topreviews[「杉本博司 アートの起源|建築」/香川]
「杉本博司 アートの起源|建築」
美術館の中でそびえ立つ建築
TEXT 姫本剛史


 建築物に見とれてしまう瞬間とはどんな時でしょうか、一番に思いつくのが天に向かってそびえ立つ建物を見上げたときです。
皆が東京スカイツリーに注目を集めるのも、垂直にそびえたつその姿に美しさや圧倒感を感じるからだと思います。
古くから人々が建築に対して何を目指し、どんな感情を抱いてきたのか、香川県で開かれている展覧会を通じて考えることができます。

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 香川県丸亀市のJR丸亀駅の目の前にある猪熊源一郎美術館では、「杉本博司 アートの起源」が開催されています。
この展覧会は昨年11月に始まり、四季のリズムに合わせて、科学、建築、歴史、宗教の4つのテーマで展示が行われます。
3月からは建築をテーマにした展示となっています。

 館内は自然光が降り注ぐ明るい1、2階と、閉鎖空間となっている3階の展示室から成り立っています。
本展覧会は、杉本氏が自らキュレーションにも関わっているとのことで、建築家の谷口吉生氏が設計した空間をどのように生かした作品の展示となっているかも見所の一つです。

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

1階、2階の展示室には、《反重力構造》という写真と古木を使ったインスタレーションが展開されています。
1階から2階へと吹き抜けになっている壁には、天平時代に創建された当麻寺(奈良県)の国宝・三重塔(東塔)を撮影した写真が原寸大で組み上げられています。
写真は全部で9点で、寺の全ての輪郭を写してはいませんが、高さ14mの壁に整然と積み上げられるその姿から、この塔のスケールはよく伝わります。
写真には、斗組という木造部材を重ねて重力を分散する構造部分が写し出され、当時の人々の建築の工夫や力強さを感じることができます。
 写真の前には古木が垂直に立てられています。これは、東塔が明治35年(1902年)の全面解体修理の際に新材に交換されるまで、およそ1200年にわたって用いられた「天平の古材」です。
塔を支えるという本来の役目を終えてなお、地面に対して垂直に立てられるその姿は、これらの古材が塔の骨であり、塔を立ち上がらせ支える役目を担っていたことを思い出させます。
 2階の展示室には、このインスタレーションの一部である、電磁誘導の磁力によって浮かび続ける3つの球体が展示されています。
野球ボールくらいの大きさで、木目、白、赤と3色の球体が展示台から数cm浮かび上がっています。
 このように、古代建築の写真、古材、電磁誘導と異なる時間軸のものが一つの展示場に構成されていますが、どの展示にも共通することが「反重力」であることがよく分かります。
電磁誘導で浮く球体は、展示台を揺らすと落っこちそうな不安定さがありますが、塔の斗組の写真は力強く、建築の基本的な美しさはこの安定感にあることを改めて感じました。

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 2階の展示場には、《建築》シリーズの写真が6点展示されています。
近代以降の名建築を大判カメラで焦点距離の設定を無限の倍にずらして撮影することで、輪郭がぼかされた姿が写し出されています。
この展示場は上部の窓から自然光が降り注ぎ、まるで実際に外でこれらの建築物を見ているかのようです。
建物の姿は輪郭がぼやけているために、まるで蜃気楼を見ているかのような錯覚を感じます。
幻想のように写し出された建築写真を見ていると、これらの建築物は現在も存在するものもありますが、もはや撮影当時の姿は存在しないのではないかと思えてしまいます。
 展覧会パンフレットには次のように作品解説がされています。「ディテールや夾雑物を排すことで、建築家の頭の中にあったであろう初期段階の着想がそのまま写しだされているようにも、あるいは完成した建築物の本性が写真の中に立ち現れてくるようにも見える。」

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi



 3階の展示室は外の明かりが入らない閉鎖空間であり、体育館のように広く天井も高い空間を生かしたスケールの大きい展示がされています。
この広い会場は壁で縦に仕切られ、大きく2つの空間に分かれています。

 入り口から始めの空間では、天井に駆け上がっていくような巨大な木造階段が目に飛び込んできます。
階段の目の前には、立ち入り不可を意味するしめ縄の巻かれた石が置かれ、祭壇へのぼる神聖な階段に見えてきます。
階段の頂上には《観念の形 008》という、細いドリルのような回転楕円の形状をしたアルミ鋳造物がクリスタルの台座から天に向かって立ち上がっています。
ちょうどその上部にだけ天窓があって外の明かりが入るために、この階段から先が天空に続いているように感じました。

