topreviews[視覚展/神奈川]
視覚展

無意識”から“?”から“恐竜の夢”まで、さまざまな視覚化に挑戦!
TEXT 安東寛


 偶然なことに、前回にひき続きまた「視覚(シカク)展」なのである。
前回の私のレビュー『シカク展 』では、井上さんというアーティストの鋭い視点による、構図の世界の深遠さを紹介させてもらった。しかし今回は、なぜか美術関連より妖怪・妖精の知識の多い、“異色展覧会レビューライター”の私が、勝手ながら以前よりその成長を見守らせてもらっている、女子美術大学の学生達の展覧会...。
それも「ネオライン」という“新しい領域に挑むアーティスト集団”を結成した8名の学生達のグループ展なのだ。


下河 智美《tissu-0910 U》 リトグラフ

 最初に解説をしてくれたのは、版画専攻の下河智美だ。
彼女は以前から細胞という生き物の存在が好きなのだ、という。それは“小さくて規則的なものがいっぱい集まっている様子”が好きだから、とのこと。そこで今回彼女はその細胞の、アート的視点による視覚化を試みた。
リトグラフで描かれた作品「tissu-0910 U」では、彼女が創造した細胞がリアルに、かつ美しく描かれている。リトグラフという手法の化学反応の結果だろうか、見事な立体感が作品のリアリティーを高めている。まるで“顕微鏡の中の実際の細胞のサンプル”を、リトグラフの化学反応を使って版の中に閉じ込めてしまったかのようだ。
そんな彼女の作品は、細胞のような“単純でシンプルな形の生き物”の美しさを教えてくれる。だから顕微鏡を覗きながら、細胞の姿や単純ながらも高度な機能美に魅了され、そこに美を見出している研究者も多いことだろうと思わせる。
また、名画の中にもシンプルな図形が題材のものがあった気がするが、それも“単純な形の存在への愛情”からくるもので、人がそれに魅了されるのはなぜだろう。その理由は、我々自体が素粒子のようなシンプルな存在が集まって形成されているからだろう。そしてその“単純な存在愛”の裏では、人・物を構成する根本的な単位である“素粒子同士”が引かれ(惹かれ)あっているのではないだろうか。
そうするとA君とBさんが愛し合う場合でも、その背後では同時に「お互いの細胞同士・素粒子同士が引かれ合いという、最小単位の愛が育まれているのかも...?」などと、彼女の作品を見ながら想像した。


 
伊藤 彩子 《いただきます!:ハンバーガー解剖図》 水彩 アクリルなど
 伊藤彩子は“ヒーリングアート”の手法を用いて、人の無意識の心理の視覚化を表現することに挑戦した。
その手法とは、まず複数枚の紙に何も考えず、それぞれに様々な色を使い様々な模様や線を、無心に気が済むまで描きまくる。それから冷静な視点でそれらを観察し、出来上がった色や模様から判断してそれらを用いてテーマとなりそうな題材を決める。
そして選別しそれぞれのパーツの形に切り取る。最後にパズルのようにその形に組み立てる、というものだ。
作品「いただきます!:ハンバーガー解剖図」ではハンバーガーが出来上がった。
それにしても無意識に描いた“無秩序な色や模様の嵐”のような絵達を目の前にして、ハンバーガーを感知出来たことは不思議だ。これは単純に、その作成過程で「単にハンバーガーが食べたかったから」という心理が働いていた、などと理解してよいのだろうか?
たしかにこのような手法は、“ありのままの自分の心理を冷静な視点で見て理解する”ための有効手段といえよう。なぜなら、無意識状態だと人の心理が開放され素直に現れるからだ。
私も描こうとする絵のインスピレーションを得ようとする時は、“我を忘れそうで忘れない(起きながらにして夢を見ようとするような)状態”をキープしようと努める。もしかするとこれも、“無意識と意識の融合”という彼女のヒーリングアート的手法の過程と同じ状態を作り出そうとしているのかもしれない。
そう考えると、「我々が絵を描いている理由は、ただの楽しい趣味などではなく、自分の本当の心理を把握するための心理療法を行っていることになるのだろうか...?」。そんなことを考えさせられた彼女の作品だった。


