topreviews[淺井裕介・狩野哲郎 二人展『ジカンノハナ -Time Blossoms-』/神奈川]
淺井裕介・狩野哲郎 二人展『ジカンノハナ -Time Blossoms-』
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a,b) 淺井の部屋(前半)c,d) 狩野の部屋(前半)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro*aは除く。

昨日の余韻、明日への目覚め―果たして本当にそれは消えたのか
TEXT 立石沙織


「時間」、それは一番意識化しやすいようでいて、難しい存在だ。
いっとき「よし時間を有意義に扱おう」と志しても、3歩歩けばあれよあれよと忘れてしまう。私だけだろうか、まるで鶏である。
とは言っても、興味深いものもまた「時間」であろう。あれほど確かでいて不明瞭な存在もなかなかあるまい。
実体は、決してこの手の中に掴めないのに、いつの間にか私たちをぎゅうと縛り上げている。「時間」というものは永遠に謎だ。

朝と夜の冷え込みの厳しくなってきた11月、「ジカンノハナ」と題された展覧会が約3週間にわたって開催された。これは、ドイツの児童文学家ミヒャエル・エンデが1972年に書いた物語『モモ』に出てくる「時間の花」から名付けられている。不思議な女の子モモが、灰色の男たちと呼ばれる時間泥棒から、奪われた人々の時間を取り戻す、という物語だ。
マスキングテープで壁に植物を描く《マスキング・プラント》や、泥で絵を描く《泥絵》で知られる淺井裕介と、ある場所の裂け目に種を蒔き植物を生やすことで空間を変化させる《発芽―雑草/Weeds》で知られる狩野哲郎による二人展であった。

会場となった黄金スタジオは、京浜急行線の高架下にある。開放的な部屋が横並びに続き、それらを縁側風の廊下でつなげた横長の建物だ。本展はその中の二部屋を使い、淺井と狩野がそれぞれ一部屋ずつ制作兼展示会場として使った。

淺井はマスキング・プラントと泥絵を組み合わせ、天井、床、窓ガラス、ガラスの引き戸に至るまでその空間を余すことなくカンヴァスにした。
思うままにひろがったマスキングテープは、もはや植物を超え、空間そのものとなっていく。ガラス面にダイナミックに描かれた泥絵はほんのり陽の光を透過して、床に粘土色の影を落とし、贅沢な絨毯となる。

狩野は先月のPEELERでも登場した《それぞれの庭(Respective Garden)》を発展させたインスタレーション《自然の設計/Naturplan》で、今回は遂に東京生まれのチャボ(メス、およそ3ヶ月)を購入し、一緒に暮らし始めた。
ひとまず、なぜアートに生きたチャボなのか?という疑問が頭に浮かぶだろう。
それは、作家でもなく、鑑賞者でもなく、空間を流動させる第3者の存在が必要だったからだ。小山のように積まれたトウモロコシの種などの餌や、柿や林檎といった果実が、板やいろいろな雑貨と共に小さなアスレチックのように配置された。そこを自由に歩きまわるチャボは、時間の経過と体験の蓄積によって自分のテリトリーを広げていく。
狩野がチャボを固有名詞でなく「彼女」と呼ぶように、家畜としてのチャボではなく、同じ生物としてフラットな関係だ。
また餌である植物の種をついばんで歩けば、種は散り散りとなっていく。古より、鳥という存在は、彼らが意識せずとも種を運ぶ役目を担っていて、生命が生まれ育まれるための事の起こりを左右する存在でもある。種を蒔く者なのである。
チャボの行動は予想できない。狩野は彼女との距離を日によってズラしながら、空間をさまざまな物で構成していく。

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e)淺井の部屋(中盤)f)狩野の部屋(中盤)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro


 
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g)狩野の部屋(前半)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro
h)淺井の部屋(中盤)

始めは部屋ごとに分離されていた二人の展示空間も、時間の経過とともに変化する。会期前準備期間の3日目に、互いの空間を隔てていた壁に穴を開け、二つの部屋がつながったそうだ。それから二人は、足したり引いたりしながら自身の作品を位置づけていく。さらに会期14日目あたりから、より大きな変化が生まれた。作品が二部屋の間を行き来するようになったからだ。少しずつそれぞれの軌跡が侵入し、あるいは侵食されてくると、別々の作品であったものが融合し始める。
狩野の定点観測的作品が変化していく間に、淺井は何度となく張り巡らせたマスキング・プラントをはがし、別の場所へ移植したり、実として収穫したり、粘土を溶かして描いた泥絵を消してはまた描き…を繰り返す。狩野の作品の一部としてやってきたチャボが、二つの部屋を行き来することで淺井の制作生活にも少なからず影響を与えていく。

