topreviews[週末芸術 Vol.04 林雅子展『雲路を渡る』/栃木]
週末芸術 Vol.04 林雅子展『雲路を渡る』

《明星》
2007年 アクリル絵具、綿布、木製パネル


展示風景(撮影:Mako)
 

《temple behind clouds》
2007年 アクリル絵具、綿布、木製パネル

《その人は姿を変える》
2007年 アクリル絵具、綿布

《fall scape》
2007年 アクリル絵具、綿布
 
《架け橋》
2007年 アクリル絵具、綿布
 
《bone》
2007年 アクリル絵具、綿布、木製パネル
 
展示風景
   

白の軌跡、こころの軌跡
TEXT 横永匡史

青い空に浮かぶ雲。
その時どきで多様な表情を見せる雲に、古来より人は様々な思いを託してきた。そして“天上界”という言葉で表されるように、雲の上に地上とは別の世界を空想してきたのだ。
林雅子の作品を観ていて、そうした“天上界”のことがふと頭に浮かんだ。

林は、大学では文化人類学を専攻し、絵画は独学で学んだという。
以前は風景画を描いていたというが、近年は青や緑、赤の背景に白いシルエットを重ねる作品を描いている。
今回の個展は『雲路を渡る』と題された。会場となるHATがピロティになっていることに着目した林は、HATを雲に見立てて、作品を円弧を描くように天井から吊り下げ、鑑賞者が雲の上の世界を回遊するように感じられるインスタレーション的な展示を試みた。

林の作品を特徴づけるのは、何といっても画面上に描かれた白のシルエットだろう。
大地や雲などが白のシルエットとして描かれた様は、この世ならざる非日常性を感じさせる。また、作品によっては、ドローイングの軌跡が気や生命そのもののようにも見えるのだ。

そして今回の展示では、作品の配置にもひとつの流れが感じられる。
最初に展示された作品《明星》は、朝焼け、あるいは夕焼けの空のようにほんのり赤く染まる画面がやさしく僕たちを誘うのだが、その次の作品《temple behind clouds》あたりから、だんだん非日常性、あるいは精神性を帯びてくるように感じられてくる。
画面に描かれた白い線の軌跡が崖の上に建つ神殿のように見え、それとともに描かれている世界が天上界のように見えてくるのだ。
そして、その裏側に展示された《untitled》や《その人は姿を変える》、《fall scape》になると、そうした非日常性はさらに強まる。画面は緑や深紅に彩られ、空というよりは深い水底のようであり、そこに描かれる白の線の軌跡は生命そのもののようにも見える。そして、この旅が生命の根源をたどる旅のように感じられるのだ。
そして、《架け橋》《bone》では再び画面は空を思わせる青に戻る。
雲の上にうっすらと姿を現す架け橋は、彼岸と此岸をつなぐ架け橋であり、まるで“あの世”から“この世”に帰ってきたかのように感じさせる。。
そして《bone》は、描かれたシルエットが女性の骨盤のようにも花のようにも見える。
女性の骨盤は人の生命が育まれる源であり、新たなる生命の誕生を祝福するかのように咲き誇るのだ。

こうして、雲の上の世界の旅は終わる。
振り返ると、心がふわりと軽くなるような解放感があったように思う。
それには、会場であるHATとの相乗効果があるように感じる。
階下が吹き抜けのピロティ構造となっており、なおかつ東西方面が一面ガラス張りになっているHATは、それ自体が解放感を感じさせるが、そうした中での今回の展示は、解放感をより際立たせ、林の作品の精神性をより敏感に感じさせることに成功していたように思う。
それとともに、作品自体にもそう感じさせる要素があったように感じる。
今回の展示の構成は、全体としても意識の身体からの解放を感じさせてくれるのだが、それとともに、展示の後半に位置する《架け橋》《bone》からは、生命を慈しみ、自分自身も祝福されているかのような心地よさが感じられるのだ。
林は、それまで自己の心情を作品に表すことを避けていたのが、祖母の死をきっかけに自然と画面に反映されるようになってきた、と語っている。
肉親の死は悲しい出来事には違いないが、両作品からは、そのような重大な出来事を乗り越え、自分自身の中で昇華させていった林の姿が見えるように感じられる。
人はいつかは死に、どんなに親しい人ともやがては別れのときが訪れる。しかし、だからこそ生命を慈しみ、自己も他者も尊重することができるのだろう。
雲路を渡るささやかな旅は、同時に生命を見つめ、自分自身をも見つめる旅でもあるのだ。


週末芸術 Vol.04 林雅子展『雲路を渡る』

HAT(栃木県宇都宮市)
2007年10月20日・21日

主催:週末芸術 /イシカワアツコ(アートコーディネータ), シオダシンゴ(建築家)

関連リンク
review/週末芸術 Vol.01
review/週末芸術 Vol.03
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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