topreviews[木村幸恵「クリスタル・キャノピー|水晶天蓋」/大阪]
木村幸恵「クリスタル・キャノピー|水晶天蓋」
祈りの空間の中に、狭間を漂う結晶が出現する
TEXT 高嶋慈
木村幸恵《水晶天蓋》

木村幸恵《水晶天蓋》(部分)



ポリエチレンのシートなど透明で軽やかな素材を用いて、向こう側の風景を透かし見せつつ、オーロラや薄い水の皮膜が出現したかのように、既存の空間の見え方を二重化するインスタレーションを制作している木村幸恵。可視と不可視、物質と非物質、存在と不在の間を行き来するような、亡霊的なその作品のあり方は、いわゆるホワイトキューブではない、固有性と歴史性を備えた現実の空間へゆるやかに介入/侵食し、見えている風景を危うげなものとして再提示するものである。所沢ビエンナーレ・プレ美術展「引込線」(2008)、第1回所沢ビエンナーレ美術展「引込線」(2009)での、旧車両工場のダイナミックな空間を活かしたインスタレーションを記憶している方も多いだろう。
関西初となる彼女の個展が、大阪の市街地に位置する寺院、應典院の本堂ホールで開かれた。四天王寺からこの界隈にかけての一帯は、由緒ある仏教寺院が立ち並ぶエリアであるが、應典院が特異なのは、檀家を持たずNPO法人として運営され、本堂=円形ホールを主に舞台芸術の発表の場として提供している点である。お寺=木造建築と思い込んで訪れた私は、安藤建築のようなコンクリート打ちっ放しの外観、円筒形の構造、一面ガラス張りの壁に、まず驚くことになった。


木村幸恵《水晶天蓋》(部分)


木村幸恵《水晶天蓋》(部分)


展示会場である円形の本堂ホールに入ると、まばゆい光の線と粒子で紡が れたような《水晶天蓋》が厳かに宙に浮かんでいた。まずはその巨大さと、眩暈を覚えるほどの幻惑的な美しさに圧倒される。透明なテグスと合成樹脂で作られたそれは、漆黒の闇に浮かぶ銀河のようにも、光の軌跡で編み上げられた巨大で壮麗な揺りかごのようにも見える。もう少し近づいて見れば、雨上がりの蜘蛛の巣を見上げているような、あるいは無数の鉱石がチラチラと光を放つ鍾乳洞の中を歩いているような、美しさと畏怖の混ざった感覚にとらわれる。ところどころ垂れ下がったテグスには透明な樹脂の玉が連なり、冬の陽射しを浴びて輝く氷柱か、水晶でできた滝のようだ。それは、「水晶」と名付けられているように硬質で透明な結晶を思わせながらも、線と線が絡み合い蠢きながらゆっくりと成長していくような、あるいはポタポタと水を垂らしながら溶解していくような、生成/解体の途上にある有機体の印象を強く感じさせる。

これまでの木村の作品は、所沢の旧車両工場や駅のプラットフォームなど、実際に工場や駅として使用されてきた空間を舞台として展開され、長年の使用を物語る痕跡や履歴の刻まれた空間にもう一つのレイヤーをかけて多層化するものであった。そうした作品と比べると、新作の《水晶天蓋》は、現実の空間への介入/改変という面よりも、その造形的な美しさと強度を前景化させた作品であると言えるだろう。だが本作において、場との関係性がまったく消去されている訳ではない。展示会場である本堂ホールの正面に安置された、本尊の阿弥陀仏立像は、ここが祈りを捧げるための空間であることを示している。透明で儚げな素材を用いて、在と不在、物質とイメージのあわいにある蜃気楼や陽炎のような光景を出現させる木村作品における、「見えるものと見えないもの」というテーマが、祈りや精神など形のないものや目に見えないものに形を与えて形象化する宗教空間という場の性格と、本質的なところで結びつき合っていた展示であった。



木村幸恵《私幽霊》
一方、もう一つの出品作《私幽霊》は、サランラップや合成樹脂という、 同様に透明な素材が用いられているが、作家自身の身体を型取りしたものがベースとなっている。このため、固有性や生々しさを感じさせつつも、肉と骨を備えた物質感は希薄で、今にも空中に溶け出して消え入りそうな佇まいだ。その繊細で壊れやすい感覚はキキ・スミスの初期の人体彫刻を思わせもするが、身体の儚さや傷つきやすさを喚起させ、皮膚感覚や生理感覚に強く訴えかけるというよりも、骨格や内臓、つまり物質としての身体は蒸発してここには無いのに、表面のイメージや気配だけが漂っているような印象を受ける。気化して見えなくなった生身の肉体と、なおも亡霊のように残存する気配。触ることもできず、ふっと息を吐けばたちまち空中に霧散してしまうようだが、残像のようにその場に留まり続ける、身体から発せられた熱気や運動の軌跡。そのありようは、どこかダンスに近いものを思わせる(実際、以前の作品では、自作の前で木村自身によるパフォーマンスが行われていた)。

見えるか見えないかの瀬戸際を保ちながら、風景の中を波紋が広がるように震わせ、場所との関わりや身体について言及する木村作品が、今後、どのように既存の空間を変容させ、新たな邂逅の空間を立ち上げていくのか、非常に楽しみである。

木村幸恵「クリスタル・キャノピー|水晶天蓋」
2012年3月6日〜15日

應典院 本堂ホール(大阪市天王寺区)

 
著者のプロフィールや、近況など。

高嶋慈 (たかしまめぐみ)

京都大学大学院在籍。『明倫art』(京都芸術センター発行紙)にて隔月で展評を執筆。関西をベースに発信していきます。





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