topreviews[北九州国際ビエンナーレ/福岡]
北九州国際ビエンナーレ
国際美術展〜いつもハッピーテロとは限らない。
TEXT 友利香
村野藤吾が設計した銭湯での展示。奥の壁の作品はショーン・スナイダーの《UNTITLED》。


八万湯会場
第3回北九州国際ビエンナーレのテーマは前回に引き続き「移民」。会場は、前回までの門司港レトロ地区に所在する旧・JR九州ビルから、かつて日本の近代都市の象徴だった八幡の町に移して開催された。(一部、小倉区ギャラリーSOAP)今回も出品作品は全て映像と写真。それらは映像のリアリティを逆手にとった表現で、映像の裏から立ち上がるイメージは、アングラマネーであったり、国家の血の臭いであったりと、観客の嗅覚を刺激する強さを持っていた。


OUR SONGS;Japanese National Anthem KIMIGAYO》SECOND PLANET/宮川敬一+外田久雄

「君が代」を外国人が日本語で歌っている動画を5台のモニターで同時に見せている。登場している外国人はとても楽しそうで、彼らと一緒に大合唱をしたくなるほどハッピーな気持ちになる。しかし、音声(画面)がバラバラで好き勝手に流れているためか、次第に観客は混乱し、歌っている人の国籍は?居住地は?歌う理由は?国歌とは?君が代とは?という疑問が次々に湧いてくる。


ROBOT》ジョンミラー+古郷卓司
1.Simple Indonesian Girl/2.Asian Wife/3.British Gay/4.Look 49/5.I LOVE Animals(medley My Name is Marina〜Optimistic woman)

「私は普通のインドネシアの女の子です」「女性を紳士的に扱ってくれる男性を探しています」「49歳に見えるけど本当は50代の男性です。離婚したばかりで寂しく過ごしています」「私の名前はエンジェルです」などの文章が、より人を誘惑する画像・音楽に乗って流れてくる。最初はこの作品を「お付き合いする人募集!」のウェブサイトで、現代人の寂しさや軽い遊びを楽しむ現代人像を訴える作品かと思って見ていたが、これは「ROBOT」。つまり現代人の寂しさや軽い遊び心に訴えるスパムメールから立ち上げた作品なのである。背後に潜むダークな性とお金の臭いがする嘘っぽい言葉だと知りつつ、映像の前で胸を躍らせている弱い自分がいる。


さわらびガーデンモール八幡1番街二階特設会場


Johnny&D》オラ・ピアソン

10年位前、戦争に参加していたというジョニーが、その時の拷問を再現したもの。匿名性を打ち出す覆面も効果的だが、無音の「エアー拷問」は観客の脳内で組み立てられ、じっと見ていられなくなる。


DMZ(非武装地帯)ツアー プルコギランチ付き1.    私だったら宮殿を見にいくわ》ヨンヘ・チャン・ヘウ゛イーインダストリーズ+古郷卓司

韓国でDMZ(非武装地帯)ツアーを申し込む客に応対する受付女性の会話をアリランの曲に乗せ、ツアーの画像と共に見せている。女性のツアー内容や注意事項を説明する口ぶりは、現地の緊張感とツアー客の身体的危険があること、決してお勧めできるツアーでないことを臭わせている。画像は現地の物々しく整備された風景、虚ろな表情の男子兵士と女の子との対比が印象的だ。


HOTEL ASIA2011》佐々木玄+宮川敬一

このスペースではソファにもたれ、膝の上に世界のホテルの案内雑誌を広げ、豪華客船で行くツアーの映像を見る。「HOTEL ASIA」の名刺まで用意されており、そのHPアドレスを検索すると、「キャプテンクックホテル」「ラッフルズホテル」「ニュー山王ホテル」「ヤマトホテル」の4施設が出てくる。これらはいずれも現在営業中のホテルだが、創業からの変遷を追うと、かつては軍の施設であったり、南満州鉄道の経営であったりで、国家に翻弄された歴史を持つという共通点が見つかる。観客を「豪華観光ツアーを探す客」に見立てた見せ方が、アイロニックでスパイシーな作品へと仕上げていた。