立川 美圭 《毎日みる風景 夏》

 立川は、写真画像による“記憶や思い出の視覚化”を試みた。
その手法はまず、自宅のマンションの14階からいつも見ている何気ない風景を、ほぼ同じアングルで、何枚もデジタルカメラで撮る。しかし時にはズームで寄り、位置を上下左右に微妙にズラしたり、夜間に撮ってみたりと、微妙に変化させるのだ。そしてパソコンの写真加工ソフトの乗算機能を使って、それぞれの画像をいくつもの半透明のレイヤーにして重ね合わせるのだ。
それにより、“あの時の視覚”“この時の視覚”が1つにまとめられた“思い出写真”が出来上がるというわけなのだが、この発想はとても面白い。いろんな状況でこんな写真を作ってみたくなる。
例えば同じアングルの風景で、雨の日だけのものを重ねたり、春夏秋冬が表現された厳選した4枚だけを重ねたりするのも面白そうだ。また、それぞれ写真が異なった風景になるので、画像的に無秩序な感じになるのに気をつけながら、ある日の旅行の行程を「○○旅行の思い出」と題してひとまとめにするのも楽しそうだ。
さらに同じ風景を、悲しい気分の時に撮ったのをまとめたのと、楽しい気分の時に撮ったのをまとめたのを比較するのも面白そうだ。どちらも画像的な差異はないだろうが、敏感な人が見れば何らかの違いを感じ取れるかもしれない。そしてそれができれば、撮影時の撮影者の心理や魂が写真に宿ることの証明となるだろう。
思い出とは積み重なって出来ているもの。しかし、それぞれの思い出を順番に見てゆくよりも、まとまったものをいっぺんに見るほうが、その本質を感じ取れる気がする。
例えば死ぬ間際に、楽しかった思い出・悲しかった思い出・何でもない思い出をいっぺんに思い出し、“自分の人生を走馬灯のように見た時”...。そんな瞬間のイメージを、彼女の思い出写真に見た気がした。


園田 紗希 《カク》 墨

 園田の作品に関しては、なにも語る必要がないだろう。
それは彼女のような“超感覚的な作品”に関しては、言葉での説明に意味がなさそうだからだ。
そんな彼女は、形の定まらない視覚化しにくいものに最も感覚的な手法で表現を試みている、という意味では、ネオラインの中で異色の存在といえよう。だからだろう、彼女の作品は一見して何が題材なのかは理解しにくい。
しかし彼女は最近“風から感じたものを描く”のが好きなのだそうで、“風”が題材である可能性はありそうだ。そのことは、“様々な大きさ・形の曲線が不規則に踊っている作品”が多いため“風の吹く様子”を描いているように思えることからも推測できる。
しかしそれは間違いで、彼女の作品は“風をイメージして描いた”というレベルよりももっと奥が深いようだ。なぜなら彼女の作画法は、「紙を目の前にすると紙の方から『筆をここに置いてくれー』といってくる...」といった形で始まる場合もあるとのこと。なんだか神がかり的ともいえる状態だ。
また「自分に風が当たると不思議な形が見えてくる。そして感じたままを紙の上に、墨で割り箸や歯ブラシや指で描いてゆく...」ともいう...。彼女は“風が運んでくる目に見えないメッセージ”でも感じ取っているのだろうか?それとも“風という存在の本質的な姿”を感知しているのだろうか?しかし題材が何であるにせよ、彼女が作品について無邪気に語る様子を見ていると、どうでも良い気がしてくる。
そんな彼女は今、“子供のお絵かき教室”のアルバイトをしていて、その生徒の子供達と感性が合うとのこと。彼女の超常的な感性は、純粋な子供達との感性の交流によって磨きがかけられているのだろう。

 


寺井 茉央《日本語》 印刷紙、アクリル板

 心理学に「ゲシュタルト崩壊」という概念があり、この心理現象を視覚化しようとしたのが寺井茉央の作品だ。
この概念とは、例えばひらがなや漢字などの文字を、意識的に注視したりしていると、それがただの様々な線の集まりのように見えてきて脳がマヒし、「この文字は本当にこんな形の文字だったのか?」といった混乱状態が起こることをいう。そして最終的には文字などの認識が困難になる症状が現れる場合もある。
彼女の作品はその現象により崩れた固有名詞の文字のパーツを、その文字が表す物の姿に再度組み立てた作業を視覚化したものだ。彼女は、「漢字は元々その物の姿の絵から作られている」ということから、“鶏”“にわとり”の文字をパズルのように組み立てて、鶏の姿を再現している。
そんな彼女の手法は実際にヒーリング効果があるといえよう。それはこの症状で悩んでいる人に、コンセプトを理解させた上でこのような絵を描かせていったら、「文字はその物の姿から作られたもの」との認識ができ、回復に向かいそうだからだ。彼女の作品は実用性を伴ったアート作品といえる。
ちなみに私は子供の頃、文字ではないが、「くるま」だかそんなような言葉を意識的にしゃべっていた時に、とてもあの“車という物体”を表している言葉とは思えず変な感覚になったことがある。音の響きもなんだかおかしくて、何度も繰り返し「くるま!くるま!」といいながら笑ってしまった経験があるが、これも同じ現象なのだろうか?このような「音声版ゲシュタルト崩壊」も彼女に表現してもらいたいものだ。

