロ−イング展(東京銀座・cafe Est!)
東京久が原・ガレリアキマイラ
東京府中・Gallery Pirka
2003   「おいしいね」(東京・なるせ美術座)
「座敷芸」(神奈川・かわさきIBM市民ギャラリー)
2004   東京吉祥寺・Gallery Jin
2005   東京銀座・Galerie SOL
東京経堂・appel

グループ展
2000   「美術の星座」(東京・なるせ美術座)
セゾンアートプログラム アートイング東京2000(東京青山)
2001   「セレクション展」(東京久が原・ガレリアキマイラ)
2002
〜2004
  東京吉祥寺・Gallery Jin
2005   「RA’05」(東京・武蔵野美術大学美術資料図書館)
「Shows(第11回ADSP受賞展覧会)」(東京表参道・アルスギャラリー
2006   「第3回府中ビエンナーレ」(東京・府中市美術館)
窪田美樹さん 
 



 

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