topreviews[「きのこアート研究所」展/広島]
「きのこアート研究所」展
きのこ、その魅力
「きのこアート研究所」展

TEXT 丹原志乃

 





ハートやリボン、猫やウサギなど、女の子が可愛いと好むであろうものをモチーフにしたグッズが並ぶ中で、きのこのモチーフを発見したとき「なぜきのこなんだろう」と不思議に思ったことがある。
近年ではケータイのストラップやオブジェなどでスイーツをモチーフにしたものが流行したりしているが、それはカラフルな色合いだったり、甘いもの=女の子らしいなんていうイメージからきているのだろうと考えることができる。
だが、きのこはどうだろう。
日陰で湿った場所に生えるイメージを持ち、時には毒があり、菌とされるきのこが、なぜ可愛らしいと感じるのだろうか。
きのこはアーティストにも様々な影響を与えている。
ただキャラクターとして可愛いというだけでなく、きのこのフォルムや生え方など生物としての興味をそそられる点もあるのだろう。
アールヌーボーのガラス作家、エミール・ガレの作品で「ヒトヨタケ」というきのこをモチーフにしたランプは有名である。
また、作曲家であり芸術家のジョン・ケージはきのこ研究家であり、毒きのこを散歩中に食し、中毒になったこともあるという。
ジョン・ケージがロイス・ロング、アレグサンダー・H・スミスとともに制作したきのこの本《マッシュルームブック》が、今回会場で展示されていた。
特徴を細かくとらえたスケッチのまわりに、彼らの研究成果がびっしり書き込まれている。

こうまでも彼らの好奇心をつかんで離さないきのこの魅力とはなんだろう。
そんな不思議なきのこに魅せられたアーティストたちの展覧会がこの「きのこアート研究所」展である。
展覧会名の「きのこアート研究所」とは、きのこを愛するアーティストの執着の様に迫るという、今回開設された架空の研究機関だそうだ。

展示スペースに足を踏み入れると、まずお目見えするのが参加アーティストであるとよ田キノ子のキノコグッズコレクションである。



カールステン・ヘラー《マッシュルームプリント》 2004年 
courtesy of ShugoArts  ©Carsten Hoeller





きのこ柄のテキスタイルや、きのこが描かれた絵本、木製のきのこ型テーブル。
ガラスケースの中にはきのこのペンダントや、きのこのイラストが描かれた用途不明なトランプのようなカードなど、無数のきのこグッズが展示されていた。
見渡してみると、集められたきのこは赤地に白の斑点があるものが多い。
きのこアートというタイトルを見たとき、とてもファンシーで可愛らしい展示ではないかと想像した。
それは、きのこを思い浮かべて、真っ先に浮かんできたのがこの赤地で白の斑点のあるきのこだったからである。
昔のTVゲームの中に出てくる食べると大きくなるきのこ、可愛いと言われるきのこの代表ともいえる柄のきのこである。
椎茸やマッシュルームなど食用と認識されているきのことは違い、イラストやグッズで見かけるきのこは色鮮やかなものが多く、非現実的なように感じるが、この赤地で白の斑点があるきのこは「ベニテングタケ」という名で実在するきのこだそうだ。
可愛らしい見た目とは裏腹に、この「ベニテングタケ」は食べると下痢や嘔吐、さらには幻覚の症状を引き起こすそうだ。

そんな「ベニテングタケ」にスポットを当てた、カールステン・ヘラーの写真作品が展示されていた。

森の中だろうか、地面付近を写している画面の中には木の枝や木の葉があり、その中央に赤いきのこがまるでこれから始まる物語の主役のように存在している。
写真全体が少しぼやけている中で、「ベニテングタケ」の赤色がとても鮮明である。
「ベニテングタケ」は、毒きのこでありながら、ヨーロッパでは幸福のシンボルとして親しまれているそうだ。
この作品から感じるメルヘンチックな雰囲気が、幸福のシンボルからくるものだと考えれば最もだが、それだけではない妖婉さを感じるのはやはり毒をもっているからだろうか。
物語で食べてはならないのに口にしてしまう、そんな瞬間を今かと待っているようだ。

