topreviews[萩原陵個展「ニハ」 /宮城]
萩原陵個展「ニハ」
 
 



鉄の庭、蘇る倉庫

TEXT 渡邉曜平

 宮城県仙台市の東部にある街、卸町にある倉庫で、仙台在住の作家、萩原陵の個展「ニハ」が開催された。
 萩原は鉄、特に耐候性鋼を素材として制作している作家で、今回は2006年頃からの旧作と新作(旧作に手を加えた物を含む)を取り混ぜた展覧会となった。

 会場の倉庫に訪れるとまず目に入るのが、芋虫と鉄板がくっついたような作品である。旧作に手を加えたもので、萩原によると個展の看板のようなものだそうだ。ユーモラスな形態で、いまにももぞもぞと動き出しそうである。わざと残した溶接跡がぬいぐるみの縫い目のようにも見えてくる。

 倉庫に入るとすぐ、全長約12メートルの作品が展示されている。2006年制作の旧作で、これも生命体、あるいは波や振動を想起させるような有機的な形態を持っている。
 この作品は、ちょっとお尻は痛くなるがベンチのように座っても良いそうで、上に乗ることもできる。「編む」という構造のせいか弾性があり、上を歩くと作品が持つ弾力が足に身体に伝わってくる。有機的な見た目ともあいまって、鉄という素材からは予想できない感覚を楽しむことができる作品である。


a
b
 
c
このページの写真は、a,b,c:萩原陵撮影、それ以外は曽根健一朗撮影
 そして、倉庫の奥へ。
 展示は5点の作品とも、1点のインスタレーションともとれる。

 次に大きい作品は点付け(本溶接に入る前の仮溶接)の状態を残した作品。角ばった鉄の板がつながって全体を形作っている。こちらは丸みを帯びながらもごつごつした印象。
 そして3点ある器状の作品の中には、苔を中心とした植物が植えられている。これは、大学に生えていた植物を、自生しているままの形態を保って植え替えたものだという。そのため、植物がその器のなかで自生したように見え、全体に施されたサビもあいまって、長いあいだ放置された器なのではないかと錯覚させる。

 これらの作品一つ一つが強烈な存在感を放って倉庫の中に点在している様は、「ニハ」=「庭」という展覧会タイトルが喚起するイメージとからみあって、想像力が活動するための余白を拡げていく。
 長い時間の経過をイメージさせるサビや、自生した(ように見える)植物、そして古びた倉庫の空間。まるで、これらの物体はこの場所で倉庫とともに年月を重ねてきたのではないかと思わせる。美術の展示を見にきた、というよりも倉庫も含めた一つの風景に遭遇した、と言っても良いかもしれない。この倉庫を会場として選んだのは作家自身で、インスタレーション的な展示は初めてだということだったが、想像力を幾重にもかきたてる展示空間の作りは評価されるべきものだろう。
作品は鍛金技法という手間と時間のかかる技法で作られているため、必然的に寡作になってしまうが、シンプルかつ存在感のある形態を作り出す手腕は期待が持てる。来年度は舞台芸術とのコラボレーション予定もあるようで、今後の活躍が楽しみな作家である。

 
 最後に、今回の会場である卸町と、卸町イベント倉庫について触れておく。
 卸町は特殊なまちである。会社や倉庫ばかりの町なので平日は大勢の人がいるが、休日は会社が休みのために道を歩く人がほとんどおらず、流通に適した広い道路や看板のないがらんとした風景ともあいまって、非日常的な風景となる。
 卸町はもともと卸業の町として約40年前に仙台市東部に生まれたが、ここ数年は流通形態の変化や、卸町に駅ができる予定の2015年地下鉄東西線開通など、変化の時期を迎えている。
 卸町イベント倉庫は、もともと実際に倉庫として機能していた場所なのだが、現在は展覧会やイベントのための会場として使用されており、散発的ではあるが、展覧会や、アサヒ・アート・フェスティバル参加企画「はっぴい・はっぱ・プロジェクト」などアート関係のイベントで主に使用されている。付近には演劇など舞台関係の芸術に特化した文化施設「せんだい演劇工房10-BOX」があり、倉庫が演劇上演や稽古場として活用されることもある。今回の展覧会に対しても、卸町をまとめている仙台卸商センターは非常に協力的で、倉庫を会場としたアート関連の催しを積極的に受け入れている。
 商業中心のまちにとってアートは「異物」(といってしまっては言い過ぎかもしれないが)である。しかし、その「異物」が商業中心の町に新しい感覚を持ち込む可能性もあるだろう。卸町が積極的に展覧会などの受け入れを行っているのは、変化の時期を迎える卸町の新たなヴィジョンにつながるヒントをアートの中に探しているのではないかと感じられた。
 ただ、このように仙台の新たなアートスポットとして注目を集めている場所であるが、現在、イベントや展覧会に使用される回数が多いとは言えず(一年に数回程度)、アートに興味を持っている人たちのなかでも認知度が高いとは言えない。
 今回の展覧会を開催するにあたって仙台卸商センターとのやり取りを行った建築家の曽根健一朗氏は、散発的にイベントが行われている状況ではこの倉庫の存在を多くの人に知ってもらうことは難しいので、今後この倉庫で定期的に展覧会やイベントなどを開催し、足を運ぶ機会を増やして認知度を上げていくことを考えているという。もちろん認知度を上げるだけではなく、芸術振興、まちづくりなど多角的なアングルからこの倉庫をさらに活用していくことを計画しているということで、今後、卸町が仙台の芸術文化のシーンでどのような位置を占めるようになっていくのか、一人の仙台市民として、これからの展開に期待である。


萩原陵個展「ニハ」

卸町イベント倉庫(仙台市若林区卸町2-15-6)
2008年3月1日(土)ー3月9日(日)
 
著者のプロフィールや、近況など。

渡邉曜平(わたなべようへい)

1982年宮城県生まれ
宮城教育大学美術教育専攻卒業




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