topreviews[『問い』/大阪]
『問い』


川辺ナホ《光と問い#1》2011年 サイズ可変

光が投げかける、儚く強靭な問い
TEXT 高嶋慈

本評では、大阪のPort Gallery Tで開催されたグループ展『問い』より、川辺ナホのインスタレーション作品《光と問い#1》にフォーカスする形でレビューしたい。ランプシェードから吊り下げられた、いくつものカラフルなビーズの玉やスーパーボール。キラキラと光を放つそれらを透かして向こう側に眼をやると、壁に「W H Y」の3文字が黒々と浮かびあがっていることに気づく。大きさ、形、素材もバラバラで、一見ランダムに吊り下げられた球体たちは、実は緻密な計算によって配置され、ある一定の角度と距離から光を当てられることで、影絵のように文字を形づくるのだ。


川辺ナホ《光と問い#1》2011年 ランプシェード、球体、テグス、LEDランプ針/サイズ可変(撮影・写真提供:Port Gallery T)


左:川辺ナホ《光と問い#1》2011年 ランプシェード、球体、テグス、LEDランプ、針/サイズ可変 右プロジェクション:川辺ナホ『Documentary of Video-Installation/ in"Open Secret" / 2011. 3/4-3/27 at Shiseido Gallery, Tokyo(3/12-3/22は震災のため休館)』(撮影・写真提供:Port Gallery T)

会場では、新作の《光と問い#1》に加えて、昨年3月に資生堂ギャラリーで開催された「shiseido art egg」展での展示の様子を記録した映像もプロジェクションされていた。会期中に東日本大震災が起きたため、展示会期のほとんどがクローズし、実際に作品を見る機会に恵まれた観客がごくわずかであるためだ。作品の仕掛けや構造は基本的に同じだが、壁に投影された「H E L P!」の文字にドキリとさせられる。吊り下げられた色とりどりの球体たちはキラキラと光を反射して輝き、ポップで楽しげな幸福感に溢れているが、それが発するのは救難信号なのだ。カラフルな球体は甘いキャンディーや宝石を連想させ、キレイだが光が消えると文字も消えてしまう儚い見かけと裏腹なメッセージの強さや深刻さは、社会の中で女性が発する叫びのようにも見える。だがそれは、救いを切実に求める救難信号であるのに、一定の角度から見ることでしか意味が読み取れず、また光が消えると読めなくなってしまう、美しくも儚く残酷なインスタレーションである。

「H E L P!」はこのように象徴的に読み取れる作品であるが、会期中に起きた震災で実際に救難信号が発せられたことで、現実の事態が作品の表す象徴を凌駕してしまったという。あるいは、全ての表現を震災に結び付けようとする力に、作品が否応なしに晒されてしまうのだ。夏頃になって川辺の中から次の構想として出てきた言葉が、「W H Y」であったという。
文字の使用、観客に問いかけるような強いメッセージ性を持った作品としては、例えばジェニー・ホルツァーの《PROTECT ME FROM WHAT I WANT》を想起させるが、ホルツァーの作品が屋外の公共空間に掲げられた電光掲示板の体裁を取り、広告の手法を模倣することで、購買意欲をかき立てる消費資本主義それ自体に逆説的に批判を加えていたのに対し、川辺の作品はそうしたパブリック性よりも、ランプシェードから吊り下げた形や内省的な問いかけと相まって、部屋のインテリアのような私的で親密な雰囲気を漂わせている。また、一つ一つの球体の影が大きさの不揃いなドットとなって文字を形づくることで、インクの染みがポタポ
タと垂れ、あるいは涙で滲んだような、書き手の叫びや手の震えが写し取られたようにも見えてくる。それは無機物の影が集合的に投げかける匿名的な非実体でありながら、誰かが壁に書きつけた肉筆に限りなく近いのだ。さらに、ランダムに吊られた球体/メッセージを放つ文字、カラフルな多色/モノクロームの黒、無秩序な散らばり/秩序だった文字、三次元の立体/二次元の影といった様々な視覚的対比は、見かけと実体のギャップを利用したトリッキーな面白さに加え、一点透視画法的な視線への問いかけも含んでいる。光源―それは意味を読み取る主体としての、観客の眼差しの比喩を思わせる― の移動によって、文字は生成と同時に常に解体の危機に晒されているのだ。その、脆く儚いメッセージが投げかけるのは、我々は物事をある一定の角度から切り取ってしか見ていないのではないかという問いであり、視覚の曖昧さと視点の単一性をめぐる問い自体が形になっている点で本作は極めて自己言及的である。この、問いの内包という条件こそアートの出発点・オリジンであり、またここから川辺の次なる一歩が踏み出されていくのだろう。


『問い』
2011年12月15日〜2012年1月28日

Port Gallery T(大阪府大阪市西区)


出品作家
天野憲一、大竹純子、川辺ナホ、さくまはな、ジョミ・キム、中野里映

 
著者のプロフィールや、近況など。

高嶋慈(たかしまめぐみ)

京都大学大学院在籍。『明倫art』(京都芸術センター発行紙)にて隔月で展評を執筆。関西をベースに発信していきます。





topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.