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岡田達郎展 「marriage -結婚についての展覧会-」
展示風景

椅子から見える“結婚”のカタチ
TEXT 横永匡史

はじめに
“結婚”という言葉には、安定や落ち着きといったイメージがある。
周囲の状況を顧みずに勢いで突っ走っていた若者が、結婚し家庭を持つことで、家族のことを考えて責任を持った行動をとるようになる、といったことを表すのだろう。
またそれは、時に“腰を落ち着ける”といった座るという行為に結び付けられて語られる。
「お前もいいかげんに腰を落ち着けたらどうだ?」
とは、なかなか結婚しようとしない若者に対してよく使われる言葉だ。
そして、座るという行為もまた、安定や落ち着きといったイメージを持っている。
“結婚”と“座る”という行為は、一見結びつきそうもないが、こうした共通のイメージを持っているのだ。
岡田達郎は、そうした点に着目し、結婚をテーマにした椅子「chair of marriage」を作った。
白く塗られた木材で組み上げられたその背の高い2つの椅子は、よく見ると、右の椅子は前の支柱が、左の椅子は後ろの支柱がそれぞれ1本ずつ欠けている。
これら2つの椅子は、2人がそれぞれの椅子に座り、互いを支えあわないと座れない椅子なのだ。
そして壁面には、この椅子に実際に腰掛けた3組の夫婦を撮影した3枚の写真(「three married couples」)、椅子に腰掛けた夫婦をモチーフとして描かれたドローイングと、そのドローイングに水彩で着色したものを48枚ずつ、計96枚を並べた作品(「mixed blood」)が展示されている。
この展示は端的に言えば、岡田達郎というひとりのアーティストがもつ結婚観を表現したもの、と言っていい。
しかしながら、この展示を観ていると、単に一個人の結婚観にとどまらず、現代における“結婚”という行為がもつ様々な側面が浮き彫りになっているように感じられた。
それを、次の3つの側面から見てみたい。

関係性…寄り添う2人のカタチ

 
「chair of marriage」(椅子)
「time is going on」(椅子の上のバラの冠) 
岡田の作ったこの不安定な椅子に2人で座るとき、バランスをとるために必然的に互いに体を寄せ合うことになる。
岡田の言葉を借りれば「お互いの体の重さを感じながら」椅子に座ることになるのだ。
そして、自分1人では体を支えきれず、相手に自分の体重の一部を支えてもらうこの状況は、並んで座る2人の精神状態や両者の関係性といった目には見えないものをも表出させる。
椅子に座っている3組の夫婦の写真「three married couples」を観ていると、両端の両端の新婚夫婦の写真では、これから夫婦としての関係を築いていこうとする初々しさを、中央にある岡田の両親の写真では、長年の結婚生活に裏打ちされたお互いの信頼や、変わることのない愛情を感じるのだ。
またどの夫婦も正装に身を包んでおり、夫婦のそれぞれが自立したひとりの人間である、という印象を与えている。よく「夫婦は2人合わせて1人前」などと言われたりもするが、相手に依存しきるのではなく、夫婦それぞれがひとりの人間として自立した上で、互いを補い支え合う関係性が見えてくるのだ。
そんな中でも、両端の新婚夫婦はあくまで対等の関係のように見えるのに対し、中央にある岡田の両親を写したという写真では、夫が大黒柱として家庭を支えていこうとする矜持を感じさせ、世代による結婚観や家庭観の変化を表しているように思えた。

