toppeople[寺島みどりインタビュー]
寺島みどりインタビュー


《デリー | Delhi》 112x162cm | oil on canvas | 2006

たった一本の線から

藤田
それがやがて「描く」に変わっていくんですよね。

寺島
塗って削ってを繰り返していたある時、画面に一本引いた線を「気持ちいいなあ」と思ったんです。
一本引いた線が地平線や水平線の役目をして空間ができただけなのかもしれないんだけど、この気持ちよさは何だろう、と。
もともと世の中にはものがたくさんあるから、私は何もつくらなくてもいい、と思っていたほうなので。それに絵画に求めているのは何もない、とか考えていたので、そのシンプルな画面が気分に合ったのかもしれません。

藤田
タイトルは意味があるんですか?

寺島
知らない国の名前をつけてたんです。《南極が見た空》とか、《シベリア》とか、行ったことがないところを想像して描いた、という感じです。自分にとっての理想郷のようなものです。

藤田
全部大きいんですか?


《ダゴバ | Dagoba》 97x130cm | oil on canvas | 2006)

寺島
大きいですね、(画面を見せながら)130号の連作、120号、80号......。大きい方が空間が出るので。


藤田
制作する場所はあったんですか。

寺島
いや、実家の8畳間だったり、借りていたアパートの10畳くらいの部屋とか......。ある意味「描けました」ね(笑)。

藤田
それにしては作品が大きいですね、すごい。
それがいつごろになるんですか?

寺島
2005年から2006年頃にこのスタイルが決まって、自分の意図したものが描けるようになってきました。シンプルな手法で広がりのある空間をつくることが課題でしたね。シンプルってすごく難しいんです。まず正確な技術力が必要だし画材も的確に選ばなければならない。できないことが多いのに気付いて、技術力を高めたいと思い始めたのはこの時期です。
そんなふうにして自分のできる範囲内で制作していくと、次第にもっと大変なことが気になるようになってきました。自分の絵画全般に対する考え方がすごく気になってきたんです。
自分は本当にまだ何も知らない、からっぽな状態なんじゃないのか、画家として身につけなければいけないことが全然できてないまま、パターンのバリエーションで絵を作っているんじゃないかって。自分が作家としては全く貧弱に見えました。自分の心の中にあるもの、こんな所に行きたいとか、こんなことが好きだとか、そんな内向きな態度だけではいつか涸れてしまう。もっと自分の外に目を向けて取り込んでいかなきゃダメだと考えるようになりました。


《あなたと私のこの世界 | This World of You And Me91x73cm | oil on canvas | 2008》

藤田
何もわからないという状況から、ずいぶん変化されているようですね。

寺島
はい。
実際、2008年頃から画面上でいろいろ技術的な実験をするようになっています。絵具を垂らすとか、拭き取るとか。素材感がより強く出るようになりました。それに、これまでの地平線や水平線がある「ここ」と、「その向こう」からできる空間表現の形は踏襲していますが、それが曖昧になってきている。
技術的な実験はたくさんしましたが、何を描くのかという問題はなかなか進歩できませんでした。でも、考えれば当たり前のことですね。自分の中に何もなかったからです(笑)。それがわかったとき、とにかく目に映るものをスケッチしようと小さなスケッチブックをたくさん買いました。私、それまでほとんどスケッチをしたことなかったんです。
スケッチを始めて、自分が気付いていなかった色や形のつながり、空間の関係とかが、世の中にはこんなにたくさんあるのか、と改めて実感しました。

藤田
それが2009年のトリコロールツアーに至るまでの流れですか?

寺島
そうです。ただ、気持ちだけでは作品は完成できませんよね。これまでのある意味安定したスタイルから、どれだけのものが短期間で見せられるレベルまで完成できるのか不安でもありました。だけど、これからも発表していくことを考えると、この3連続個展では寺島みどりという作家の新しいスタイルを印象づけたかった。
それで、「よし!これはテーマをがっちり決めてアピールし、できるだけわかりやすい展示にしよう!」と考えて決めたテーマが「見えていた風景」というものです。これは視覚だけでなく、音や匂い、心の動きまでもが重なり合って蓄積した、記憶の中に形成されている複雑で重層的なものを「風景」として捉え直し、それを絵画空間に描き出す試みです。ステイトメントもこのときはじめて発表しました。私のサイトにも載せているので、ご興味があればそちらを覗いてみて下さい。


《「見えていた風景 森」会場風景 》 2009 年 Gallery Den 撮影:表恒匡

藤田
「見えていた風景」のテーマで「トリコロールツアー」とその後の奈義町現代美術館、4つの個展をされたのですが、手 応えはいかがでしたか?

寺島
一つ目は、大阪のGallery Denで「森」をサブテーマにしたのですが、今までは消していたものを出して構成していく、自分の中でリアリティがあるものを認めて構成していこう、と。まだまとまりに欠ける感じはありましたね。二つ目のニュートロン東京はサブテーマが「空」。これは完全に新しい作品ばかりを並べたわけでもないですし、作品に至るまでのアイデアスケッチも展示しました。一番もがいていた時期です。三番目のニュートロン京都は「コトバ」、「見えていた風景」のサブテーマとしては一番自由度があって、今までやってきたことと新しいことを上手く組み合わせられたと思います。評価はそれぞれでしたが、新しい手法に関しては、大阪から京都まで三つの展示を続けて見て、それでとても納得したとおっしゃって下さる方が多くて、「ああ、良かった」と思いました。
奈義町現代美術館では小さな回顧展のような展示で、新旧手法を一緒に展示しました。その点で違和感が出てしまわないか心配したのですが、部屋を分けたこともあり、自分で考えていたよりも好評をいただくことができました。新作は1点仕上げただけですが、前の三つの展覧会での経験を活かし、また一歩進めた作品ができたと思っています。四つの展覧会は、作品を作ることだけでなくいろいろな意味で大変でしたが、自分の作品について深く考え、批評をいただくということが短期間で繰り返されたことで、すばらしい勉強ができたと思っています。

 
前のページへ 1234 次のページへ
 



 

topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.