同じく黒田潔の絵画作品も、描かれている動物や世界はモノクロだが、きのこだけは鮮やかに着彩されている。
こちらも一見ファンシーなようで、無知な動物の側で、きのこだけが何かを知っているかのように怪しく輝いている。

草間彌生の描く無数の斑点で彩られるきのこは、まさに毒きのこの象徴のようだ。
そのカラフルな色には危険とわかっていても、どこか惹かれてしまうものがある。
しかし私が今回気になったのは、草間の《キノコTZXT》という作品である。
この作品で描かれるキノコは決してカラフルなものではないが、その単調なフォルム、同じキノコが画面上に幾つも描かれているのを見ていると、細胞を拡大したようにも感じられる。
きのこは空中に胞子を飛ばし、どんどん数を増やしていく。
知らない間に生え、さらに回りにはちいさなきのこが次々に誕生する。
そんなきのこの無限の繁殖・生命力を感じさせるのが、この作品である。


草間彌生《毒きのこ》 1990年 courtesy of Ota Fine Arts ©Yayoi Kusama




また、萩焼作家、金子司の作品もこの繁殖・生命力を感じさせるものである。
陶器でできた小さく色も模様も様々なキノコたちが、側にある椅子や壁に繁殖し、そのものを覆いつくしている。
一つ一つは小さいながらも、総数5000個を超えるきのこたちは、まるで全てを侵蝕していく勢いである。
可愛らしい見た目に反し、その増殖力はすさまじい。

毒・繁殖力、最後に紹介されるのが寄生するきのこである。
「冬虫夏草」という昆虫などに寄生するきのこがあるらしく、その「冬虫夏草」をモチーフとした大竹茂夫の作品、そして大竹の実際の「冬虫夏草」のコレクションが展示してあった。
ガラスケースの中のコレクションは、「冬虫夏草」が寄生した昆虫の死骸であり、死骸からはきのこらしきものが長く伸びて生えている。
きのこに寄生され力つきたのかと想像すると、少しグロテスクにも感じる。
そんな「冬虫夏草」をモチーフとした大竹の作品は、描かれている人物がこどものようで可愛らしく、一見穏やかな物語を紡いでいるようにみえる。


大竹茂夫《クサナギヒメタンポタケの人々》 1999年 ©Shigeo Otake

しかしよく見てみると、一部の人物からはきのこが生えており、その目はどこかうつろである。
きのこの生えた人物は操られ、気力を吸い上げられているようだ。
この物語に登場する人物は、みんな知らず知らずのうちに、きのこ、あるいは何者かに操られ、次第に自分を忘れていくのだろうか。





とよ田キノ子の作品では、表情が見えない女性が描かれており、連作が複数展示されている。

タイトルは《きの子-Mushroom meets girl<かおり>》というふうに、最後には女性の名前が付けられているが、どの女性も髪型、見えない表情は同じであり、同一人物のようにも見える。
描かれている女性は全て、体の一部がきのこになっている。
腕、胴体、足、そして頭までもきのこになっている女性もおり、そこからは何らかの感情は読み取れない。
こちらも「冬虫夏草」のように、寄生され、自我が消えているようだ。

可愛らしいきのこ、危険だとわかっているのに近づきたくなる妖艶さ。
毒を持ち、増殖し、寄生もする。
この展覧会で様々なきのこの側面を見てきた。
きのこの魅力とは、決してひとくくりに出来ない、きのこが持つ様々な顔なのかもしれない。
ぜひ会場で、不思議なきのこの魅力を体験して欲しい。


「きのこアート研究所」展
2010年11月3日〜2011年2月24日

広島市現代美術館(広島県広島市)
 
著者のプロフィールや、近況など。

丹原志乃(たんばらしの)

1985年生まれ。
地域とアートについて勉強中です。
今年もよろしくお願いいたします。





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