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[石上純也「建築のあたらしい大きさ」/愛知]
石上純也「建築のあたらしい大きさ」
「空間を相対化するカミの目線」
TEXT 各務文歌
《雲を積層する》2010年 photo:市川靖史
私たちの住むこの世界には、さまざまなスケールの空間が存在している。
ここで言うスケールとは、大きくも小さくも自在に変化しつつ周囲の環境を区切るもの、その尺度を指すと言って良い。
それらの境界は極めて曖昧なものだ。なぜなら世界をかたち作る物質は、常に入れ替わり変化し、一定ではないからだ。
当然のことであるが、私たちは人間として生きるにあたり、人間としての目線で周囲の環境を見渡し、空間を感じているにすぎず、それ以上にも、以下にもなれない。
そして従来、この感覚が、人が住み、生活する空間を形作る建築を考える時ひとつの基準―常識となって、建物の大きさを決定してきた。
今回
豊田市美術館
で出会った石上純也の作品群には、私にとって、この常識を覆すもの。という印象がある。
石上は、今年のヴェネツィアビエンナーレ国際建築展で金獅子賞を受賞し、2009年には日本建築学会賞を受賞と、現在最も注目される建築家の1人である。
今回の展示では、先のヴェネツィアで賞を受賞した作品とほぼ同じバージョンの《雨を建てる》を含め、合計5種類の模型を中心としたプロジェクト、インスタレーションが展開されており、これまでに見たことも無いような視点からのスケールで考えられた建築模型や空間が、次々と提示されている。
それは自然環境と建築物との差異を曖昧にするような、対するもの同士の境界を消失させた上で、新たな空間をそこに捉え直しているかのような、「未知」の可能と創造性に富んだものであった。
展示の最初に登場する作品《雲を積層する》では、「scale1/3000」として、人の認識する構造体としての建物の大きさが蟻にとっての雲の粒ひとつひとつに置きかえられ現出していた。
展示室中央に、ごくごく細いワイヤー(実に0.7mmという)で格子状に形作られた巨大な立方体が自立し、各階層には、紙のように薄い不織布の膜が横に広く張られている。
白く透明に近い薄さを持つその布の質感と奥行きに、引き込まれそうな感覚を覚えた。
ここで私たちは、雲の中をさまよう一匹の虫のスケールを擬似的に体験することになる。
「雲」は構造体として形作られ、あくまでひとつの建築物としての様相を崩していなかった。
《地平線をつくる》 2010年 photo:市川靖史
《空に住む》2010年 photo:市川靖史
scale 1/23、《地平線をつくる》という作品。
展示室には一見どこまでも平らな、巨大な面積を持った屋根付きの屋外広場のミニチュアが、大きく広がっていた。
学生がキャンパス内でくつろげるような、多目的な広場としての施設の模型だという。
その広さに対して柱が1本も無いという解説にまず驚かされる。本当にこんな場所が造り出せるのだろうか?
そんな疑いも、同時に自分を強く引き付ける引力となって、興味を持って細部を眺める。
天井部分には紙で作られたと思われる緑色のツタのようなものが張り巡らされ、ここが緑―自然の風景と溶け合うような空間を有するものであることを直ちに想起させるような作りだ。
この広大な施設の中では、地平線すら、生まれるのだという。
人工の空間でありながらも風景としての条件を備え、人々を包みこむ優しさに満ちているような作品世界だった。
展示の最後に登場する作品、《雨を建てる》は、scale1/1、つまり実寸の世界だ。
そこには既に見ることさえかなわないような、ある意味極限まで削ぎ落とされた透明な構造物が、壁で仕切られた部屋の向こう側一面に立ち現れていた。
中心の柱の太さ0.9mm、そこから床に向けて、ちょうどモミの木のように上部から順番に放射状に下ろされ固定された、太さ0.02mmのテグスのようなワイヤー。
これらが隣り合い、規則正しく林立している。
素材は、それぞれが実際の「雨粒の大きさ」と「雲の粒」の大きさであるという。
ここで私たちは遂に、自然現象である雨と雲の世界と同一の空間を、さまようことになったのだ。
どこまでも透明なそのフォルムは、光が当たった刹那わずかに認められるくらいの存在感しか感じられず、捉えにくさに一種のもどかしささえ募った。
はたして本当にそこにあるのか、それとも儚い幻なのか・・・
見えないものを見てみたいという思いは、会いたいという願いに変わる。
この先に見え隠れする、未知の世界を想いながら、鑑賞を終えた。
石上は、建築を、その従来のスケールから開放する。
空間を構築的に捉えるのではなく、風景―ランドスケープを眺めるように建築を考えるのだという。
私が思うに、それはもはや人の目ではない。
世界を創造する、神の目線ではないか と。
ミクロにもマクロにも自在にスケールを操り世界を捉え、そこからの目線で空間を再構築する軽やかさ。
建築を、周囲に存在する環境そのものと等価に扱い自然の中に自由に遊ばせるような開放感。
そこには従来の概念からは解き放たれた、ずっと自由であたらしい可能性に満ちた姿があった。
石上純也―建築のあたらしい大きさ
2010年9月18日〜12月26日
豊田市美術館
(愛知県豊田市)
著者のプロフィールや、近況など。
各務文歌(かがみふみか)
地方の博物館学芸員として絵本原画の展示など手がけながら現代美術の世界に興味を持ち探求中。
あいちトリエンナーレサポーターズ会員として勉強会に参加。
レビュー書きなど勉強しています。
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