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「心地よい」と「何も感じない」の中間の空間を作りたい/長坂有希(CCA北九州)

「心地よい」と「何も感じない」の中間の空間を作りたい
長坂有希(CCA北九州

TEXT 北村智美

proposal for a tennis court(イメージ)
テニスコートに落ち葉を敷きつめたら、それは一体何になるんだろう
proposal for a tennis court

想像してみてほしい。
快晴の空の下、落ち葉を敷きつめたテニスコートが落ちているところを。赤や黄色、色とりどりの葉っぱが1枚1枚きれいに並んで、地面に留められて、まるで1枚の絨毯のよう。2005年11月28日、CCA北九州の裏にあるテニスコート。そこだけが浮いている。
不思議な感覚だった。これは一体何だろう?なぜこんなものを作れるのだろう?
作ったのは現在CCAに滞在しているアーティスト、長坂有希。作品について聞いた。
「プロセスに加わりたかったんです。テニスコートと落ち葉の間に私が入ることで、何か違ったことができるんじゃないかと思って。」
もともとそこにある2つのものの関係を変える。その結果、これは一体何になったのだろう。
「上から見たら、大きな布が落ちているようにしか見えないでしょう。コートの中に引いてある線は折り目みたいに見えるかもしれない。布なのか、テニスコートなのか?実際ここのテニスクラブの人に頼んでプレイしてもらってるから、結局はテニスコートなんだ、ってことが言いたいんだけど、葉っぱがあることでボールが変に跳ねたりするだろうし、葉っぱが舞って邪魔かもしれないし。そうなるとプレイ自体も、テニスしてると言えるのかどうか分からなくなってきますよね?」
テニスコートの上に葉っぱが落ちるのを、そんな風に見ていたなんて。どう世界を見ているかを明確にする。それを伝える手段がアートだ。彼女は新たな視点を提案してくれる。そこから見ると、いつでもすぐ隣に違う世界があることに気付く。

日常の中にある、もうひとつの世界
「ふっと時間が止まって、静かに自分と向き合えるような世界。例えば、注意して見ないと見えないものを頑張って見ると、それを見ることに集中して他のことを考える必要がなくなる。『心地よい』と『何も感じない』の中間にあるような空間を作りたい。」
心地よい空間を、人はよく「お母さんのお腹の中にいるようだ」とか「ベッドの中にいるようだ」と表現するが、彼女の目指す空間はそうではない。
「心地よくて、ここでもう十分、って思っている地点があるんだけど、実はそのちょっと先には崖があるような、緊張感のある空間にしたい。だから眠くなったりしない。フリーな感じ。フリーなんだけど、だから堕落するのではなく、フリーだから頭が冴える感じ。」
作品の前で、私たちは自由だ。感じたいように感じればいいし、動きたいように動けばいい。情報はそこにある。取るか取らないかはその人次第。注意深く見ればどんどん見えてくるし、急いでいる人は存在にすら気付かない。それでいいと長坂は言う。その人には急いでいく場所があったのだから。全ての情報を受け取るのは不可能で、私たちは常に沢山の情報の中から必要なものを選び、あとは失っている。別に損をした訳ではない。
「見る気持ちがなかったら、見ていても見えていない。強制はしたくない。できることをやって、あとは望むばかり。」

wonder and ponder in the still field  
 
proposal for a tennis court
見ようとすれば見えてくるもの
wonder and ponder in the still field/Unseen Scenes@art space tetra
言われるまで気付かなかった。この作品には本当に目立たない場所に小さなキャプションがついている。
「ビニールシートをめくってご覧下さい」
私は最初、幽霊の町に違いない、と思って見ていただけだった。ビニールシートの効果がてき面で、中がボヤっとして見えたし、展覧会のテーマが「幽霊」だったし。めくってみて驚いた。空気が変わる。はっきり見える。さっきまで気付かなかった、透明の柵や階段…目を凝らすほどに色々なものが見えてくる。作品の前での自由を少し怖いと思った。ビニールシートをめくらなかったら、これだけのものを見落としていたのだ。ビニールシートのある世界と、ない世界を行ったり来たり。時間を忘れて見入ってしまう。そして気が付くと、いつもあの空間にいる。

