topreviews[ 100%orange 及川賢治個展『bouquet toss !』/神奈川]
100%orange 及川賢治個展『bouquet toss !』

上)galley haco
右)1階展示スペース


青空に上げられたトス!

TEXT 立石沙織

目の前にはおだやかな海が広がり、振り返れば山がある。
そんな町が、横浜から電車で30分ほど揺られたところにある。
神奈川県の逗子市から三浦郡葉山町のあたりは、だいたい鎌倉市のとなりに位置する地域で、都会の近くなのにその喧騒を忘れてしまうような、のんびりとした空気が町全体を包み込んでいる。
京急新逗子駅から歩いて15分ほどの交差点の角に、こじんまり佇むギャラリーhacoがある。
5月の後半にそこで、及川賢治のイラスト作品展「bouquet toss !」が行われた。
及川賢治といえば、100%orangeというユニットで活躍するイラストレーターだ。今回は彼の個展である。素朴で幼さも残るタッチのイラストは、老若男女に愛されている。
かわいいだけのイラストならば、世の中には数えきれないほど溢れている。その中でも及川賢治のイラストが選ばれる理由とは何なのだろうか。

ギャラリーは1階と2階に展示スペースがある。さほど広くはないが、オーナー自らの手で改修したという素朴でやわらかな空間に、冴えるような色のゴム風船がいくつも浮かび、小気味よい音楽が辺りを包んでいる。

1階展示スペースにはデジタルプリントのポスターが飾られた。普段は冊子などの小さな限られたスペースで見られたイラストが、B0サイズほどの大きさにプリントされていると、絵本の世界に紛れ込んでしまったかのようで、心が弾む。カラフルな風船の効果なのか、イラスト自体もぷかぷかとあたりを漂っているかのようだ。
a
b
 
c
 
d
  a,b)階段部分
c)手描きのドローイング
d)キャンヴァスにシルクスクリーン
 

   
2階に上がると、小さめのキャンヴァスに手製のシルクスクリーンで描かれたイラストがずらりと並び、その反対側には、手書きのドローイングが貼り付けられていた。
手書きのドローイングは、アイディアスケッチのようで、彼の世界がマスキングテープで溢れんばかりに貼られていた。その細々とした絵を一つ一つ丁寧に眺めていく。
すると、確かに私は「ただイラストを見ている」のだが、なぜか物語を読んでいるような気分になった。それらのイラストに一連の流れやストーリーがあるわけではない。よく描かれる男の子や女の子の絵、地球の絵、動物や乗り物の絵なのだが、ところどころで社会問題を背景に感じられたり、普段見るものに厳しい視点が感じられたり、優しさだけでなく、不意に突かれる奇妙さがあって、思わず笑いがこぼれるのだった。

粗く削ったような素朴で味わいのあるタッチで描かれる、イラストレーター及川賢治の世界。女の子・男の子・動物・木・アイスクリーム・船・・・などのモチーフと、いろどり豊かな空間は、まさに「にぎやかな幼稚園」を思わせる。
幼い頃、心ひかれたモチーフの数々を描きとめたスケッチブック、窓の外に見えるカラフルで大きなアスレチック。そんな楽しさの中にほんの一瞬見られる、無表情なともだちの顔。かわいらしさの中に見え隠れするそのちょっとしたシュール感は、少し毒づいたこどものようだ。
かわいらしさと無垢な毒を持っている。それらを持ち合わせた及川のイラストは夢のようでいてリアルなのだ。何も知らないようでいて、すべて知っている「こども」なのだ。
及川のイラストは、「おとな」と「こども」の潤滑油なのかもしれない。
私たち、いわゆる「おとな」たちが、憎らしくも愛らしいこどもに心ひかれ、癒しを求めるように。そして、小さく幼気な、いわゆる「こども」たちが、何もわかってはくれないおとなたちのかわりに、よきともだち(理解者)を求めるように。
互いに相容れない部分を丸く滑らかにしてくれる世界。多くの人がひかれる理由はここにあったのだ。

首都圏からは少し離れたこの場所で、潮風と緑が窓から零れそうなこの場所で、「すべてしっているよ」そう話しかけられたようだった。ちょうどいい力加減で空に上げられたトス。私はうまく受け取れただろうか。
トスの行方を気にすることもなく、彼のイラストは平然とした顔でそこにあった。

100%orange 及川賢治個展『bouquet toss !』
2009年5月16日(土)〜31日(日)

haco(神奈川県三浦郡葉山町)

100%orange
イラストレーター。及川賢治と竹内繭子の2人。東京都在住。
イラストレーションやデザイン、絵本やコミックの作品を手掛ける。
イラストレーションの主な作品に、パルコ [春のポスター]
新潮文庫 [New Yonda? CLUB]、理論社 [よりみちパン!セ]
シリーズ挿画などがある。
 
著者のプロフィールや、近況など。

立石沙織(たていしさおり)

1985年 静岡県生まれ。大学でアートマネジメントを専攻。
現在、新宿眼科画廊(東京)スタッフをしながら修業中。




topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.