topreviews[「新世代への視点_画廊からの発言」『杉浦藍 "The Seven Dwarfs"』/東京]
「新世代への視点_画廊からの発言」『杉浦藍 "The Seven Dwarfs"』
《Doc&Bashful》撮影:加藤健




展示風景 撮影:加藤健


リズムのラインから生まれた立体

TEXT 立石沙織

暑さが厳しさを増す7月下旬から8月上旬にかけて、銀座界隈にある15のギャラリーが、一押しの若手作 家を紹介する展覧会「新世代への視点_画廊からの発言」を一斉に開催した。その中のひとつ、京橋にある「ギャラリー現」で行われた、彫刻作家・杉浦藍の個 展を取り上げたい。

白い厚みある面が大きく波打つ立体。
ギャラリーに足を踏み入れてまず目に入ったのは《Doc & Baseful》という、およそ2m×1.5m×1.4mほどの大きな彫刻作品である。
カラフルな鉄琴にも見える細長い帯状の金属板は、日を避けるために窓辺に吊るされているブラインドだ。それを並べることで、虹のような直線のグラフィックつくりだしている。
その内側は白い厚みのある壁で空洞になっていて、底には苔のような緑のオアシスが広がり、都会のにぎやかさと田舎の静けさといったように、表と裏で相反する要素が存在して一つの作品となっている。
奇妙に起伏した面のために、見る場所や角度によって作品の表情はころころと変わっていく。
なんと表情豊かな作品であろうか。

何度もぐるぐると作品の周りを回りながら見ていると、だんだんとその奇妙な形が生み出す「ライン」が気になりだす。
カラフルな表皮とは反対に、壁の淵の白さがぐっと際立って私に主張してくるのだった。その淵を目でなぞると、オーケストラの指揮をとるように、自分の視線が小気味よいリズムの「ライン」を描いていることに気づいたのだ。

 
《cinderella》撮影:加藤健

《Snow White》撮影:加藤健
 
《jp 7 guardian angels》撮影:加藤健
 

何物にも例えようがないこの奇妙な形の正体は、誰もが知っているようなキャラクターなのだという。
杉 浦藍は、制作するプロセスとしてキャラクターの輪郭を使う。彼らを取り囲む線だけを取り出し、それをさらに切り取ったり組み合わせたりして新しいラインを 作る。そこに肉付けをして高さや奥行きを付加して立体化していく。なるほど、ゆえに自然と作品のラインが気になってしまったのか。
この《Doc & Baseful》も、実は 「先生」=Docと「てれすけ」=Basefulという、『白雪姫と七人のこびと』に出てくる二人のこびとのキャラクターから取られているらしい。
よくよくほかの作品も注視して輪郭を追えば、《cinderella》はシンデレラ、《snow white》は白雪姫の髪型を匂わせるのだった。
け れどすでに、かれらの表情や構成するアイテム(服や小物)は取り払われた後であり、そこからキャラクター性を見いだそうとすることはできない。もしかした らキャラクターが土台となっていることなど、全く気づかれないということもあるだろう。でもそれが問題なのではない。線という二次元から、立体という三次 元に昇華させるという、そのプロセスが面白いのである。

キャラクターは、もとは二次元の世界の住民であり、背景も表情も一枚の画面の中に存在している。
輪 郭線はキャラクターと背景の境界であり、いわばそのキャラクターの世界を囲い込む結界ともいうべき神聖なものなのかもしれない。キャラクターが着ぐるみな どで実世界でも動き回ることはあっても、どうしても違和感を持ってしまうのは、あるべきはずの境界線が取り払われたことで、リアリティを失うためなのかも しれない。
それは二次元のキャラクターのみに言えることなのではなく、私たち人間もまた、自己と外との境界線を意識のうちにもまた無意識にも保持している。
パーソナルスペースや、私たちの肉体を纏う衣服や皮膚もそうだ。それらを失ってしまえば、私たちは自己をも失い、途方に暮れてしまうだろう。

《jp 7 guardian angels》は、それがより顕著に表れた作品だ。七福神をモチーフにした作品で、これは輪郭線から派生したのではなく、既成の七福神の形のうえに線や点 を重ね、表情や個性を隠したものだ。遠巻きに見れば山の連なりかと思うのだが、ふとした瞬間に「あら、七福神?」と気づく。自分は「ああ、日本人だなあ」 と思いながら、個々のアイデンティティーは完全に消すことができないのだということを実感する。表面をカラフルに覆っても、シルエットが本質を語ってしま うのだった。シルエットもまた、輪郭線なのだから。

杉浦藍は、外の世界と密接し物質の個性を囲い込む「線」や「面」を、個々のアイデン ティティから切り離し、別の新しい姿をつくろうと試みている。正体を見せたり、見せなかったり。また、そのように表面を意識すると、どうしても看過できな くなってくる表と裏の存在にもしっかりとアプローチをしている。
都会的で愉快な表を持つ《Doc & Baseful》の裏にはささやかな緑の光景があった。実は《cinderella》や、《snow white》の裏側に、美しいスパンコールの装飾が施されていることに気づいた人はそういなかっただろう。
彼女の制作は、自分だけの境界線を見つける旅のようだ。
輪郭を探し出すための「線」と「面」、「表」と「裏」、何かと何かの「狭間」。
これからも彼女は、様々なかたちでますます面白い輪郭を見せてくれるはずだ。そしていつか「杉浦藍」という輪郭が確立する日がくるのならば、それは心地よいリズムを併せ持つものである、と私は予感している。

「新世代への視点_画廊からの発言」
『杉浦藍 "The Seven Dwarfs"』

2009年7月29日〜8月9日

ギャラリー現(東京・京橋)

杉浦藍
1982年   愛知県生まれ
2005年   武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業
2007年   同大学大学院修士課程修了

Solo show
2007年   「パイナップルリリー」(ギャラリー現/東京)
2008年   「ペンシルロケット」(藍画廊/東京)
2009年   「宝探しごっこ」(ギャラリー現/東京)
新世代への視点'09 「The Seven Dwarfs」(ギャラリー現/東京)

Group show
2005年   武蔵野美術大学卒業制作展 (武蔵野美術大学/東京)
2006年   「棲息の密度」 (武蔵野美術大学/東京)
2007年   武蔵野美術大学修了制作展 (武蔵野美術大学/東京)
2008年   「新世代への視点'08 小品展」(ギャラリーなつか/東京)
Stump Autumn Event 「THE NEXT」 (Gallery Stump Kamakura/神奈川)
<画廊企画>「京橋3-3-8」 (藍画廊/東京)

Award

2005年   武蔵野美術大学卒業制作展優秀賞
2006年   「JEANS/FACTORY/ART/AWARD」優秀賞(高知市文化プラザかるぽーと/高知)
 
著者のプロフィールや、近況など。

立石沙織(たていしさおり)

1985年 静岡県生まれ。静岡文化芸術大学で文化政策学を専攻。
在学中に、浜松の街を巻き込んだイベントの企画運営や、自室を毎月サロンとしてオープン。
現在、新宿眼科画廊(東京)スタッフをしながら修業中。




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