topreviews[Lovers identity 新田玲子 中島弘惠/愛知]
Lovers identity 新田玲子 中島弘惠

あなたのキスを数えましょう
TEXT 野田利也
 
 
 
 
  (*3)これは口紅の付着具合を測定するマシーンだそうです。(作品とは一切関係ありません。)
 
展示空間としてのair's boxの持つ一番の特徴は、メインスペースの壁面のうち、2面がガラス張り(実際はアクリルだろうが)というところだ。なので、air's boxへの道すがらで、だいたいどんな展示がされているかを伺い知ることができる。新田玲子と中島弘恵による《Lovers Identity》においては、空間はガランとしており、一番大きな壁面だけが赤く染まっていることが見て取れた。
実際に会場へ足を踏み入れると、壁面をじっと凝視するまでもなく、それを覆う「赤色」の正体がキスマークであることに気づく。そう、無数のキスマークで壁面全体が埋め尽くされているのである。横一線に連なるキスマークのラインが天上から、ほぼ床まで、何十、何百段と連なっている。それは厳密とは言い難いが、均衡を保ちながら模様を形成し「壁紙」のようである。
キスマークというエモーショナルなものを、「壁紙」という無味乾燥なものに変容させた、ある種ミニマルな作品というのが第一印象であった。しかし同じ会場で上映されていた、その制作過程が撮影された映像を見ると、それが間違いであることが解る。
一つのキスマークをつけるにあたって、スタッフは(この作品は6名の女性スタッフによって制作されている。)口紅を塗り、唇を軽く噛みそれを馴染ませ、そっと両手を壁に添え、目を瞑って唇を壁へと押し当てる。決して「壁紙」のパターンのように機械的につけられたものではなく、一つ一つ、とても丁寧に(心をこめて?)つけられているのである。つまり、彼女たちは映画におけるクライマックスシーン(キスシーン)を何百、何千回と繰り返しているのである。
その状景は、映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストシーンで主人公トトが目にする、映写技師アルフレードが遺したフィルムが映し出した、数々の映画のキスシーンだけが連続する映像(*1)のようであるし、キスマークで覆われた壁は、熱烈なファンにより無数のキスマークがつけられた、アイルランド出身の作家、オスカー・ワイルドの巨大な墓石(*2)のようだと想像したとき、この作品は潤いを持ち始めるのである。
例えばこれが、レッド・ホット・チリペッパーズのアルバム「グレイテスト・ヒッツ」のジャケット(*3)にあるようなマシーンで、コピペよろしくつけられたものであったなら・・・・、こんなロマンティックな想像はしなかっただろう。
そんな想像に浸っていると、ふと思う。本来私が対峙すべきは、あくまでこの壁面であり、その制作過程は目の当たりできるものではない。しかし、それがここまで私の想像力を隆起させるのは、この作品の本質が制作する行為にあるからであろう。
「贈り物は気持ちが大切」とよく言うように、作品も気持ちの込めようが重要だということだ。作品はまぎれもなく作家からの贈り物なのだから。


(*1)映写技師だったアルフレードは映画のキスシーンを自主規制(とは言え戦時中という世相や保守的な宗教観が大きく影響していたのであろうが)によりカットしていたが、それを繋げたフィルムを主人公に遺していた。

(*2)オスカー・フィンガル・オフレアティ・ウィルズ・ワイルド (Oscar Fingal O’Flaherty Wills Wilde, 1854 - 1900年)
その墓石は熱烈なファンが遺した無数のキスマークで覆われている。


 
 
Lovers identity
planner
新田玲子 中島弘惠
staff
新田玲子 伊藤風子 奥村梨沙 木 仁美 柴田さゆり 中島弘惠 細川貴恵


air's box(愛知県小牧市)
2006年12月19日(火)〜12月26日(火)
 
著者プロフィールや、近況など。

野田利也(のだとしや)

1972年生まれ。名古屋芸術大学美術学部デザイン科卒業。



 

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