top\reviews[ペーパーチェアー −紙でつくる椅子/京都]
ペーパーチェアー ―紙でつくる椅子

●左/エッジチェアー●右上/エッジチェアー(2人掛け)● 右下/会場風景[+zoom]

感覚のフロンティアへ。
TEXT 籔中いずみ



●上/会場風景 ●左下/オリガミスツール(組立て途中)[+zoom]●右下/オリガミスツール(完成品) [+zoom]

そっと腰をおろす。
私のからだをがっちりと、それでいてやさしく受け止める。
意外なくらいしっとりと暖かみを帯びた座り心地に一瞬、感覚が混線する。
「薄くて破れる」という思い込みを心地良く裏切る、紙でできた椅子たち。
「ペーパーチェアー ―紙でつくる椅子」では、鑑賞していた人々は皆一様にそっと腰をおろし、一瞬感覚を混乱させ、そして安堵と安楽の入り混じった息とともに、その心地よさに身をまかせていた。もろく弱い「であろう」紙がスツール(立体)になり、人間ひとり、ときにはふたりをも受け止める椅子になる。このドラマティックな変容の経験は、身体にとってのよろこびである。未知の経験を受け入れることによって、私たちの中に新しい感覚が生まれる。それはまるで、原野に道が切り開かれていくように、 私たちを感覚のフロンティアへと導いてくれるのだ。

この展覧会の企画者である大阪成蹊大学芸術学部造形技術センターの山口重信氏は、 もともと家具をつくる職人だった。
20年前、京都市立芸術大学プロダクトデザイン研究室助教授であった中村隆一氏から、氏のデザインした「紙の椅子」の実物制作の依頼を受けたことがその始まりである。
バブル全盛の当時、数ある素材の中でよりによってなぜ紙なのかと不思議がる声が多かったそうだ。また山口氏自身も「薄くてペラペラの紙から本当に椅子なんてできるのか」疑問に思ったそう。しかし、いざ制作をはじめてみるとその難しさと同時に面白さに惹かれ、中断の期間はあるものの、20年経った今も紙の椅子つくりに携わっている。

上/デルタチェアー●下/パックスツール 紙の種類によって全くちがう表情をみせる
制作過程で最も苦労するのは紙の厚みによるズレの発生だそうだ。
芯材だけで厚さ2mm、それを両側からサンドする紙がそれぞれ0.75mm。最後に表面を化粧紙で覆う。この厚い紙を折り曲げていくのだから、それぞれに折幅が必要である。直角に折るのか、完全に折りたたむのかによってその幅はちがう。悩ましいのは、実際に組み立ててみないと、そのズレが見えてこないこと。組み立ててはズレを調整していくという、まさに手探りでの設計である。しかも紙は自然物。その日の温度や湿度、接着剤の付き具合によって大きさが変わってしまう。しかし、紙はこの難しさを補ってあまりあるほどの利点を持っていると山口氏はいう。「リサイクルができ、環境にも優しく、コストもおさえられ、色も豊富で、いろいろな質感があり、丈夫で軽く、木ではつくりにくい形や曲線が容易にできる」(企画趣旨より抜粋)。しかも燃料となり、その後にできた灰は肥料となる。もちろん造形としてのおもしろさを内包しつつ、限りある資源エネルギーと真摯に向き合っていかなければならない今の時代、紙の家具が示す可能性は決して小さいものではない。

はじめて紙の椅子に座ったときに開いた内なるフロンティアへの扉。
かつてフロンティアは社会が成長を続けるうえで必要不可欠なものであった。新しい耕地となったり、資源採集の場となったり、いずれにせよ人間は経済活動のコストを、環境を破壊する形で支払ってきた。現在もその構造は基本的に変わってはいない。
しかし現実の地球環境とちがい、内的世界のフロンティアは無限である。またそこに存在する創造性という資源もまた無限であるといっていい。感覚のフロンティアへと歩みを進めるほどに、私たちは「〜でなければならない」という膠着した概念を打ち破る想像力を手にいれる。ひとつではない環境との共生の方法をさぐる創造性を手に入れる。一枚の紙が、折り紙のように折り曲げられて椅子となる。このドラマティックな変容は、私たちがこれから考えるべきひとつの道筋を指し示しているように思えてならない。

最後に、この展覧会が行われた<spaceB>について紹介する。
大阪成蹊大学芸術学部 綜合芸術研究センター(IRC)によって運営されている学内ギャラリー。ギャラリー名の「B」とは、「A」ではない―博物館・美術館とはまた別のもうひとつの空間を表している。 単に鑑賞するだけの空間ではなく、 作品の制作サポートから設営、記録、撤去等、あらゆる段階で学生たちが参加し、将来もの作りの現場を目指す学生たちにとって アーティストや芸術の現場に触れる貴重な経験の場となっている。 今回の「ペーパーチェアー ―紙でつくる椅子」も数多くの学生たちのサポートによって完成した。また学外への研究活動の推進という側面も持ち、一般に公開されているとともに、展覧会の内容に関連した公開講座やワークショップが精力的に開催されている。


ペーパーチェアー ―紙でつくる椅子
ペーパーチェアデザイン 中村隆一
企画・制作 山口重信


大阪成蹊大学芸術学部 学内ギャラリー<space B>
2006年1月26日(木)〜2月18日(土)
 
著者プロフィールや、近況など。

籔中いずみ(やぶなかいずみ)

1977年大阪府生まれ。
1999年成安造形大学造形学部卒業。
京都のデザイン会社でライター修行中です。




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