淺井の「滞在制作型の作品で、最後に作品のピークが来るということにいつも違和感を持っていた」という言葉が印象に残っている。作品というものは、試行錯誤の作りこみのうえで完全体とされる場合がほとんどだ。展覧会会場に並ぶ作品は集大成でほぼ不変だが、淺井のように変化さえも作品の一部であると、最後に盛り上がりが来るだろうと、自然に想像してしまう。それでは途中に来た人にとってどこか消化不良な感があるのも否めない。
消えていくことは決して何かの終わりではなく、新しい息吹の到来なのだ。
けれども彼らの作品は、その時々によって表情を変え、どの瞬間も見逃せない。作品の成長に抑揚がつくのはもっともだが、春夏秋冬どの景色にも個々の美しさがあるように、盛り上がる瞬間がいずれも美しい、あるいは面白いとは限らないのだ。これは『モモ』の「時間の国」の世界観に通じる。時間は、均質なものではなく、その瞬間、瞬間で全く違う唯一無二の花を咲かせるような美しい心の世界なのだ。

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i,j)パフォーマンス「ジカンの果て。」の様子


このことを特によく感じられたのは、最終日の深夜2時から行われた搬出という名のパフォーマンス「ジカンの果て。」だ。
淺井と狩野にコンテンポラリーダンサーの高須賀千江子が加わった。ダンサーは音と共に身体が動くまま、作品をどんどん破壊していく。二人のコンポジションが崩されていくけたたましい音に、私たち鑑賞者の間に流れる空気はきゅっと締まる。これまで見てきた作品に対する愛着が、ダンサーにほんの少し怒りのようなものさえ憶えると、それをまた塗り替えるように淺井が新しい絵を描いていく。ダンサーの動きには無頓着そうに、それでいてインスピレーションを受けたかのように、手が一気に動き始める。空しさなどそこにはない。むしろ、そのゼロへの動きとゼロからの動きが同時並行する時間に不思議と胸が高揚したのだった。

 
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  k)チャボ(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro
l)最後、チャボの姿は消え「鶏のフルコース」というイベントがカフェL CAMPで行われた。鶏の肉料理が振舞われた。(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro


もう一つ思うのは、彼らが行っていたこともまた、チャボと同じことだったのではないかということだ。
チャボが柿や蜜柑、果実の美味しさに気づき、新たな場所に足を踏み入れたように、彼らもまた二人の心地よいコンポジションを見つけ構成していく。実際に彼らは会場外までテリトリーを広げ、展示会場を増やし、世界をどんどん拡張していった。

搬出をしてすべてがキレイに取り払われた後、淺井はアメリカへ、狩野は青森へそれぞれの次の制作場所へ発っていった。

二人の後は何もなくなったように思えるが、彼らが来る前よりもピカピカに磨かれた窓が反射する光に、私は次にここに入居するだろうアーティストの姿を想像し、また次への希望へと思い馳せたのであった。
彼らアーティストという存在もまた、鳥のように、全国に世界中に「種を蒔く者」というミッションを携えた存在なのではなかろうか。
種が芽吹き、花を咲かせるまでに長い時間が必要なように、二人がここ横浜に蒔いた種はゆっくり時間をかけて広がってゆくにちがいない。



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m)淺井の部屋(後半)n)淺井の部屋(後半)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro
o)淺井の部屋(後半)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro p)淺井の部屋(最終日)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro
q) 狩野の部屋(最終日)(C)狩野哲郎/KANO Tetsuro



淺井裕介・狩野哲郎 二人展『ジカンノハナ -Time Blossoms-』
2009年11月6日(木)〜28日(土)

黄金スタジオ、LCAMP、大平荘 他(横浜市中区)
 
著者のプロフィールや、近況など。

立石沙織(たていしさおり)

1985年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学で文化政策学を専攻。
在学中に、浜松の街を巻き込んだイベントの企画運営や、自室を毎月サロンとしてオープン。
現在、新宿眼科画廊(東京)スタッフをしながら修業中。
最近はアートピクニックしてます。




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