topreviews[塩田千春 『精神の呼吸』展 /大阪]
塩田千春 『精神の呼吸』展
『大陸を超えて』(2008年)*
靴、毛糸 サイズ可変
 

  『大陸を超えて(部分)』(2008年)*
靴、毛糸 サイズ可変
不在の中の気配
TEXT 木坂 葵

 近頃まれに見る、心にズシリと響く展覧会である。 

 館内の吹き抜け部分のエスカレーターを降りるとすぐ、インパクトのある赤い糸の作品『大陸を超えて』が目に飛び込んでくる。中央の一点から放射状にピンと伸びたおびただしい数の赤い毛糸の先には、履き古した約2000足もの靴が結びつけられている。一斉にこちらに向いている靴の横には、「子供が小さい頃に履いていた靴です」「若い頃憧れて買った靴です」など、持ち主による靴にまつわるエピソードが書かれたメモがそっと添えられている。
役目を終えた靴に残る汗じみ、しわ、変形、減ったかかとからは、持ち主の性格が表れているようでもあり、それが非常に生々しい。
毛糸の赤い色が、自然と私に「生命」を連想させる。その理由は、この作品が、目の前に果てしなく続く漠とした道への一歩を踏み出した人々の、確かな生の痕跡として提示されているからだろう。

『眠っている間に』(2008年)*
ベッド、毛糸 サイズ可変
 

 翻って、『眠っている間に』というタイトルのインスタレーションは、質感が異なっている。
無数の黒い毛糸が天井から床まで張り巡らされ、膜状になっている。その中には、同じように黒い毛糸が巻き付けられた十数台の白いベッドが置かれている。ベッドの足には車輪が付いており、そこが寝室などとは違って心休まる寝床ではない、ということが見て取れる(ベッドは、精神病院で実際に使われていたものだそうだ)。狂気を感じるほど執拗に編み張りつめられた糸のせいで、視界が遮られ中のベッドがよく見えない。白いベッドには、先ほどの赤い糸と靴のような物質的な生々しさはない。にもかかわらず無機的なベッドと糸が織りなす空間は、「死」を感じさせるというよりはむしろ、自分を脅かす存在に対する恐怖や不安、もっと混沌とした言いようのない想いが渦巻いているように感じ取れる。人の心の奥深くに潜む感情が、静かに濃い霧のようにその場を覆って、重々しい雰囲気を形成している。

 『精神の呼吸』というタイトルは、言い得て妙である。塩田は、物質に堆積された時間、記憶、空気を丁寧に手ですくい、そこから、感情、視線、呼吸、気配といった目にも見えず音も発さないものを立ちのぼらせ、観る者を激しく揺さぶるのである。

画像提供:国立国際美術館
* 作品は全て作家蔵、ケンジタキギャラリー協力


塩田千春 『精神の呼吸』展

国立国際美術館(大阪市北区) 
2008年7月1日〜9月15日
 
著者プロフィールや、近況など。

木坂 葵(きさか あおい)

1978年新潟生まれ。コラム『ベルリンアート便り』の後は、地元関西での展覧会レビューを書いていく予定です。
ブログ始めました
http://ioaka.blog70.fc2.com/




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