多様化するアートの祭典
TEXT 若山満大
su-oh/A日程ブースNo.4 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
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衛藤文俊/A日程ブースNo.7 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center |
arisa fukumoto/A日程ブースNo.45 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center |
かつてジャンルという概念は、アートの世界で重要な役割を果たしていた。絵画、彫刻、あるいは工芸という枠組みは数多の造形芸術を差別化し、同時に暗黙の序列を形成した。またジャンルは「高尚な芸術」としての純粋性と自律性を保証する制度でもあった。
しかし、このようなジャンルの役割が以前ほど充分に果たされなくなって久しいのが現代である。アートにおけるジャンルの序列はとうの昔に崩壊し、枠組みを越境という事態すらもはや常態化してしまったといっても過言ではない。あらゆる造形、あらゆる表現にアートとしての、あるいはそれと同等の市民権が与えられる現代アートシーンは、いまなお多様化を続けている。
HINO/A日程ブースNo.41 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
上田佑樹/A日程ブースNo.14 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center |
野辺ハヤト/A日程ブースNo.38 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
東城信之介/A日程ブースNo.22 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
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去る2012年5月3日から6日にかけて、アートフェスティバル「SICF13」が東京・南青山にある複合文化施設スパイラルで開催された。「SICF(Spiral Independent Creators Festival)」は、次代を担う若手クリエーターの発掘を目的として2000年に開始された公募展形式のアートフェスティバルである。
フェスティバルは全日程をA日程とB日程に分けて開催された。会場には50のブースが設置され、両日程で述べ100組のクリエーターが出品した。ジャンル不問の本フェスティバルには絵画、彫刻と言った美術作品から、ファッションやプロダクトデザインに至るまで様々な"作品"が並んだ。また既存のジャンルにとらわれない自由な方法と発想による表現も多く見られ、「多様化するアート」という言葉に実感を与えてくれた。
武藤麻衣/A日程ブースNo.13 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
武藤麻衣/A日程ブースNo.13 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
TWOOL/A日程ブースNo.1 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
TWOOL/A日程ブースNo.1 photo: Katsuhiro Ichikawa (c)Spiral / Wacoal Art Center
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武藤麻衣の作品は、素材とメディア(媒体)において複合的な表現であったといえる。身体を守るための「防具」をコンセプトに製作した《listen to the music》は、人の、切った爪を素材とした立体造形である。生々しいと言うよりはどこかグロテスクな数種の「防具」の隣にはディスプレイが設置されており、そこには「防具」のみを着装したほぼ全裸の男性が、キャッチーな音楽に合わせて畑の真ん中で踊る映像が映し出されている。
皮膚が硬化してできた爪は、身体の変化あるいは進化を象徴しているように思える。「人間が進化の過程で防具を手に入れる可能性があるとしたら」という制作のコンセプトが感じられる。また畑と野菜からは「農薬」というキーワードが想起され、植物が薬物によって耐性を得て進化する過程か、あるいは劇物に抗うための進化の必要性のようなものが憶測される。爪、人、防具、畑、野菜という作品の要素は、散逸的に思えてよくよく観察すればひとつのテーマの上に置かれているのである。立体と映像は三次元の時空間との結び付きが強いメディアなだけに、受け手に現実味と切迫感を伴った形でテーマを認識させる。故にまったく非日常的なコンセプトであっても、妙なリアリティが感じられたのはそのためであろう。コンセプトを最適に伝達するための素材選択と媒体の組み合わせという点で、武藤の作品はこれを実践した好例であったと言える。
プロダクトデザインの領域で活動するTWOOLは、今回「安直」というコンセプトで制作された道具3点を出展した。木製バットのグリップを取り付けたフライパン、川底の景色を切り取った文鎮、不ぞろいな空き缶を寄せ集めた物入れ。思いつきの、と言ってしまえばそれまでの品々なのだが、小さな驚きとユーモアがありどこか親しみ深い。使いやすさ、洗練された形態、機能性といったモダンデザインが第一義的に考える領域を相対化しているように見えて、芯には合理性を備えているところも魅力的である。コンセプトを重視する姿勢や手仕事性を感じさせる形は、美術や工芸に一脈通ずるところである。本作からは美術、工芸、デザインというジャンルをいま一度「モノづくり」の地平に還元できるような可能性が感じられた。
新奇な素材と方法論で表現の裾野をさらに広げる作品もあれば、一方でジャンルを踏み抜いてその基底部に立脚した作品もある。多様化とは言わずもがな、単に数が増えるということではない。多様化に積極的な意味があるとすれば、それは可能性を最大限に引き出しうるということであろう。その意味でSICFのクリエーターは、表現の可能性を我々に示唆し、まだ見ぬ視覚文化の新しい地平を開拓してくれる存在だと言えるのかもしれない。