ハレ・アレ》クンスト・リパブリック(マシアス・アインホフ、フィリップ・ホルスト、マーカス・ローマン、ダニエル・ジープレ、ハリー・サッシュ)

これはドイツ・ハレ市の広場で行われた《ハレ・アレ》というプロジェクト。スピーカーから「ハレ・アレ」という祈りのような音声が聴こえると、人々はそれを見上げ微笑んでいる。嫌悪の表情はない。
このプロジェクトについて少し説明すると、「ハレ市・アッラー」と観光のためのスローガン「オール・イン・アレ」という意味を重ねた「ハレ・アレ」というフレーズを、中国民族風から伝統的キリスト教会音楽風なものまで様々にアレンジし、イスラム教祈祷のための時報同様、一日5回・4分間にわたってハレマーケットに流すというもの。これは5日間のプロジェクトとして始められたが、スピーカーが設置されたデパートの客たちからの抗議により一日で中止となったという。この映像からは、蓄積された国家・文化の歴史の中で、人種や民族・異文化への理解をしつつ暮らしている人々の姿を窺い知ることができる。

この会場ビルの1階はスーパーマーケットで、2階会場への導線としてとても良かった。店内の国内外産の食品や、多くの買い物客や仕事をする人たちの雑多な労働臭は、私たちの生活がとても豊かで自由であるという開放感を持って作品会場へ向かった。そして作品を見て、それは良くも悪くも国家という枠の中で成立し、世間の片隅で起こっている国家的諸問題も近しい存在として認識すべきだと気づかされた。私にとっては、生きるための「食」を確保する消費・流通の場でこれらの作品を見られたことは非常に有益だった。


BLUEBERRY LAND 》マイク・ボード+古郷卓司

これは小倉区GALLERY SOAPで展示された作品。街角で向かい合う男女は、親子ではないだろう。女の子のしきりに髪を触る仕草が挑発的で、体や唇・視線は前上方へと尖っている。対して男性のそれらは、後ろへと退き気味である。流れるメロディの甘さや、コンビニやコーヒーショップのあるどこにでもある街並み、そこに茂る大樹のイメージが絡み合い、女の子の背景に危なくいけない性やお金の臭いがあることが、濃く甘く漂っている。

近年各地でビエンナーやトリエンナーレ、国際展と呼ばれる展覧会が多数開催されている。その大多数が「アートのお祭り」「アートでまちおこし」と呼ばれるハッピーテロ展覧会の中で、北九州国際ビエンナーレだけは依然として別物の存在である。巨大資本で回る大型グループ展の色彩が全くないのだ。
例えば、何をもって「国際展」と呼ぶのか?ということ。ここには、単に国際的文化交流ではなく、世界規模で起きた(人間が引き起こした)事象の現況を見せる美術の行為がある。そして、ひとつのテーマで2回開催する拘り。ウケや「世間にお伺いを立てない」という姿勢を貫く頑固さがある。こうした展覧会を支援する北九州の企業も立派である。これは北九州の土壌なのだろうか。カタログも前回と今回の2回分を合わせて1冊、「移民」というタイトルで刊行している。中身は、作品と毛利嘉孝氏による「さまざまな移民」という論文のみの掲載で、余計な味付けはない。美術や美術展が、世界の政治・経済(産業・資本)とそれらを基底とした私たちの暮らしを、どう食らい消化・排泄していくのかのみを提示することで、社会構成員としての「美術の存在意義」が立ち上がっている。

「添加物は一切使用しておりません。」
これがこの北九州国際ビエンナーレだ。

北九州国際ビエンナーレ
2011年10月1日〜11月27日

八万湯・GALLERY SOAP
さわらびガーデンモール八幡1番街二階特設会場

(北九州市)

 
著者のプロフィールや、近況など。

友利香(ともとしかおり)

私は今年もハッピーでしたよ!
たくさんの良い作品に出会いましたから。
みなさん、良いお年を!





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