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米松の大径木
TEXT & ILLUSTRATION 岡村裕次
武蔵野美術大学美術館・図書館 図書館棟
新しいタイプの図書館が誕生しました!

前回紹介させて頂きました多摩美術大学図書館の完成を追うように2010年の新学期にオープンをしました「武蔵野美術大学美術館・図書館図書館棟」を今回は紹介致します。1967年に完成した芦原義信設計の旧館が機能的にも、空間的にも現状に即さないところが出て来たため新しく図書館棟を新築し、その後旧館を美術館棟として2011年6月にリニューアルオープンをするようです。
JR国分寺駅北口からバス(20分)で行く事ができます。大きなキャンパスの正門入口から直進して5分ぐらい歩くと正面に美術館棟が見え、その脇にひっそりと図書館棟が存在しています。

設計は若手建築家として急成長中の藤本壮介です。スウェーデンの大学図書館などをはじめ次々に海外のコンペティションに勝利し、活躍の場を飛躍的に広げています。東京大学を卒業し、どこの設計事務所にも就職せず「自分なりの建築設計とは」を自問自答を繰り返していくうちに提出した青森県立美術館設計競技(2000年)にて2等となり、一躍有名になりました。その後安中環境アートフォーラム国際設計競技(2003年)にて見事一等となり、その鮮烈なデビューと斬新な提案は私も衝撃を持って当時見ていました。(安中環境アートフォーラムは財政の問題等で現在は設計凍結中)その後病院や住宅などの小規模の仕事で良い結果を着実に残し、建築界で誰もが知っているという地位を築きました。そして武蔵野美術大学図書館棟のプロポーザルコンペにて勝利し、はじめて巨大な建築を設計する機会が訪れたのです。武蔵野美術大学は多摩美術大学図書館の巨匠建築家伊東豊雄を意識したのか、逆の実績が少ない将来有望な若手建築家を大胆に登用したのです。

まずは概要から。2002年より美術資料図書館の整備計画が開始され、2007年に設計者が決まり、2010年に竣工を迎えました。地下一層、地上二層の鉄骨三階建てで、延べ床面積6419平米です。地下に安全接架方式の書庫があり、一階は美術・デザインの専門図書や特色あるコレクションを収集・保管した研究フロアになっています。二階は開架図書を中心とした学習フロアとなっています。展覧会カタログ、絵本ギャラリーが充実し、それらをはじめ準貴重書にも接する事が出来たりと極力全ての図書やコレクションが触れ、見える場所に置かれているのが特徴です。設計に二年、施工に一年かかっています。多摩美は図版系大型図書が多いという印象でしたが、武蔵美はマニアックな専門図書がとても充実している印象を受けました。

硝子で囲まれた本棚が門を形作っています


外壁が硝子+本棚となり、本棚が無いところが開口となっています
では、具体的に武蔵野美術大学図書館を紹介していきます。
本棚が硝子で四面囲まれた門型フレームがまず僕たちを迎えてくれます。硝子にはハーフミラーのフィルムが貼ってあるので、外の景色(樹木)が映り込んでおり、建築の存在感は少し希薄になっています。正面はすべて「ハーフミラー硝子+不燃処理された少し黒い本棚」という外壁になっています。本棚の一部が無くなっている所が窓のような役割となって内部の様子が外から見えます。外部に飛び出てきた本棚の壁が一部切り欠かれ門のような所をくぐると図書館棟入口にたどり着きます。周辺の大きく育っている樹木に囲まれ、このしっとりとした黒い硝子建築は少し神殿のようなある種の威厳を感じさせます。写真を見て頂ければわかるように単純にかっこ良い建築となっています。

雑誌コーナー・床の一部だけがフローリングとなっています


「本棚壁」で囲まれています
室内に入るといきなりすごい吹抜け空間の閲覧室となっています。天井を見上げるとストライプ上のトップライトから半透明のポリカを経て自然光が豊富に降り注ぎ、とても気持ちのよい空間が実現されています。吹抜けを横切るブリッジが吊るされ浮いており、これまた外観と同じく写真写り抜群です。天井が高すぎる感じもした吹抜けでしたが、長くいるとこの規模ではちょうど良い高さが実現されているという気がしました。そして見渡す限りの壁という壁が全て天井までの本棚になっています。本棚と言っても本で埋め尽くされている訳ではなく、いわゆる普通の壁を全部本棚にすり替えた感じ(「本棚壁」と勝手に命名)でして、ほとんど本が入っていない本棚で覆われています。そして床に目をやると、なぜか一部だけフローリングの部分があり、ジグザグと「本棚壁」を経ながら同心円上に繋がっていっているようです。これは何なのかと種明かしをしますと設計者の提案したこの建築の目玉である渦巻き状の本棚配置なのです。一階部分ではよくわからないのですが二階に行くと本棚の配置がなんだか変な事になっているのに気がつくと思います。「本棚壁」だけを見ていくと、貸し出しカウンターを中心として渦巻き状にぐるぐると配置されているのがわかります。(図1)ただ、一筆書きのように渦巻きにしてしまいますと迷宮になってしまいますので、「本棚壁」には沢山の開口が開いており横断が出来るようになっています。「本棚壁」開口下にフローリングを施すことでグラフィック的に渦巻きの痕跡を表現しているという訳なのです。