日常性…“ハレ”の後の日常生活のカタチ
 
「three married couples」
3組の夫婦を写した3枚の写真は、いずれも台所や居間といった生活の場で撮影されている。
台所は毎日の食事を作るところ、そして居間は食事を食べるところであり、住空間の中にあって、生活の基礎となる食生活が営まれる場だ。
そのような生活が営まれる場所で、正装をしてバラの冠を戴く夫婦という“結婚”という過去の行為をイメージさせるものが写し出されることにより、結婚という行為とともに、それ以降の生活というものを強く印象付ける。
結婚というと「ゴールイン」などと形容されるように、とかく終着点としてとらえられがちだが、実際には、結婚式という“ハレ”の儀式の後には、夫婦2人で築いていく長い長い生活が待っているのだ。
そして写真に収まる夫婦自身も、そうした結婚後の生活を強く意識しているように感じられた。
もし仮にそうであるならば、日常生活を営む場において(岡田によって作られたこの椅子に座るという)夫婦が互いに支えあう行為をすることが、本人たちに夫婦が支えあって築いていく結婚生活というものを意識させているのだろう。
特に両端の新婚夫婦からは、心なしか、これから待ち構えている結婚生活という未知のものへのかすかな不安のようなものも感じられるような気がした。
そして岡田によると、この展示を観に来たカップルでは、男女で反応が異なるという。男性よりも女性の方が真剣な眼差しで作品を観ていることが多い、とのことである。
女性は、出産や家事・育児など、結婚後の生活がそれまでと大きく変化する。
これは僕の推測になってしまうが、おそらくはそうした変化を女性がより敏感に感じ取っているのではないだろうか。
岡田の作り出した椅子は、そうした男女の立場の違いをも浮き彫りにするのだ。

多様性…それぞれに違う夫婦のカタチ
 
「mixed blood」
 
 
「mixed blood」(拡大)
入り口から向かって正面に展示された「mixed blood」のうち、着色されている48枚は、夫と妻がそれぞれ別の色で着色されていて、その間のちょうど夫婦が体を寄せ合う部分において、互いの色が混じり合っている。
また、それぞれの夫婦ごとに色の組み合わせも異なっており、色の混じり方も違いが見られる。
その色の混じる様が、異なる血をもつ男女が結婚して互いを染め合い、夫婦になっていくのをイメージさせるとともに、色の混じり方の違いが、それぞれに違う夫婦のあり方を表しているように思われる。
また、その右側に展示された同じモチーフを描いた48枚のドローイングは、一見コピーしたかのように全く同じに見えるが、よく見ると細かく線の運び方が異なり、1枚ずつ岡田の手によってドローイングされていることがわかる。
こうして水彩で着色された夫婦の隣に着色されていない夫婦が並ぶことにより、観る者は着色されていない夫婦に自分を重ね合わせていく。そして、自分の心の中で、自分なりの色に染めていくのだ。
現代は価値観が多様化し、結婚に対する想いも人それぞれに異なる。そして、それぞれの夫婦の理想のカタチもそれぞれに異なるだろう。それは、他の夫婦を見て参考にしながらも、自分たちでつくりあげていくものだろうと思うのだ。
この展示では、あえて着色しない“余白”を残すことで、観る者をも包含した結婚の多様なカタチが表現されているように思う。
加えて、水彩とドローイングを合わせた枚数が96枚とわずかに100枚に達しない枚数にとどめている。そうした点も“余白”として、観る者の感情移入を助けているように思われた。

変わりゆく“結婚”の現在のカタチ
時代の変化とともに、結婚についても大きく変化してきている。
結婚までに至る経緯も、お見合い結婚から恋愛結婚へと変化し、結婚後の生活についても、核家族や共働きの増加など、人々の結婚に対する意識や周囲の環境はここ数十年の間に大きく変わってきている。
また、少子化の進展や非婚・離婚の増加など、結婚をめぐる状況の変化は社会問題のひとつともなっている。
しかし、それでも人が人である限り、男女が協力し合って社会を形成し、種を後世に残していくことに変わりはなく、結婚は今後も僕らにとって重要なテーマであり続けるのだ。
岡田達郎による今回の展示は、こうした変わりゆく“結婚”の現在における様々な側面を表出させたように思う。
そして岡田は、今後も結婚をテーマにした作品を制作していくという。
社会の変化によって、そして岡田自身の心境や環境の変化によって作品がどのように変化していくのか、見守っていきたい。


岡田達郎展
「marriage -結婚についての展覧会-」


Ya-man's(群馬県前橋市)
2006年6月24日〜7月14日

Ya-man's外観
 
著者プロフィールや、近況など。

横永匡史(よこながただし)

1972年栃木県生まれ。
2002年の「とかち国際現代アート展『デメーテル』」を見て現代美術に興味を持つ。
現在は、故郷で働きながら、合間を見て美術館やギャラリーに通う日々。




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