 
下村 渚《Self Portrait」》
下村渚はある日、自転車をこいでいた時のこと...。ある衝撃的な出会いをした。
道端で捨てられ、汚れて真っ黒になった軍手を発見したのだ。
彼女は“手を保護する重要な役目の物”が、役に立たなくなり捨てられて、ただの“得体の知れない手の形の物体”になってしまったことにショックを受けた。しかしその出来事は彼女のアート魂をくすぐったのだ。彼女は“捨てられた軍手”に見立てた黒い手袋をいくつか組み合わせ、パペットを作った。そしてこの“人の手の形を変形させて作った人形”に「人の姿を映し出す鏡」の役割を与えたのだ。
今回の作品の中に「“軍手君”がスーパーのカップラーメン売場に陳列されている写真」がある。これは「現在の私の値段はカップラーメン程度では?」との、“下村自身の価値の自己評価”の意味を表現しているという。また「たくさんのナイフを向けられた軍手君」の作品では、ナイフは他人の視線を表していて、“自分の自意識過剰さを戒める”意味があるとのこと。
これらはどちらも「下村自身の姿を映し出す役割をパペットにさせた」ものだ。
だから作品中のパペットの姿は彼女の心理を代弁しているわけで、今回の作品を見ていると、「何か彼女の身に自信を喪失させる出来事でもあったのでは?」と考えたくなる。
さらに「もしかすると彼女は“あの捨てられた軍手”に感情移入したのは、その時の自信喪失状態の自分の心理が共鳴したからなのでは?」などとまで想像してしまうと、彼女を心配する気持ちにもなろう。
しかしこのパペットは、彼女の心理を彼女自身に冷静に把握する機会を与え、その認めにくかった心理を解放させたといえる。理解しづらかった無意識の感情に意識の光を当て、それを“認識する”と、不思議と気分が落ち着くものだ。
私も学生時代“着ぐるみの中に入って演技する”バイトをした時、柄にもなく調子に乗って踊っちゃったりした経験から、仮面を被っていると自分の心を開放しやすいことを知った。
また「役者の楽しさは自分が普段なれない役になりきれること」などの話も聞いたことがある。自分の身代わりのパペットに様々なことをさせることは、本人の精神の解放というヒーリング効果があるように思った。


 
野本 有紀《レム睡眠》 英字新聞・パステル
 エンジンのような機械部品の姿形に魅了されている野本有紀は、“メカっぽい”との理由から恐竜が好きなのだという。そこで今回の作品のテーマは「恐竜の見ていた夢」だ。
「恐竜が夢を見ていた?」と思われそうだが、その可能性があるのだそうだ。
一般的には恐竜は爬虫類から進化したとされ、爬虫類なら夢を見る可能性は少ない、という。
しかし恐竜には「爬虫類のような変温動物ではなく体温を一定に保つ恒温動物であった」との説があるのだ。
そこで一般的に「恒温動物は夢を見る」といわれるため、彼女はその「恐竜の見ていたであろう夢」に興味を持ちそれをイメージし、その視覚化を試みたというわけだ。
しかしそのテーマもさることながら、それが描かれたキャンバスが英字新聞だというのが、面白い。過去のニュースのレポートが規則的に羅列されている上に、ダイナミックな「太古に恐竜が見ていたであろう夢」が描かれているところが、なんだか妙にしっくりきているのだ。
彼女はキャンバスに新聞を使用した理由は「現代の自分達に身近な存在である新聞の上に太古の動物の夢を描いてみた」とのこと。
その新聞の束とは“過去の出来事の積み重ねられた”ものだ。そんな少し過去の出来事の上を、太古の生き物の見ていた夢のイメージで塗りつぶす感覚が良い。リアルな現実と太古のロマンが混じり合った、面白い感覚を味わせてくれる。
ところで彼女の手法をヒントにすると、真っ白なキャンバスを使うより、特定の新聞を使う方が面白くなる題材があるように思う。例えば「結婚目前の女性の心理のイメージ」を結婚関連の記事の上に描けば絵が生き生きしそうだ。また「犯罪者心理のイメージ」を事件記事の上に表現したりするのも、迫力が増して面白い気がした。

 今回の個展ではいくつかの作品を通して、「絵を描くことは心理療法である」ということを強く認識出来たことは私にとって“目から鱗”であった。そして“ヒーリングアートの持つ楽しさと可能性”を見た気がした。またその作品を通じて、“彼女達はテーマに沿いながらも、好きな題材を選んで楽しんで表現している”と感じさせてくれたのは好印象であった。彼女達“ネオライン”は、次回はどんなテーマで個性的な新たな試みを見せてくれるのだろうか、楽しみである。

視覚展
2009年11月24日(火) 25日(水) 26日(木) 

ランドマークプラザ5F
主催 art gallery, on the wind(神奈川県横浜市)

7人とも女子美術大学 在学中
 
著者のプロフィールや、近況など。

安東寛(あんどうひろし)

1969年 神奈川県生まれ。現在月刊ムーを中心にして執筆活動をする、妖怪と妖精を愛するフリー・ライター。
趣味で色鉛筆画を描いてます。
月刊ムー誌上にて「パワースポット紀行」という新連載が始まります。第一回は「東京タワー下の蛇塚」、1月8日発売です!




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