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behind the seen アート創作の舞台裏

学問領域という壁を超えて
TEXT 藤田千彩

「美術のライター」という仕事をしていると、作品を見るだけではなく、アトリエにおじゃますることもある。
現代美術、つまり、作家が生きている美術とはいえ、作家と会うこと、作品をつくる現場を知ることは少ない。
アート業界以外の人からすれば、「え?美術家なんているの?」とか言われかねないくらいだし。
そんな稀有な状況に、これまた不思議な視点が投げ掛けられた。
認知心理学、というジャンルからである。
ケース・スタディ(これも心理学用語であろう)に選ばれたのは、篠原猛史(1951年生まれ)と小川信治(1959年生まれ)。
会場に入ると、運命の分かれ道のように、展示会場は左右に分かれている。
既に心理テストを受けているような気持ちになり、私は「右」を選んだ。



 

このページの写真は全て(C)山田亘
指示書(クリックで拡大)
篠原の創作プロセスについて紹介しているスペースが広がる。
渡された紙は指示書になっていて、まず博物館所有のマルセル・デュシャン「花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも」(通称「大ガラス」)を見なさい、と指示。
そこから想起されるいくつかのキーワードで、篠原は手を動かす。
イメージスケッチ、小さな立体、それを写真に撮影して・・・。
すごいのはひとつひとつキャプションがついていて、しかも「このとき篠原さんはこういうことを思いつきました」ということが書かれていた。
頭の中と出てきたモノを一緒に並べ、客観的に示し、時系列で並べること。
私が普段見ている「作品」は「結果物」。
こういうプロセスで出来ていくのか、ということを知ることができるなんて、すごい親切だし新しい!
たった数ヶ月の間なのに、考え、気づき、平面に立体に、形にして、という繰り返しで作品を作るアーティスト篠原猛史という人種の内面を知ることができた。
 
指示書(クリックで拡大)
そして入口に戻り、左へ曲がって小川信治の展示会場へ。
こちらも指示書のようなものに沿って会場を歩く展示になっている。
正直書いてしまうが私は小川の作品に対して「細かく描いてうまい」くらいの印象しかなかった。
「小川さんはある日間違えてパソコンのデータを消してしまった。その出来事から絵に出てくる人を消してみたらどうなるだろうと、登場人物の一人がいない絵を描いた」
というイントロダクションに驚いた。
そして「いないのではなく、同じ対象を2つ描くようになった」という次の展開、そして「同じ輪郭線が他の作品にも使われていることを証明する」映像、と作品は発展していく過程が、指示通りに歩くと目に見えて分かるのだ。
こうした流れをたどって、初めて小川作品の面白さの真髄を知った。
加えて、過程や発展といった作家としては当たり前の行為に対して、あるいは、それを学説的に唱えることへの「分かりやすさ」は重要で、図解入りのチャートのような展示は感動だった。

この展示に来ている人たち(たまたま行った日が駒場祭だったので多くいたのかもしれない)が、興味津々に、足の速度がゆっくりに、熱心に見入っていたことが気になった。
ものの見方はいくつもあるのは分かっている。
しかし美術の人たちは「アートとはこういうものだ」という偏見を与えがちだし、心理学として「こういう結論に至る」という押し付けをしてしまいがちだ。
この展示はけっして難しいものではなく、私の知らない「認知心理学」というジャンルが「どういったものなのか」と気にさせてくれるようなものだった。
制作というプロセスを「解体」あるいは「分析」することは、心理学ではケーススタディとして調べる価値があるのだろう。
私からすれば、一人の作家としての美術史をたどることでもある。
領域にとらわれてしまいがちな学問の世界にも自由さがあることを知らせ、心理学とアートに、共通性そして可能性を見出せたこと。
それが多くの人に共有、共感できたことは、本当に有意義な展示だったと思う。


behind the seen アート創作の舞台裏
2008年月10月11日(土)〜12月7日(日)

東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 駒場博物館
 
著者のプロフィールや、近況など。

藤田千彩(ふじたちさい)

1974年岡山県生まれ。
大学卒業後、某通信会社に勤務、社内報などを手がけていた。
美学校トンチキアートクラス修了。
「美術手帖」2008年1月号では、p48-9、p70-1、p76-7、p94-7、p132-3、p144-7を、「NODE」では「岡安泉さん」を、「トーキョーアートナビゲーション」では「エッセンス」「ビジョン」「スポット」を、書いてます!!冬休みにご一読くださいませ。
お仕事の依頼 → chisaichan@hotmail.com




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