topreviews[稲垣智子「嘔吐」/大阪]
稲垣智子「嘔吐」

見ることの強要は
知ることへの脅威か

TEXT 藤田千彩

会場風景
広い会場の奥隅に、うっすらと浮き上がるように
作品がインスタレーションされている
撮影:高嶋清俊
アーティスト・イン・レジデンス。
もはやこの言葉は、現代美術で耳にしない日はない。
例えばAさんがドイツに行った、としよう。
「Aさんはドイツに行っている」
ということは聞くが、
「Aさんがドイツで作った作品はこれだ」
ということを目にすることは少ない。
ましてや、
「Aさんはドイツでこういうことをした」
ということを知ることはない。

今回の稲垣智子「嘔吐」展は、大阪府主催の「芸術家交流事業ART-EX」帰国報告展、という位置づけだ。
東京で例えると、青山のワンダーサイトにレジデンスした外国人が自分の国へ帰って発表した、という感じだろうか。
いや、まったく違う、しっかりしたプログラムだと感じた。
なぜなら、大阪の「芸術家交流事業ART-EX」というプログラムは、たとえば今回(昨年度)の場合はフランスなのだが、
稲垣はフランスへ、フランスからはジャン・ゴーダンというダンサーが、交換でレジデンスをし、制作を行った。
そして自分の国でも、レジデンス先でも、発表するという双方向性がはっきりしているからだ。

 
a
b
 
C
 
a.「garden2」2003年 パフォーマンス/インスタレーション
b.「ため息」2004年 インスタレーション
c.「嘔吐」2007年 映像(部分)
稲垣は今回の「嘔吐」という作品のアイデアをしばらくあたためていたという。
過去の作品、たとえば、2003年の「garden2」(画像a)や2004年に茨城県のARCUS滞在中に制作された「ため息」(画像b)の段階を経て、今回の「嘔吐」になった、と稲垣は言う(※1)。
拒食症に見られる吐く行為への恐れと嫌悪感。
宝石や化粧品に現れた女性が着飾ることで作られる美への憧れと虚飾。
それらは、情報社会や消費社会と向き合う稲垣の姿勢である、と捉える人もいるようだ(※2)。

これまでも今回も、稲垣作品の特徴として、多くの人の協力を得ているということが挙げられよう。
「嘔吐」は、衣装を作ったFukuko Andoをはじめ、映像編集や音響を担当した人たち。
人的協力だけでなく、宝石店から協力を得ていることも記したい。
協力者や協賛を得る作家は他に多くいるが、稲垣は初期の作品から当たり前のように、毎回そういった協力を得ることで作品制作をしている。

ストーリーがあるとするならば、こうだ。
下着の女性が、インスタレーションにはない(吊られていない)ブラジャーとパンツといういでたちの女性が、なにかを吐いている。
最初はなにも出てこないが、だんだん吐いて行くものが見えてくる。
吐きだされているものは宝石。
吐く行為が増えるほど、女性の服は厚く、重ねられて行く。
そして吐いて行くものが小さな宝石へ、やがて液状であるマニキュアになっていく。
同時に女性は布団のように厚みのある服を身につけている。

「作品の良し悪し」は基本的に「私が好きか嫌いか」である。
とすると、私は嘔吐する音がかなり気持ち悪くて、全部を見切れなかった。
作品は、音も込み、である。
私は作品と対峙できなかったことになる。
当たり前だが、絵画や彫刻と違うのが、こうした「時間拘束」の問題だ。
自分の意思に反する音や映像に耐えながら見たり、始まりと終わりを意識したり、と映像作品は強要されることが多い。

私は稲垣作品が好きだ。
だからこそ、きっちり向き合いたい。
フランスで何を感じ、これまでの作品と違うものを作ってきたのか。
しかし今回受け入れられなかった。
見る相手を選ぶ、そんな作品があるとは思いたくないのだが。
つくづく作品を見せること、見ること、感じること、感じさせられること、について考えさせられる作品だと思った。

(※1)本展に関連して作られた「PAPIER LA NAUSEE」(新聞吐き気)参照
(※2)本展カタログから;松本薫(大阪府立現代美術センター)「はじめに」より

会場風景
近づくと作品に使用されたFukuko Andoデザインの服が掛けられ、映像がプロジェクター投影されている
撮影:高嶋清俊


左から小林美香(写真研究者)、稲垣智子(アーティスト)、奥村一郎(和歌山県立近代美術館学芸員)、藤田千彩(美術ライター)

関連イベント|座談会|作品について語る

今回の稲垣智子「嘔吐」の最終日に、関連イベントとして座談会が行われた。
稲垣のリクエストにより、同世代の写真研究者・小林美香、和歌山県立近代美術館学芸員・奥村一郎、そして美術ライター・藤田千彩が集まった。
小林が司会となり、今回の「嘔吐」についてそれぞれの見方で語った。また、稲垣が過去の作品から「嘔吐」にいたるまでのつながり、「北九州滞在時に見た、何もない坂道の上にあるコンビニに安心感を得たことから、今回のような会場の隅にインスタレーションすることを思いついた」という説明など、「嘔吐」の制作背景を知ることができた。
トーク後半では、同世代や美術についての思いを個々に話し、意見を交換しあった。
観客は50名を超え、全体としても有意義なトークとなった。

稲垣智子「嘔吐」

大阪府立現代美術センター(大阪府大阪市)
2007年8月21日〜9月7日

 
著者プロフィールや、近況など。

藤田千彩(ふじたちさい)

1974年岡山県生まれ。
大学卒業後、某通信会社に勤務、社内報などを手がけていた。
美学校トンチキアートクラス修了。
現在、「ぴあ」「週刊SPA!」「美術手帖」などでアートに関する文章を執筆中。
chisaichan@hotmail.com




topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.