最初に紹介したテニスコートのピースは、実は完成してはいなかった。
「やってみて初めて分かった。どう考えても無理なこと。1日8時間、3日かけてやってこれだけ。葉っぱは1日2日で色が変わってしまうから、絶対に1人ではできない。」
1人でやったのは、みんなを驚かせるプレゼントにしたかったから。大勢でやって、作業の大変さが目立つのは嫌だった。
「1日2日しかもたないものに何日も時間を費やすのは無駄、って思われがちだけど、きれいだから、とかそういう理由で何かができるって、とてもいいことだと思う。ピュアっていうか。結果もきれいなんだけど、それを作ってる過程が大切だと思うし。このピースは、いつか完成させたいと思っています。」

3月にはいよいよ、CCAのプログラムに参加したアーティストによる最終展覧会が控えている。25,26,27の3日間。日頃彼らがアトリエとして使っている場所が会場となる。もともと体育館だった所を改造して作ったアトリエで、真っ白な部屋がいくつもある変わった造り。ここに力作が並ぶ。長坂はふたつのインスタレーションを制作予定だ。
北九州での作品をあと2点紹介して終わりにしたい。どちらもCCA 前田スタジオに展示されたインスタレーションだ。

空間を活性化させる
reality arena/ugly show for blind people@CCA北九州・前田スタジオ
Inward(play ground) /once more,with feeling@CCA北九州・前田スタジオ

reality arena[+zoom]
 
Inward(play ground) [+zoom]
CCAに来て最初の作品。選んだのは、大きな窓のある白い部屋。まずは新しい環境を受け入れようと思った。自分を表現するのではなく、フィルターとして、そこにある光景を映し出そうと。影のように。写真のように。窓からの眺めを、白い壁に白い毛糸で描いた。それ自体はよく見ないと見えないけれど、光の加減で影ができ、それが線となる。現実の光景も、長坂有希というフィルターを通ってできたこの作品も、どちらもリアリティ。

次の作品では、トイレという個性の強い場所を選んだ。前田スタジオは昔幼稚園だったそうで、ここは園児たちが使っていたトイレだ。扉も仕切りも、こんなに低かったのかと驚く。個室の中を見ると、便器の上に鏡が下がっている。長坂は幼稚園の頃、トイレで個室に入るのに、上から先生に覗かれることに強い違和感を持っていたという。プライベートな空間だと思わせておいてそうではない。ここで個室を覗くと、逆に自分の顔が見えてしまうという皮肉。

長坂はまず展示する場所を決め、アイディアが来るのを待つという。きっとその場所が持つ個性と、彼女自身の感覚が重なるポイントを見つけ、それを形にしていくのだと思う。だから空間が活きる。
「自分自身をフォーカスしていきたい。」
これからどうしていきたいか聞くと、彼女はそう答えた。
「自分のことや、自分のアートについてもっと探求して、勉強して、作品をクリアにしていきたい。」
プログラム修了後、アメリカに発つ。しばらく日本で彼女の作品を見ることはできなくなる。3月のオープンスタジオで、ぜひ体験していただきたい。


Unseen Scenes

art space tetra
2006年1月14日-1月27日
CCAに滞在中のアーティスト3人によるグループ展。
エレーニア ディペドロ、長坂有希、カロリーナ シルバ


ugly show for blind people

CCA北九州・前田スタジオ
2005年10月8日-10月21日


once more,with feeling

CCA北九州・前田スタジオ
2005年11月12日-11月25日

長坂有希(ながさかあき)プロフィール
1980   大阪生まれ
2005.5   アメリカ テキサス大学卒業
アートを専攻。主にインスタレーションとドローイングを制作
2005.9   CCA北九州 プログラムに参加

CCA北九州(CENTER FOR CONTEMPORARY ART)
http://www.cca-kitakyushu.org/jp/
「オープンスタジオ」
日程 3月25、26、27日
時間 10:00−17:00
★オープニング 25日17:00−
※夜作品が見られるのはこの日だけ!オープニングに合わせてライティングしているので、この時見るのがオススメ。
アポイント不要 入場無料
 
著者プロフィールや、近況など。

北村智美(きたむらともみ)

1979年 福岡生まれ
2005年4月よりギャラリーの宣伝係の仕事をしています。
それまではアートと関係ないところで働いていたので、今勉強中です。




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