topreviews[相田朋子展『連III−たましら−』/群馬]
相田朋子展『連III−たましら−』 


入口に設置された封筒を引く箱
絵が描かれた台紙
来場者が任意に選び、絵を描く台紙
「SPACE-侑」 展示風景
封筒の中に入れられた月ごとの言葉


“願い”が響きあう宇宙へ
TEXT 横永匡史

“願い”、それは自己の幸福といった個人的なものから、世界平和といった広いものまで人によってまちまちだろうが、人はみな誰しも願いを抱えて生きている。
この世の全ての人の願いが満たされるならば、世界は平和になるのだろうが、現実には、生きるという最低限の願いすらもままならない人々も多く、願い(あるいは欲望)の衝突から絶えず争いを繰り広げる人々もいる。願いをかなえる、とはかくも難しいものなのだ。

相田朋子は陶芸家であるが、一昨年よりSPACE-Uにおいて、『連』と題して“願い”をテーマとした展示を続けている。
今回は、SPACE-Uにある「SPACE-U」と「SPACE-侑」という2つの部屋それぞれに、異なる願いの作品の展示を行った。

まず、入口から入ったところにあるカフェ風のスペース「SPACE-侑」では、1月から12月までの12の月ごとに色を変えた小さな封筒を箱に入れて来場者に引かせるとともに、色とりどりの台紙のうち1枚を選ばせ、そこに思い思いの絵を描いてもらう、という参加型の展示を行った。
台紙には、水分を含むと膨らむ特殊な紙が貼られており、そこへ水を含ませた筆で絵を描くと、絵が浮き上がる仕掛けだ。
相田は音訳のボランティア活動にも取り組んでおり、この仕掛けもそうした活動の中から着想されたものだという。
水を含んで膨らんだ紙はすぐに乾いて硬くなり、指先で触れてその凸凹の感触を楽しむことができる。また視覚的にも、凸凹のところに影が生まれることにより、描かれた絵が物質感を帯びるように感じられる。
そして台紙は、壁に設置された1月から12月までの12色の封筒のうち、最初に箱の中から引いた色の封筒の近くの壁面に貼られる。
最初に引いた封筒の色と自分で選んだ台紙の色は同じになるとは限らないため、台紙を壁に貼ると、色がバラバラになってしまうのだが、相田によれば、むしろそれでいいのだという。中が見えない箱の中から封筒を引くという自分の意に沿わない行為と、好きな色の台紙を選ぶという自分の意に沿う行為を掛け合わせることに意味がある、というのだ。
僕たちが生きているこの世界では、自分の思い通りになることもあれば、思い通りにはならないこともある。その中で僕たちは、12色の封筒に象徴される時のうつろいに想いを重ねて日々の生活を営んでいるのだ。
封筒と様々な絵が描かれた台紙が壁に貼られた様を観ていると、そうした日々の営みの中でのささやかな願いが浮かび上がってくるように感じる。
そして封筒の中に入れられた紙には、それぞれの月ごとに季節感あふれる祝福の言葉がつづられている。その言葉をかみしめるとき、僕たちの日々の営みそのものが祝福されているようで、体がほっこりと温まるような気がした。



球体のひとつに発光するチューブを巻いたところ
「連III−たましら−」展示風景
「連III−たましら−」展示風景(室内の照明を落としたところ)
「連III−たましら−」展示風景(室内の照明を落とし、ドアを閉め切ったところ)

一方、その奥にある「SPACE-U」では、前回の展示『連II−励起−』展の流れをくむ展示が行われた。
前回の『連II−励起−』展では、来場者に願い事を書いてもらい、その紙と鈴を入れた風船を膨らませてもらう、という展示が行われた。
膨らんだ風船は、宇宙空間に見立てて照明を落とされた「SPACE-U」の中に展示され、来場者の動きが作り出す空気の流れに敏感に反応して鈴がかすかな音色を奏でる。そして、たくさんの鈴の音色が重なり、まるで宇宙の中でたくさんの願いが共鳴しあうような空間が創出されていた。
今回相田は、陶芸家らしく、その風船の空気を抜いて陶土で包み、窯で素焼きにし、それをテグスで天井から吊した。
一つひとつの球体は、ホワイトキューブの中でも映えるように、白いもの、茶色のもの、黒いものなど、焼き方や窯に入れる時間などを調整して焼いている。ものによっては表面に虹彩が表れているものもあって、それぞれが違う表情をしている。そして、一つひとつの球体は、ちょうど両手で包むことができるくらいの大きさになっている。それぞれの球体に中に込められたそれぞれの願い。それらがほのかなぬくもりをもっているように感じられ、何ともいとおしい。
そして、室内にこれらの球体が浮かんでいる様は、まるで宇宙空間のように見える。
人は太古の昔より夜空に瞬く星たちに願いを託していたが、ここではまさにそうした願いが星となっているのだ。

そしてそうした星に、来場者は、発光する液体が入ったチューブを巻きつけていく。
そして室内の照明を落とすと、暗闇の中にそれぞれの球体に巻きつけられた発光するチューブが発する円環状の光が徐々に浮かび上がってくる。
室内には、前回の展示『連II−励起−』の展示中に録音された鈴の音がかすかに響き、そうした中で星々が発する光を見ていると、それぞれの星にこめられた願いが室内を満たしていくように感じる。
そしてそれとともに、僕は自分の体がすうっと軽くなっていくのを感じた。それぞれの球体にこめられた様々な願いが共鳴し合い、一体となって室内を満たしていき、僕自身もそれに重なっていくように感じられるのだ。
この展示のサブタイトル、そしてこの作品のタイトルには「たましら」と名づけられている。相田によると、これはヴァイオリンの内部で表板と裏板をつなぐ魂柱(こんちゅう)に由来しているのだという。
魂柱は、弦の振動を表板から裏板へと伝えるという、ヴァイオリンの美しい音色を支える重要な役割を担っている。
相田の作品『連III−たましら−』は、まるでヴァイオリンのように展示されている「SPACE-U」の中でたくさんの願いが共鳴しあい、美しい響きを奏でているのだ。

現実の世界では、すべての人の願いをかなえることは困難である。それはもしかしたら、空虚な理想にすぎないのかもしれない。
しかし相田の作品を観ていると、そんな理想を信じられるような気がする。それを可能にしたのは、会場を埋め尽くした多くの人の願いの、祈りにも似たエネルギー、そしてそれらの共鳴がつくりだす宇宙の心地よさなのだろう。


相田朋子展『連III−たましら−』

SPACE-U(群馬県館林市)
2007年10月6日〜20日
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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