topreviews[亀井紀彦「内に見る」インスタレーション/東京]
亀井紀彦「内に見る」インスタレーション


立体作品「透過―宇・小―」


オリジナル生菓子「内月彩」の写真作品
 

オリジナル生菓子「空心清」の写真作品

会場全体風景
 

会場風景(右手)
 

会場風景(左手)
内に見るものは・・・
TEXT 豊田直香

私たちは何を見ているのだろう。どんなに詳細に観察しても、必ず何かを見落としてしまう。鑑賞には少なからず付きまとうこの感覚は、亀井紀彦の作品のはかなさの前では、一層強化される。
広く薄暗い展示室内で、青白いスポットライトに浮かび上がるのは、壁面の写真と机の上の白い重箱、そのなかには限りなく透明に近い、不定形の球体が内包されている。その5個の球体は、表面の肌理や透明度、そして色彩が微妙に異なる。マットな表面のもの、つやのあるもの、中心にだけ色彩を持つもの、反対に外周にだけ色があるもの・・・。以前は球体を貫くように走っていた紫系の色面のグラデーションは、その色彩の位置が可変され、視覚だけでは正確に把握できない、いわば抽象的な「色」としての展開を繰り広げている。
今回の亀井紀彦の個展は、彼が在学中の東京造形大学大学院展示室で開催された。透明樹脂を使用した立体を始点に、とらやとの共同制作である和菓子へと発展し、今回はそこに新たに写真が参入している。その球体は掌にのるほどのサイズで、高い透明度ゆえに外界との境界線が非常に希薄で、外部を取り込むようでもあり、外部に溶け込むようでもある、ある種のはかなさを持っている。その特徴を生かし、その球体を風景のなかへ移設し、撮影した作品もある。今回はその立体作品ではなく、球体をイメージした和菓子を撮影するという展開に変化している。いわば、立体作品である透明樹脂の球体と和菓子は、物×物であることをやめ、写真という媒体を介して、物×指標、つまりインデックスという関係を形成している。
その和菓子を写した写真には、きめ細やかな細部が拡大され、砂糖の粒子や求肥(ぎゅうひ)に透ける餡の色、そしてその薄皮に含まれる気泡まで捉えられている。亀井はこれまで作品展示に合わせて、これらのオリジナルの和菓子を観者にふるまう制作発表を行ってきた。筆者も実際に食したことのある和菓子は、撮影によってその概観を大幅に変えている。写真がイリュージョンであることはさることながら、それを上回る幻覚が喚起される。その写真はまるで風景を捉えたかのように見えるのだ。例えば淡い色の餡の断面と、求肥の透ける肌理を捉えたカットは、冬枯れの荒野のように映る。以前の抽象的人工物である球体を、風景に移設した撮影行為は、ここにおいて和菓子を介して風景それ自体に変貌を遂げたとも言える。いや、和菓子という解しやすいイメージに固定化されがちな制作を、再度脱構築することによって、抽象的でどこか捉えどころのない、しかしはかなさゆえの強力なイメージを回復しつつあるのではないか。
透明樹脂と岩絵具は亀井の作品にとって、必須の素材であった。透明な立体のなかに色の層を織り込むという制作に最適であったそれらの素材は、和菓子の素材に代置されることで、例えば食され消え去るにしても、周囲に溶け込むという欲求を達成したはずだ。しかしその和菓子が、今回は写真に撮られることで、新たな要素が加わり、そのシンプルな行為性が複雑化し、一見媒体に引きずられがちな制作態度と、見受けられるかもしれない。だが、特定の素材によって成立していた作品が、亀井のなかで任意の素材によっても成立する制作へと解放されたと見なすこともできるのではないか。事実、消化されることで人に溶け込む機能としての和菓子は、より広大な風景という周囲へ、その可能性の場を拡大している。
展示室の入口近くには、先端がほのかに発光を繰り返す、2本の細いポールが立てられており、その部屋の最奥には6枚の白い布が天井から床まで吊り下げられている。
言わずもがなこれらの装置は、神社をイメージしたものだ。観者はその抽象化された鳥居をくぐり、ある意味、神聖化された空間で、白い重箱に守られた球体を見る。その空間にはもはや、「和菓子」という名詞は浮上しない。なぜならそれらは写真によって表象され、より広大な風景、ひいては宇宙にまで拡散されかねないのだから。
甘く柔らかい細部を残像として、ひんやりとした緊張感のある室を巡る。そこにはなぜか、身体の奥底に潜む懐かしさと、留まるところをしらない作家の刷新の速度が渦巻いていた。


亀井紀彦「内に見る」インスタレーション

東京造形大学 大学院棟1Fギャラリー
2006年12月4日〜12月12日
 
著者プロフィールや、近況など。

豊田直香(とよだなおか)

女子美術大学洋画専攻卒
多摩美術大学博士前期課程芸術学専攻在籍
国立新美術館インターン




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