topreviews[O JUN「眼の、前に」 /東京]
O JUN「眼の、前に」

宙吊りな絵画、そしてもうちょっとその先へ

TEXT 森啓輔

ドンッ、ドガッ、ドンドンッ、ドンッ。

壁に勢いよく金属が打ちつけられる。それまでゴリゴリと壁を引っ掻くように鳴り響いていた音は、しだいに力強く、叩きつけられる音に変わっていった。ある場所で、一人の作家が壁に向かい、ひたすら絵を描き続ける。そして、大勢の人々が一つの部屋の中で、黙ってその動きをじっと見守る。このライブ・ドローイングには、あっけらかんとした楽しさと、何やら切迫した緊張感が不思議に混ざり合っていた。

この描写は、3月15日に府中市美術館の公開制作室で行われた、作家O JUNの公開制作「眼の、前に」の一風景を切り取ったものである。2000年の開館時より、府中市美術館では作家が滞在しながら制作を行い、その制作の過程が鑑賞できる「公開制作」が年に数本行われている。企画展のようにすでに完成された作品を鑑賞するのとは違い、制作の現場にリアルタイムで遭遇でき、作家とコミュニケーションがはかれるという、鑑賞者と作家の幸運な出会いがここで生まれている。

作家自身が鉛筆になるという今回のコンセプトは、そもそも作家の手で金属製の棒が生み出された1980年代後半をその発端としている。まるで落語家のように、自身のアトリエから持ってきた座布団の上に姿勢正しく正座していたO JUNは、時間になると公開制作のオープニングを飾る今回の「金属製の棒で壁に描く」について、自身も「語りすぎ」というほど饒舌に語り始めた。その語りは絵を描くための準備や、実際に絵を描く最中にまでおよび、O JUNが観客をいかに楽しませるか考えていることに気づかされる。そう、O JUNは作品のみならず、語らせても一流のエンターティナーなのだ。例えば、アルゼンチンへの旅行の際に目にした、眼下に広がる世界三大瀑布の一つイグアスの滝が、どういうわけだか東京ディズニーランドの風景と似ていたという奇妙な体験など、作家の飄々とした語り口には、常にどこか人々をクスリとさせるおかしみに満ちている。

また、まわりを埋める道具も人々の好奇心を十分刺激するに足りていた。1mをゆうに超える長細い白銀色の金属の棒「合金ペン」、さらに同素材で手にはめるための形状の三角錐と、頭がすっぽり入るほどの大きさの三角錐。助手にコルセットをはめてもらい、厚手の軍手をはめた手で金属の棒をもって、その重さにたびたび息を切らしながらも、壁一面を使って縦横無尽に白銀の線を生み出していく姿に、観客の顔は自然と弛んで、笑顔が会場を埋めていった。

しかし、金属の棒から利き手の左手に小さな三角錐をはめて、ひととおり壁を線で埋めた後、頭に白いタオルを巻き、さらにその上に鼠色のフード、黒いフードと、順々に重装備を施していくと、O JUNの顔つきは少しずつ険しくなっていき、不思議と緊張感があたりを包んでいった。そして、大人が何とか持ち上げることができるほどの三角錐を頭にはめた時、観客たちはO JUNとともに、まるで戦いの場所のような空間へ送られることとなった。

助手の肩を借りて、よろよろとよろめきながらようやく立ち上がったO JUNは、ドンッ、ドンッと頭を壁に打ちつけ、力強く壁に点を打っていく。さらに、左手に小さな三角錐を装備すると、まるで戦地で踊る狂戦士のように、体力のある限りひたすら絵を描いていった。頭も左手も銀色に輝く、人間とはほど遠い存在を前にして、観客はただ呆然と見守るしかない。O JUNがもしかしたら、絵を描く途中に倒れてしまうかもしれないという不安に駆られながら。

人々の予想通り、このライブ・ドローイングはO JUNがその場に倒れこむことで終わりを向かえた。「ギブ」。か細い声は、巨躯のO JUNから発せられた声であるからこそ、この数分間の出来事がいかに作家を消耗させたかを観客に思い知らせた。人々は安堵の表情を取り戻すと同時に、まるでそれぞれが安心を声に出すことで確かめているようだった。満場の拍手で終えられた後、多くの人々が金属の棒や三角錐の重さを実感するために、殺到したことはいうまでもない。

今回のライブ・ドローイングは、「絵を描く」という行為について、観客それぞれが何かしら心に思い描く契機を生んだように感じられる。作家本人もどこかで「バカバカしい」と感じながら、それでも全力を出してひたむきに行われる行為。O JUNにとっての絵画とは、作家と鑑賞者の間で、等間隔に宙吊りの状態にあることが理想だという。金属の棒によって描かれた縦の線は、重力の影響を色濃く受け直線的な強さを帯び、一方で手の三角錐によって描かれた線は、重力から開放されたように横にゆらめく自由な曲線を生み出している。そして、頭に被った三角錐によって打ち込まれた激しい点の数々。「イグアスの滝ではない」とO JUNは描く途中で補足した。ただの線、そして何らかの意味に回収されず、どこに届くこともないアブストラクトな絵画。それこそがO JUNがめざしている絵画であるようだ。理想の絵画を求めながら、そして今よりもさらにもちょっとその先にいくために、O JUNはこれからも絵
を描き続けていくに違いない。


O JUN「眼の、前に」

府中市美術館(東京都府中市)
2008年3月15日(土)−5月11日(日)
10:00−17:00

イベント
5月10日(土)アーティストトーク 14:00− 講座室 予約不要
アーティストトークに続けて、ライブ・ドローイングを行う予定です
 
著者プロフィールや、近況など。

森啓輔(もりけいすけ)

1978年三重県生まれ
2001年早稲田大学人間科学部卒業
出版社での営業職を経て、現在、武蔵野美術大学大学院芸術文化政策コース在籍 




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