topreviews[「インストールパーティー」展/東京]
「インストールパーティー」展

桜の季節
バナナが取れるまで

TEXT 石山さやか



とたんギャラリー外観。
ギャラリーの奥に吊り下がるバナナ。
 
床建設途中の様子。
会場風景。壁の絵画は下平晃道氏の作品。
会場風景。
会場のあちこちに、この場に関わった人たちの写真やアンケートが飾られて
いる。
桜の咲き始めた阿佐ヶ谷の町の裏通りを歩き続けていくと、白い給水塔がぬっと姿を現した。公団阿佐ヶ谷住宅の入り口である。緑の多い敷地内には、二階建てのハイカラなテラスハウスと団地が並ぶ。子どもたちや、散歩中の夫婦と時々すれ違う。少しレトロな、外国のような不思議な町並み。奥まで歩いてゆくと、赤いトタン屋根のテラスハウスが見えてくる。25棟4号室、ここが「とたんギャラリー」だ。

1958年に建設された阿佐ヶ谷住宅は、来年にも取り壊しが決定している。
とたんギャラリーは、そのことを前提に昨年10月オープンした期間限定のアートスペースである。
普通のギャラリーとちょっと違うのは、主宰である大川幸恵さんが二階に住んでいること。
そして、一つの展示が終わったら、作家は会場に自分の作品を置いていくこと。
壁や床のそこかしこに作家たちの痕跡が残り、ホワイトキューブとは違う独特の空間を作り出している。

私が初めてこの場を訪れたとき、作家ユニットのナデガタインスタントパーティー(以下NIP)は公開制作中で、ギャラリーの床は数十センチ上がっていた。木材を使って底上げされた第二の床は、上に座る観客が動く度ギシギシと鳴る。
「なんで床を作っているんですか?」
「天井からバナナが吊り下がっているでしょ。あれを大川さんが取れるようにです。」
「?」
「で、床が出来上がるまで、毎日パーティーをしたり、遊んだり、バナナのレシピを考えたりするんです。」
「???」

仰々しいというか、本末転倒というか、とんちのような話だ。
でもどうやらこの床が出来るまでの「過程を楽しむ」ことこそが、今回の展示のキモのようである。
一日一日、着々と床が作られ、部屋の光景が変化してゆく。その作業は見学するだけでなく観客も手伝わされる。そして3時になったらバナナのおやつを食べ、空き缶吊りだの『こよりくしゃみ対決』だの、ヘボいことをして遊ぶ(=ヘボの時間)。
毎日毎日、イベントが繰り広げられる。例えば『ナデガタ ナイト サファリ 〜闇夜の僕らは美しく (暗いギャラリー内に泥酔して寝そべるNIPメンバーの顔に参加者が落書きする)』などといった他愛もない企画を、彼らは全力で楽しみ、面白がる。
私も、公開制作3日目のイベント・『ナデガタ ミッドナイト デート 〜夜のあいつは勇み足』に参加してみた。NIPが設定したデートコースを、くじ引きで決まった人とペアで歩く。
あくまでも遊び、なのだが…初対面の人と阿佐ヶ谷住宅内を歩き回るのは思っていたより照れ臭く、なんだか普通に楽しめてしまった。

公開制作中、NIPのメンバーは大川さんとともにとたんギャラリーで生活する。また、ギャラリーでは観客・スタッフの他にも様々な人たちが出入りしていた。
大学受験を終え毎日のように「とたん」に来る『おじょう』君、作業を手伝いつつ時々コーヒーを煎れてくれる『DJ』と『田中』君。そして彼らに突拍子もないあだ名をつけた近所の小学生のカナちゃん、などなど。
私が密かに感動したのは『おじょう』君の存在。彼は「美術はわからない」と言う。
それでも彼は足しげく「とたん」に通い、メンバーと大工作業をしたり、お客さんと話したりしている。
彼らや毎日来る違ったお客さん達が、「床を作る」という目的のもと、「インストールパーティー」の空気を作り、交流の輪を作り、ユーモラスなストーリーを形作っていった。

公開制作最終日に床は完成し、大川さんは当初の計画通りバナナを楽々ともぎ取ることができた。もう制作前の元の床は見えず、想像することすら難しい。
そして6日目からは記録展示。NIPのメンバーたちは広島での次の展示のため旅立つ。
メンバーのいない、イベントもない展示は物足りないのではないか…。内心不安だったが、訪ねてみるといつものように『おじょう』君と大川さんがいたので、あまり違和感は感じなかった。
モニターでは、連日のイベントの様子や床ができるまでの映像が流れている。
床や壁には、ここにいた人たちの写真やメモがアクリル板で几帳面に留めてあり、制作中の空気感を辿るための仕掛け作りがそこかしこになされていた。そして、おやつとヘボの時間という「きまりの時間」は記録展示中も続けられていた。
少し「祭りのあと」的な匂いがする、でも決してそれだけではない空間。
記録展示だけ見た観客にも、公開制作中のユルくて濃密な時間を感じることは出来ただろうか。

そして、クロージングの日。NIPのメンバーも、中崎さん・野田さんが揃った。
この日は観客がNIPに宛てて書いた「ナデガタあなたメモ」を読み上げて展示を振り返る…はずだったのだが、いつも通りのユルい進行でうやむやに。
中崎さんが、今までのイベントの説明をしたり、制作に携わった人たちを紹介したり。『おじょう』君たちに混じって私も紹介されたので、びっくりした。
「何度も来て頂いたということで…」
そうか、そういえば都合4回ここを訪れている。
遠巻きに眺めているつもりだったが、自分も知らぬ間にナデガタたちの「面白がり」の輪の中に入っていたということか。恥ずかしくも、少し嬉しかった。
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冒頭に記したようにとたんギャラリーは期間限定のスペースであり、今回のNIPの展示をもって、今までのようなエキシビジョン形式の展示は終了となる。70cm高くなった床もすべて解体され、NIPの痕跡はバナナの吊り下がっていたフックと黒板の壁面、そして記録だけが残った。
今後はアーカイブをまとめながら、カフェやトークなどのイベント形式の運営を行っていくという。

桜が咲いて、そして散った。
来年の桜の季節、阿佐ヶ谷住宅が残っているかはわからない。
大川さんは「阿佐ヶ谷住宅の取り壊しには反対していない。とたんギャラリーを計画したのは、多くの人に阿佐ヶ谷住宅を知ってもらい、感傷的にならずして建築や風景の終わりについて考えたいと思ったから」と話す。
17日間、この建物の中で、釘を打ったり、おやつを食べたり、しょうもないことをして遊んだりした沢山の人たち。この屋根の下で、期せずもつながりをもった人たち。
愛すべき老人が、大勢の孫たちに囲まれながら大往生を迎えようとしている、そんな情景がふと目に浮かんだ。

 
 
「インストールパーティー」展
Nadegata Instant Party
※中崎透+山城大督+野田智子の3人からなるプロジェクトパーティーユニット。

とたんギャラリー(東京都杉並区)
公開制作:2007年3月22日(木)−3月26日(月)
記録展示:2007年3月27日(火)−4月7日(土)
12:00-18:00 会期中無休
 
著者のプロフィールや、近況など。

石山さやか(いしやまさやか)

1981年埼玉県生まれ。
2001年、小沢剛の横浜トリエンナーレ作品「トンチキハウス」にボランティアスタッフとして参加する。
2003年創形美術学校卒業。
フリーター期を経て、現在は都内でDTPデザイナーとして働く日々。



 

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