 この階段を挟んだ右側には、《数学的形体》シリーズの写真作品が5点並んでいます。
この作品はパンフレットで次のように解説されています、「19世紀末、ヨーロッパの数学者たちは、数式によって定義される曲面を石膏による立体模型で表した。〜中略〜 合理的な幾何学的な対象を可視化する目的で作られたのだが、杉本はこの数理模型に宿る美を見出し、写真作品として提示している。」
 これらの作品は縦横1m以上の大きな写真ですが、実際の模型は10cmほどのようです。
杉本氏はこれらの模型に対して、「実際に住んでみたい形」として写真作品にされたそうで、ここでも建築の美しい外観とは何かを考えさせられます。

 階段を挟んだ左側には、展示空間を仕切る壁があり、その壁には《常滑 大甕》と《醍醐幔幕写し》があります。
大甕は室町時代に作られた、直径75cmの大きな常滑焼の壷です。
幔幕は豊臣秀吉が「醍醐の花見」で使用したものを杉本氏の指揮で当時の技法を用いて再現したものです。
幔幕の役割とは露天の場を区切って内と外を隔てるものであり、入り口からここまでの展示は巨大な階段や《数学的形体》といった建築の外観を思わせる作品の展示でしたが、幔幕の向こう側は建築の内側の空間が広がっていると予感させます。

 幔幕の向こう側には、《陰翳礼賛》シリーズが静かに展示されています。
この写真は、1本の和蝋燭に火がともされてから燃え尽きるまでを露光して続けて写した、蝋燭の一生をとらえた写真です。
この写真のフィルムを実際の和蝋燭を灯した小部屋に展示して、フィルムに写された蝋燭の像が実際の蝋燭の明かりに照らされて部屋の奥の壁面に映し出されます。
ここまでは建築の外観に意識が向いていましたが、ここでは建築の中、それも現代建築ではなくて最も原始的な洞窟のような屋内空間が展開されています。
 《陰翳礼賛》は4つの小部屋が壁沿いに並んでいて、照明は蝋燭の明かりのみの薄暗い空間となっています。
それでも和蝋燭の明かりは思いのほか強く、写真作品よりもそちらに目がいってしまいます。
だんだん目が慣れてくると、炎の明かりで浮かび上がった写真の陰が見えるようになってきます。
それでも陰の姿は、はかなくて、目をこらして見る事に神経を集中させられます。
蝋燭の炎はわずかな空気の流れでもゆらめき、それに合わせて動く陰を見ていると、昔の人々は屋内にいても外の気配を強く感じながら生活していたように思います。

 
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景
©Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi

 今回の展覧会は美術館の内部で、建築の外と中について感じながら、人が建築に魅力を感じる要素などを考えさせられました。
さらに、本展と同時並行で開催されている猪熊源一郎氏の作品による常設展を見ることで、杉本氏の展覧会がこの美術館で行われたことの面白さを感じることができます。




《建築と裸婦(1990)》






常設展示室は猪熊源一郎氏の初期から晩年までの絵画や、氏がコレクションしていた雑貨などが展示されています。
猪熊源一郎氏は、ニューヨークに滞在中に町の魅力にはまり、ビルや町並みをモチーフにした直線と円などの幾何学的な作品を多数制作しています。
これらの作品を見ることで、猪熊氏が考える建築の魅力、美しさを考えることができます。
また、猪熊氏の蝋燭のコレクションも展示されていて、《陰翳礼賛》の和蝋燭と見比べる面白さがあります。

 この美術館の設計は建築家の谷口吉生氏ですが、入り口のデザインなど随所に猪熊氏も深く関わっていて、この美術館そのものに猪熊氏の建築に対する思いが込められています。
今回の展覧会は建築に対する2人のアーティストの考えが詰まっている、ここでしか見れない展覧会だと思いました。


「杉本博司 アートの起源|建築」
2011年3月6日(日)〜5月15日(日)

丸亀市猪熊源一郎美術館(香川県丸亀市)
 
著者のプロフィールや、近況など。

姫本剛史(ひめもとたけし)

1981年神奈川県横浜市出身 製薬メーカー営業企画
休日は全国の現代アートや、コンテンポラリーダンス、演劇などを鑑賞しに飛び回っています。
現代アートやそれをとりまく人々と触れ合うことはとても楽しく、また、自分の仕事にもいい刺激になります。
現在は、愛媛県松山市に在住。
四国のアートの魅力もお伝えしていきたいと思います。





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