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宮川敬一インタビュー

《満州国》 2009
宮川
この民族衣装を着た女性の作品を作る時は、100本くらいの映像を見ました。
そして「五族協和」と「王道楽土」という二つのスローガンがあるんですけど、それを意識して5秒間の映像を抜き出しました。
あとはこれをループにするだけで、この作業は、すぐにできるんですけどね。
この「5秒」を見つけ出すのに、1ヶ月か2ヶ月くらいかかってるんですよ。

第2回北九州国際ビエンナーレの作品〜「なぜ満州国なの?」


友利
第2回の北九州国際ビエンナーレも好評のうちに終了して、お疲れさまでした。
とてもいい作品ばかりでしたね。


《満州国》2009
旧JR九州本社ビル内での展示風景。
奥のモニターには満州国の住宅団地が映し出されている。
そこには生きているものの気配がなく、空恐ろしい。

宮川
ありがとうございます。


友利
作品だけではなくて、「移民」というテーマが気に入っています。
普通、ビエンナーレとかトリエンナーレとかって、祝祭的で、ハッピーになれるよー!楽しいよー!みたいなテーマが主流じゃないですか。

宮川
確かにそうですね。


友利
最初、「移民」は古い時代のことなのかと思っていましたが、そうじゃないんですね。
私はノー天気に暮らしているんだな、と反省しました。
宮川さんの今回の作品についても最初はよくわからなかったのですけど、ちょうど居合わせた老紳士が「これは日中戦争でね、五族協和って言ってね…。」と説明してくださいました。

宮川
そうでしたか…。今回、ビエンナーレに出品した僕たちの作品は、妙にお年寄りには好評で…(笑)。
セカンド・プラネットでは、《満州国》というタイトルの作品を2点出していますが、共に、当時のプロパガンダ映像を再編集したものです。


友利
「戦争プロパガンダ映像」と言うと、私のおばあちゃんが当時映画館や集会所で見ていたと話していましたけど、それですよね?

宮川
そうですよ。
それは、南満州鉄道の映画制作部というのが作っていて、いろいろあるのですが、大体、戦争のプロパガンダというのは、「今、戦士はこうやって戦ってるんだ」というのが多いんです。でも僕らが着目しているのは、普通の女性とか子どもが出てくるプロモーションビデオで、それは、満州に行くと日本人がどれだけ豊かな生活ができるか、というような映像です


友利
《満州国》の家の作品は、確か、人の気配がしない住宅街のスライドの作品でしたね。建売住宅の広告のような。

宮川
そうです。人が出て来ないよう編集してスライドショーとして作りました。
満州の土地開発はすごいんですよ。パリみたいに中心にロータリーがあって、で、官公庁のビルがあって商業施設、百貨店があって、そのそとに郊外がある、みたいな作り方をしている。
突貫工事をしている映像とかいっぱいあるんですけど、新大陸で全く新しい都市を作ろうという野望に満ちて、凄く近代化した都市を作ろうとしたけど、満州国って13年くらいで消滅してしまいます。
プロガンダのビデオ映像を見てたら鉄鉱とか建築とか都市を作っている風景とか結構あるんですよ。ある種の都市の美学みたいなのは追求されているんですよね。こういう都市計画は、オスマントルコとかパリとかがモデルになっているらしいけれど、なんか暴力的に荒野を都市に変えていく風景が近代化を象徴的に語っているように思うんですよ。
同時に、そこで紹介されている人々の生活が面白くて。日本人がゴルフしたり家の庭でティーパーティーしたり、ピクニックに行ったり、当時の日本ではありえない風景ばかりなんですよ。まさにファンタジーですね。
僕たちは公共住宅には昔から興味があったので、それらの中から、当時の住宅が映っているシーンを編集しました。
それと、満州には国籍法がなかったんですよ。日本人なら日本人韓国人なら韓国人全員外国人だった。国は作ったけど全員外国人。もちろん満州民族というのはいるんですけど満州国民は一人もいない。全員が移民というか全員外国人で出来ていた。都市を作ったけど満州国民は一人もいないじゃん、という作品です。
こういうような「満州に行くと文化的で、西欧的な生活ができますよ」というCMみたいな映像がいくつもあるんですよ。まさに脱亜入欧的なイメージ。ファミリーで庭で紅茶を飲んでティーパーティをしましょうと言われても、戦前の日本は貧乏だったから、そういう生活は満州に行ってもほとんどできないんだろうけど、そういう映像を日本人に見せるために作られている。
その映像の中では、日本人の男性はスーツを着て、女性はドレスやワンピースを着ているのに、中国人はチャイナドレス、韓国女性はチマチョゴリを着て登場するんですよ。明らかに、日本人は文明人、西欧人の仲間入りをしているというメッセージが込められていているんですよ。まあ、かなり狂ってるんですよ。
今は、それらの映像を一回分類して、家なら家、レジャーならレジャーといったコンテンツに分類する作業をしています。
それは、どういうことかと言うと、バケツの作品もある種同じで、例えばプロパガンダならプロパガンダ、バケツならバケツ、ここの目の前にあるコーヒーならコーヒーでもいいんですけど、通常あるかたちと違う文脈、コーヒーを飲んで美味しいとか、バケツをバケツとして使うんじゃなくて、意味やコンセプトを変えていく、文脈を変えていく、意味をズラすみたいな作業です。
少しズラしてみると、同じ風景でも全く違った風景、全く違った意味を持ってくるように感じる。
それをちょっとビジュアルアートとして、美術として表現しているのかな、と思うんですけど。
僕はこれをずっとやってきたような気がするなぁ。
 
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