うつろう世界、その中のささやかな至福
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横永匡史
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大きな画面いっぱいに広がる淡い青、そしてその中にぽっかりと浮かぶ雲。
ギャラリーに入ると、三方の壁面に展示された大きなサイズの「遠浅の水辺」がまず目に飛び込んでくる。
画面を覆う青は雲の色よりもさらに薄く、空を直接描いたというよりは、むしろ水面に映りこんだ空のようにも見える。
薄井はカンヴァスを「水鏡」としてとらえ、そこに現れるイメージを描いているというが、観ていると、なるほど水面を上からのぞいているような感覚になってくる。
だが単なる水面と異なるのは、その中にΩのような形をした線が描かれている点だ。
その線は桟橋のようにも、あるいは人のようにも見え、見ているうちに自然とその線に自分自身を重ねていく。
ここで着目すべきは線が斜めに俯瞰するように描かれている点だろう。それゆえ、描かれた線に自分を重ねるとき、鏡と対峙するというよりは、鏡の中の世界へと入り込むような感覚を味わうのだ。
そして鏡の中の世界に入っていくと、そこに描かれた世界は実におぼろげでうつろいやすいことに気づく。Ωの形をした線が太くくっきりと描かれているのとは対照的に、繊細に塗り重ねられているのだ。水面に映る空の情景の刻一刻とした変化の中の一瞬を切り取るとともに、その中にゆるやかに流れる時間の流れをも感じさせ、その中に身を任せていると、空中を漂うような浮遊感を味わう。
そしてそうした「遠浅の水辺」に三方を囲まれていると、それぞれの作品に視線を移すごとに、すべるような心地よさを感じ、しだいに室内全体が外界から遮断された別空間のように感じてくるのだ。
そして、一方の壁に展示された「空を盗む」を観る。水彩で赤、黄、青の三原色を幾層にも塗り重ねた画面は一見真っ黒に見えるが、観ているうちに塗り重ねたそれぞれの色が虹色のように浮かび上がる。まるで夜が明けるときに空がほんのりと色づく、その瞬間を切り取ったような。それでいて、この中には豊かな時間の流れを感じるのだ。
この作品には「空を盗む」というタイトルがつけられているが、普段はなかなか見ることができない、空のとっておきの表情を垣間見たような、そんな充足感を味わうことができる。
僕たちが生きているこの世界はうつろいやすく常に少しずつ変化しているが、普段の慌しい生活の中ではそうしたかすかな変化にはなかなか気づかないものだ。
しかし、ふと立ち止まってそうした変化に意識を向けると、そこには美しい世界の営みがある。
薄井の作品は、そんなささやかな、しかし確かにそこにある至福に気づかせてくれるのだ。 |
1.遠浅の水辺 0704
2.遠浅の水辺 0703[+zoom]
3.遠浅の水辺 0701[+zoom]
4.展示風景
5.空を盗む 0603
6.「空を盗む」展示風景
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薄井隆夫展
ギャラリー・イン・ザ・ブルー(栃木県宇都宮市)
2007年2月3日〜13日 |
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著者プロフィールや、近況など。
横永匡史(よこながただし)
1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。 |
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