topreviews[BLACK,WHITE&GLAY 関根直子/藤井保/山本基 /東京]
BLACK,WHITE&GLAY 関根直子/藤井保/山本基
モノクロームは語る
TEXT 中島水緒

「どんなに白い白も、ほんとうの白であったためしはない。一点の翳もない白の中に、目に見えぬ微小な黒がかくれていて、それは常に白の構造そのものである。白は黒を敵視せぬどころか、むしろ白は白ゆえに黒を生み、黒をはぐくむと理解される。存在のその瞬間から白はすでに黒へと生き始めているのだ。」
谷川俊太郎「灰についての私見」(詩集『定義』)より

人間の知覚とは不思議なものだ。そのときの環境や天候、体調や気分などで、驚くほど事物の見え方が変わってしまう。たとえばそれが色相的に対立関係にある白と黒という色彩であっても、白の中に深淵な闇を感じ、黒の中に豊穣な光を感じることだってあるのだ。このとき知覚は、汲み尽くせない無限のグラデーションの可能性に直面しているといえるだろう。

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MA2 Galleryは1階と2階にそれぞれ特徴の異なる展示スペースを持っている。まず、壁の上方にあるスリットから自然光が良い具合に傾いて射し込んでくる1階の展示室。天井が高く広々とした印象を与える空間だ。中に入ると関根のドローイングが人肌のような温かさと柔らかさをもった画面で迎え入れてくれた。

関根直子は鉛筆と消しゴムだけでモノクロームの豊かな階調を生み出す画家だ。
細やかな鉛筆のタッチを集積させて画面をオールオーバーに覆い、平面の支持体に深みを与えている。タッチを集積させるとはいっても、ただ単に描き込みを増やせば画面に強度が生まれるわけではない。関根の場合、消しゴムで擦って部分的に鉛筆の黒を和らげたり抜いたり、構図内のバランスをはかって階調を調整したりする作業がポイントではないかと思われる。加減を調整するプロセス、つまり時間的な深みまでが完成形の画面にあらわれているのである。1階には筆跡が肉眼で確認しがたいほど漆黒に塗りつぶされた作品と、紙の余白を完全に潰しきらないようにタッチを添えていった白っぽい作品とが対比的に展示されていたが、不思議とどちらも重たさから解放されて空気感をたっぷり孕んだ仕上がりになっている。鉛筆の黒鉛の深みがぎゅっと凝縮されたマチエールは、見る角度によっては銀色にも輝き、あるいは光と馴染んで落ち着いた質感を醸し出していた。(画像=a)
a)関根直子
タイトル 「点の配置」
2007 /水彩紙(シリウス)、鉛筆、練り消しゴム /h92×w68.5cm
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b)藤井保
タイトル 「BIRD SONG 69」2008 /オリジナルプリント、イルフォードマルチグレードFBウォームトーン/h40.6×w50.6cm
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c)山本基
タイトル 「迷宮」
2008 /塩、粘土/MA2Galleryのためのインスタレーション
 
それから藤井保の写真。わずかな灰色味を含んだ地に点々とした鳥のシルエットが浮かび上がり、これが空を飛ぶ渡り鳥の列を撮った白黒写真であることがわかる。この作品は展示の仕方に工夫が見られた。上部のスリットの方向に向けて数点のパネルを斜めに配し、鳥の飛行の軌跡と外光の差し込む流れが一致するようにしつらえてあるのだ。どちらかといえば静的な構図の写真だが、こうした展示の工夫によって点景の鳥がほんとうに飛翔しているような錯覚を与えさせる。地の空が限りなく白に近い灰色のせいもあって、鳥たちはどこでもない空間を飛んでいるようでもある。
また、画面内の間の取り方に日本画的な感性を感じさせるのが藤井の特徴。1階から2階へ上がる階段の途中に展示されたいくつかの写真は、鳥の羽ばたきが抽象的な黒いモヤとして定着され、小さいスケールながらに充実した空間性をもつ水墨画を連想させた。同時に、藤井の写真の落ち着いた白〜灰色の階調が、関根の深い黒と山本の塩の白の仲介役を成しているふうにも思えた。(画像=b)

圧巻なのは、2階の展示室で展開された山本基のインスタレーションだ。
この部屋は奥の壁が一面ガラス貼りで、外の景色と光に向けて空間が貫通しているような開放的なつくりになっている。そして部屋の奥から手前に向けて、じわじわと床を侵食するかたちで、複雑に入り組んだ迷路状に塩が盛られているのである。わずか数ミリの厚みで盛られた塩のため、近寄ったときの風圧で迷路の模様が崩れてしまうのではないかと不安になり、足元に静かな緊張感がぴりりと走る。腐ることも溶けることもない安定した物質、不思議な結晶としての塩。いまにも崩れてしまいそうなはかなさとは裏腹に、もしかしたらそれは不変性の象徴でもあるのだろうか。
また、塩といえば福を呼ぶための盛り塩や葬儀のあとの清めの塩などが思い出されるが、気の遠くなるような作業を連想させる山本の作品も、どこか儀式的な印象がつきまとう。外の景色と光を背に、ミクロな枯山水のけしきをつくりだした山本のインスタレーションは、此岸から彼岸への飛翔を志向したものなのかもしれない。自然光を浴びて輝く塩の白には、物質性を超えた透き通った光すら感じさせられた。(画像=c)

階段を昇り降りするときに気付いたことだが、2階の空間と階段とのあいだには仕切り壁がないので、山本の塩のインスタレーションは昇降途中から視界に入ってくるようになっている。つまり、1階から2階に上がるまでの途中の段階で2階の部屋を見れば、塩がわずかな盛り上がりを見せている床面と同じ位置に視点を合わせることができるのだ。塩が描く迷路を上から見下ろすのでなく、目線の高さに水平に広がる景色として山本の作品を観賞するのもなかなか面白い。少しずつ上がっていく視点とそこから感知される塩の表情の違いによって、何かの境界をまたいで儀式に参入するような気分になることができた。

コンセプトと作品、展示空間がうまく融合した好企画。訪れる時間帯や天候によって、受けとる感覚も様々だったのではないだろうか。

※このページの画像は全てMA2 Gallery提供


BLACK,WHITE&GLAY 関根直子/藤井保/山本基

MA2 Gallery(東京都渋谷区)
2008年2月8日〜3月8日
 
著者プロフィールや、近況など。

中島水緒(なかじまみお)

1979年東京都生まれ。
雑誌やWeb上で美術展のレビューなどを執筆。




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