展示風景
松井えり菜《ぎゅーとしてぱー!(お嬢様の目は節穴でございますか)》2011年 展示風景
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松井の作品は、松井の自画像(画面に自身の顔を組み込んだ作品と言った方がいいのだろうか)、そして自身をウーパールーパーに重ね描いた作品が主である。
松井の描く自画像はとにかく衝撃的だ。
私は直接本人にお会いしたことがないので、似ているのか、はたまたデフォルメしているのかどうかはわからないが、そこから読み取れる松井はとにかく素直で自由で、ぶっ飛んでいる。
《ぎゅーとしてぱー!(お嬢様の目は節穴でございますか)》で描かれている2人の松井。
両方とも眉間に力を入れ、顔の中心がしわくちゃになっている。
そして一方はぎゅっと閉じた口元に気泡をつくり、一方は白目を剥きなりながらも、笑みを浮かべている。
観る側としては、少々不気味である。
彼女の自画像には女性らしさのようなものがほとんど感じられない。
ここでいう女性らしさとは、繊細さとか、品の有無とか、美しさである。
こんなことを言うと少しジェンダー問題に絡んでしまうかもしれないが、私は女性とは、なるべく自分を美しく、きれいに見せたがる意識が強いのではないかと思う。
例えば日々の化粧や除毛である。
これが女性だけとは限らないかもしれないが、シミができていたら隠したいし、しわがあったら延ばしたい。
鼻毛が出ていたら処理したいし、肌はなるべく綺麗にしたい。
綺麗だと思われたい。
そんな願望が、誰にだってありそうなものだ。
しかし松井の自画像は、隠さない。
鼻の下の産毛や、ほくろから生える毛、しわくちゃにした顔のしわ、セルライトの輪郭もすべて描き込む。
時には白目になり、時には鼻水も出ている。
松井の自画像をみていると、これが飾らない本来の"人間"の姿であることに気付かされ、では何のために私たちは素顔を化粧で隠したり、何をもってそれが恥ずかしいと感じているのか、疑問さえわいてくる。
この自画像に女性らしさがないならば、中性的なのかというと、それもしっくりこない気がする。
性別も年齢も超えた、"人間"という素材をありのままに描き、素直に自分自身を楽しんでいるのかもしれない。
松井えり菜《藤岡邸第一印象》2011年 展示風景
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次に《藤岡邸第一印象》という作品を紹介する。
これは、岡山生まれ岡山育ちの私にとって、クスッと笑えて面白いと感じた作品である。
藤岡邸とは、もとは病院だった建物で、今回松井が作品制作するため大原美術館が提供した空き家だ。
その藤岡邸を初めて見た松井が、もと病院というその雰囲気の怖さに、白目を剥いて意識もうろうとしている姿が描かれているのがこの作品である。
魂が抜けていくという表現だろうか、描かれた松井の口からはきらきらと輝きながら動物のキャラクターたちがふっと流れていっている。
そのキャラクターが、岡山県にある遊園地、鷲羽山ハイランドのキャラクター・チューピー君、らしきネズミ。
岡山県と瀬戸大橋でつながっている香川県にある、レオマワールドのキャラクター・ペディ、らしき帽子をかぶった鳥。
そして、15年前に倉敷駅前に建てられたが3年前に廃園、今はその跡地がアウトレットモールになってしまった倉敷チボリ公園のキャラクターのクマらしきもの。
岡山人としてはなじみの深いキャラクターらしきものが描かれており、言い換えれば幼い松井を構成した岡山での懐かしい思い出が、松井の魂となって、口から出てきているのだ。
これぞ岡山魂と言える、なんとも親近感のわく作品である。
松井えり菜《ウパの垂涎》2011年 展示風景 |
松井えり菜インスタレーション作品 |
彼女を構成したといえば、この大原美術館もそうだろう。
松井の実家は美術館からほど近い場所にあり、むかしからよく通いつめていたそうだ。
その大原美術館のコレクション作品を題材とした作品が数点ある。
印象派の巨匠モネが描いた《睡蓮》に、松井自身であるウーパールーパーをとけ込ませた作品《ウパの垂涎》。
松井えり菜《サンライズえり菜 Ohara Museum edition》2011年 展示風景 |
松井えり菜《サンライズえり菜 Ohara Museum edition》部分
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鼻の上にはゴーギャン《かぐわしき大地》の女性、唇にはセガンティーニ《アルプスの真昼》の女性と羊、顔の端にはドガやピカソ作品など、そうそうたる名画の一部がひょっこり登場している。
それらは一度松井の身体の中で消化され、キャラクターとなって、松井に寄り添い、共存しているようだ。
幼い松井は美術館の名画に登場する人物をみて、自身の中でさまざまな物語を紡いでいたのだろうか。
また、キャンバスの外側には、自作の巨大な張り子の額がかかげられている。
大原美術館コレクションの基盤を気付いた画家・児島虎次郎が張り子の額をつくっていたことから、今回の額ができたそうだ。
松井の額の四隅には、松井の分身であるウーパールーパーがかたどられている。
ここでも松井の消化した大原美術館を目にすることができる。
松井えり菜を通して観る大原美術館で過ごす時間は、まるで自分自身も松井に飲み込まれたかのようだ。
サブタイトルである「大原美術館をおもちゃ箱」の名の通り、松井によって消化され、新たに再現された大原美術館や、飾らない"人間・松井えり菜"が、いきいきとした姿で大原美術館にぎゅっと詰まっていた。
彼女はこれからどんなものを飲み込み、消化し、表現していくのだろうか。
その世界にまた飲み込まれるのが、楽しみである。