topreviews[「鬼のいる庭」小林重予展 ことば岡田哲也(詩人) /福岡]
「鬼のいる庭」小林重予展 ことば岡田哲也(詩人)

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a.往復書簡切手面
b.書簡展示風景

美術家と詩人との「連歌」
〜待つことは、愛撫にも似て

TEXT 友利香

小林重予(美術家)は岡田哲也(詩人)と、2007年節分から一年間という約束で往復書簡詩画を始めた。
この展覧会は、札幌と鹿児島を往復した書簡55通と、岡田の「言の葉」に触発され立ち上がった立体、そして2007年節分から2008年節分までの日記画で構成されている。

往復書簡は、はじめに小林が絵を描き投函する。
テーマは季節の行事、日々の出来事、岡田の詩への感情など、さまざまである。
また、素材も絵の具やコラージュ、写真など変化に富んで楽しい。
受け取った岡田は、その絵柄に合わせ筆記具や色も変え、絵の上に詩をつづっている。
その言葉は、彼の内面の棲み家のようで、隠れている「内なるもの」を探らずにはいられなくさせる。
それは、例えば、川や沼に入るような感覚だ。
片足を上げ、底までの深さを確かめるため、そっと体重を移していく。
浅いのか?深いのか?底はあるのか?不安だ・・・しかし入って遊びたい・・・。
まさに「不気味さからの誘い」なのである。
小林の光あふれる開放的な「庭」に出現した鬼とは、岡田の言葉なのだろうか。
絵柄と言葉のイメージが、なじんでいないのだ。
これについて、小林は岡田とのやり取りと、その後の立体への移行は「連歌」のように感じているという。
「連歌」の形式でたとえれば、小林は発句であり、岡田は句境を一転させる句であると理解すべきか。


さて、下記は、往復書簡が始まり4番目の葉書(c.『四番』)。
品よく抑えた地色にメモリが伸び、傍らには数字が積もっている。
サインを見ると、小林は縦方向に描いたことがわかる。
岡田は容赦なく葉書を横にし、男女の危険な逢瀬を暗示するかのような言葉を添え、返信している。
この絵柄について小林は、「巻尺を分解して、目盛りの部分のリボンを白に付け替えて手紙を書いたことがあり、
それを思い出して目盛り(メモリー)を書いた」と言う。
しかしメモリは、詩人の言葉によって、からみ合う・貫く・・・と言った愛する感情と行動の表現へと変貌している。
ここには、砂時計を倒して刻む時間と永遠の時間、どちらの性質をも帯びた時空がある。

c
c.『四番』
永遠は
蛇のように
からみあった
愛撫の長さ
そのかたち
たてば線香の永さ
寝れば
お棺のふかさ


※注:角ぐむ(つのぐむ)
先のとがった葦が、沼の水面から芽を出しかけている状態が、あたかも角が出てくるようなので、「角ぐむ」と言います。
『早春賦』(唱歌)の歌詞の2番に出てくる言葉です。
「芽ぐむ」と同意語で、葦だけではなく芽が出てくるようすにも使われます。
下記の『五十五番』は、交わされた最後の葉書。
小林と岡田のイメージが近づいた気配がある。
小林は「本当に沈黙しながら・・・ただお互いに、待つ。その行為は尊い時間だった」と振り返る。
返事を待つ間に、日に日に変化していく自身の気持ち・・・投函前後の気持ちの差異。
待ち焦がれた葉書が届く喜びと岡田とのイメージの差異。
彼女はこの差異に高揚し、あるいは自身へ失望を投げかけながら再び描き、投函する。
それと同時に立体に起こすことで、姿のない鬼に追われる立場から追う立場へと、逆転の行動に出るのだ。
「待つ」という心根で張り巡らされた沼地に潜って掘り起こし、出てきたものは、切り口の美しい角の形をした種…これは、生えかわるため自然に落ちた小林の角かもしれない。(f『根拠を絶つ』)
そして、小林が見た鬼とは、水面に映った「角ぐむ(※注)」自身の姿ではないだろうか。

d


 
d.『五十五番』
角はこわい つのかくしはもっとこわい 
そういう人がいますが
かたつむりをごらんなさい
しかや牛をごらんなさい
さいだってごらんなさい
みんな肉を食べる生きものではなく
葉や草を食べる生きものです
だから鬼さんもわたしは
人喰いどころかやさしくて臆病な
生きものと思うのです
雪が武器よりやさしく降る宵は
花も黙って眠るでしょう
三千世界にあなたがまいた
しっかり乾いた 種だけが
ふかい根雪のおくそこで
みどりのつのをもたげるのです


e
f
g
h
e『神の舌』&f『根拠を絶つ』
実は、裏に舌がもう一枚ある。神は二枚舌で、内部はドス黒い。
一方の聖を放つ鬼の角(『根拠を絶つ』)とは対照的だ。
 
g『威力』&h『七番』
7番ということは、岡田の6番以前の詩から、小林は「鬼」をイメージしたということである。
鬼を粘土で作り写真に撮り、岡田に宛てているのがわかる。
i
j
k
  i.会場奥風景
小林らしい造形の種たちが無邪気に戯れ、
居心地よく目に飛び込んでくれる。
しかし、それらの内部には角が生えていた。

j.『内面の証に向って』
山がのりかかっているのか、山を背負っているのか・・・。
船の中に波がある。「証」という終着はあるのか、ないのか・・・。
これまでの小林らしからぬ閉じた表情の作品である。

k.岡田哲也氏による詩の朗読と語り
「岡田さんは、水密の甘い香を嗅ぐと、舌触りや肌触りという記憶の断片を頼りに、実体がなくても水密を“思い描ける”人。不完全な欠片の組み合わせで想像が広がる国語。」(小林談)
 

「鬼のいる庭」小林重予展
ことば岡田哲也(詩人)


ArtSpace貘(福岡県福岡市)
2008年6月2日ー6月15日

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友利香(ともとしかおり)

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