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a《カミナリ》b《マツニドクロ》c《アオイ》d《アサバ》e《ヒシ》f《ナミニドクロ》 |
伝統工芸―漆―と現代アートの邂逅
TEXT 齋藤葉子
神奈川県藤沢駅の北口に、オーナー自身もアーティストだというギャラリーを発見。アルミのドアを開けると目の前に大きく、黒いふちの真っ赤なシェイプドキャンパス的な稲妻モチーフがつややかな光を放つ漆を使った作品。(写真a)その右の窪んだスペースには、左隅に描かれたドクロと松の文様が印象的なやはり漆の平面作品。(写真b)他にもアオイやアサバ、菱型といった伝統文様の作品。(写真c、d、e)アオイは見たことがある。そう、水戸黄門のあの「葵」の文様だ。
これらは漆で現代アートを展開する岩田俊彦の作品だ。岩田は大学で漆芸を専攻。漆工芸は実に手間のかかる作業を必要とする。板に麻布を貼ってやすりをかけ、漆を塗っていく。乾かしては研ぎ、を繰り返して何ヶ月もかけて制作される。すぐにできあがるわけではないので忍耐力が必要だ。
「実ははじめから漆をやろうと思っていたわけではなくて。漆はかぶれるし。もしこんなに手間がかかって大変な作業があると最初から知っていたらやっていなかったと思います。でも漆には現代美術として可能性が見出せるのではないかと思って。で、片足踏み入れちゃったら戻れなくなってしまったんですよ」
漆は輪島塗や越前塗など古くからある日本の伝統工芸だが、これまでは主にお盆や器などがつくる対象にされてきた。最近ではイタリアの巨匠デザイナー、エットレ・ソットサスやエンツォ・マーリらがコラボレーション作品をつくるなど海外でも注目の技法である。
そこで岩田はこの漆を使って平面作品を作れないかと考え付いたという。つやつやとしたなめらかな平面。それと伝統文様が絡み合い、新たなイメージを作り出している。レストランなどの壁面装飾に使われたり、外国人の関心も高く最近ではイギリス人の客が購入したそうだ。
実は岩田は今年、ゴールデンウィークに青山のスパイラルで開催されたSICFにも出品しており、SICFをみた私は2回目の出会いである。工芸という一見、地味で職人気質な分野を現代アートの域に持っていくのは簡単なことではないと思うがそれをやってのけてくれた。《カミナリ》以外はほとんどがスクエアな形をしており、漆の重箱のふたを大きくしたようにも見える。「ドクロ」をモチーフとして使っている作品も数点ある。(写真f)「ドク
ロ」は最近若者の間でスカルモチーフとして流行している。デミアン・ハーストの120億円の「頭蓋骨」《神の愛に捧ぐ》や、2007年ヴェネチア・ビエンナーレに出品されたアンジェロ・フィロメノの《My
Love Sings When the Flower is Near(哲学者と女)》など現代アート界でもしかり。しかし、岩田はこう言う。「ドクロってされこうべとして日本には古来からあるモチーフなんですよ」確かに、日本だけではなく、ヨーロッパでも、はかなさ、うつろいやすさ、また「死」の象徴として「ドクロ」は描き続けられている。例えばトロンプ・ルイユ(目だまし)の技法で有名なホルバインの《大使たち》やヴァニタス(虚栄)画のなかでよくみかける。「メメント・モリ(死を思え)」は現代においても引き継がれているのだろうか。ヨーロッパ人にとっては伝統的なものであると思うが、漆を使って「ドクロ」を表現するというのは岩田しかいないのではないだろうか。
そういった「ドクロ」を伝統文様としても現代の意匠としても漆という工芸分野で使っているところがおもしろい。それは現代的でもあり、クラシックな要素でもあるわけだ。ただ、岩田はいわゆる「文様辞典」などは見ないという。伝統文様として古来から伝わっているものを自分の中で消化、解釈をし、デザインとして新たによみがえらせているのだ。グラフィックデザインとしても見ることができるだろう。古典的モチーフと現代的デザイ
ンをミックスしたいという。例をあげるならアオイの文様は古典モチーフでそれをグリッドで表現するのは現代的デザインというふうに。
漆って値段が高いし扱いも難しい、、、。そう思っていた。漆工芸という素晴しい伝統技法があるのに日本人は本物の漆の器を使っている人は少ない。木地のかわりに合成樹脂に漆を塗った漆器風のお椀やお箸は使っている人は多いだろうけど。漆といえば、そう、器や箸としか頭になかった。しかし、岩田はそれを壁面に飾るものとしてよみがえらせてくれた。
他に漆の現代アート作品をつくっている中村哲也、田中信行らがいるが、彼らと並んで、岩田の作品も伝統技法である漆と現代アートの邂逅のひとつのかたちといえるだろう。「見た人に元気になってもらいたい」笑顔で岩田は応えてくれた。