(図1)渦巻き状に配置された本棚壁。点線は開口部分
(図2)放射線状に同じジャンルの本が並ぶと配列

「図書館とは」という問いに対して藤本が考えたのは「検索性」と「散策性」という相反する性質が共存する場所であるという事でした。本を効率よく見つける「検索性」、書物の中をさまよい歩きながら意図せぬ本と出会ったりするような「散策性」を同時に成立させるには渦巻状の構成が良いという思いついた訳です。
なぜ渦巻きがこの問いにおける解答なのかがよくわからないと思いますので、簡略化した図を見ながら説明します。この図書館ではジャンル分けされた本が渦巻きに対して放射線状に配置されています。(図2)つまり「本棚壁」開口を通り抜けながら奥へ奥へと同じ分野の本が並んでいるという訳です。(これが検索性)一方渦巻きに沿って歩いていくと、どんどん違う分野の本がめくるめく現れるような感じとなっており、新しい本との出会いが産まれる可能性があるという訳です。(これが散策性)

二階閲覧室全景(屋外のように明るい図書館内部)


渦巻き状に配置されている「本棚壁」が正面を見ると感じる事が出来ます


「本棚壁」と「本棚壁」の間にも既製品本棚があります

この発見的な渦巻き状「本棚壁」配置は今までの図書館建築にはなかった形式です。確かに図書館を構成する要素として圧倒的な物は本であり、本棚であります。その本棚配置を操作する事で新しい空間を生み出そうと考えるのは自然であり、非常に理解ができます。そのコンセプトをもとに建築全体を作りきってしまったというのがこの図書館棟なのです。ちょっと振り返って外観の写真を見て頂くとわかるのですが、門型フレームのような硝子で囲まれた「本棚壁」は『外部まではみ出して来た渦巻き「本棚壁」の末端』というわけなのです。前回紹介した多摩美術大学図書館では本や本棚は建築というよりも家具に属している感じでここでしたが、ここでは建築や空間を作る際の不可避な存在として扱われている事が大きな特徴で、図書館ならではという建築の形式を生み出しているともいえます。


ブリッジにはインターネット端末が配置されています

では、実際その空間は実現されているのでしょうか?前知識がある僕はその渦巻き空間を意識しながら彷徨ってみたのですが、ほとんど渦巻き状の空間を感じる事が出来ませんでした。あまりにも「本棚壁」に開口が開いてしまっているので自然と渦巻き方向に誘導されていくことはありませんでした。「本棚壁」以外にも既製品本棚が配置されているのですが、その背が高いので、下や本を見て歩いていると単に本棚の間をランダムに歩いているだけのような感じだったのです。改めて写真で見てみると確かに空間の方向性を感じるのですが、現地で普通にぶらぶら歩くだけでは感じなかったのです。そして藤本がコンセプトで語る「書物の森を彷徨う」という感覚は自然光による明るさで屋外的な感覚はあり、素敵なのですが、本の森に囲まれている感じはしませんでした。「本」ではなく、「空の本棚」に囲まれているので本が詰まった本棚で囲まれたときに感じる尊厳な感覚は無かったのです。とはいえ、本棚配置を何も考えずにランダムに配置する事は出来ないですし、決定要因がありません。意図がある本棚配置でも、こうして意図がわからないぐらいに周囲に溶け込んでいることも暑苦しい空間ではなくて案外良いのかもしれないという事も感じました。結果的にちょっと不思議な空間がこうして発明されているのは十分に面白いと思いました。

全体としてこの規模全体をまとめあげる力強いコンセプトを考えだした力量、そして大規模空間に於けるスケール感覚の秀逸さは今後の建築界を担っていく建築家藤本壮介の才能の片鱗を感じさせました。同時に既存の図書館形式から脱して前に一歩踏み出すことを認め、支援する武蔵野美術大学の姿勢も賞賛すべきだと思いました。
ただ、小さな事なのですが素材や細部が気になりました。本棚で使われている素材はシナ合板と言う柔らかい材料で作られており、合板を切った断面は0.6ミリ程の薄いテープで貼ってあるのです。住宅などではよく使う素材ではあるのですが、こうした不特定多数の人が長期間、ヘビーに使う事を考えると劣化が早く起こるのではないかと感じました。その他、本棚の奥行きが浅いので美大に多い大型本が飛び出している点なども気になりました。

床にカテゴリーが印刷されています。
サインがいろいろなところに配置されています

建築の他にも見所は沢山あります。武蔵美の客員教授である佐藤卓デザイン事務所によるサインです。放射線状に同じカテゴリーの本が並んでいる事がわかりやすくないと「検索性」が実現できません。また「本棚壁」によって見通しが効きませんので、自分の位置を把握することが難しくなってきます。よって、床にサインを施したり、あらゆる場所にカテゴリーを示す巨大なナンバーが配置されています。そして武蔵美の客員教授である深澤直人デザインによるブックカートがあったり、世界の名作椅子が点在していますので、楽しめる部分は盛り沢山です。是非、渦巻き状に配置されている「本棚壁」空間を全身で感じに現地に行ってみて下さい。

芦原義信設計のモダニズム建築です

利用方法はこちらに、見学方法はこちらに掲載されています。
そして帰りには1964年に芦原義信が設計した4号館が2009年に耐震補強を含め再生されていますので、そこに寄って頂きたいと思います。カフェが併設されていますのでゆっくりとお茶を飲みながらモダニズム建築が持つ力強く素敵な空間を堪能してみて下さい。



著者のプロフィールや、近況など。

岡村裕次(おかむらゆうじ)

1973年三重県生まれ
建築家(建築設計事務所TKO-M.architectsを主宰)
ウエブサイト  TKO-M.architects
建築がもつ不自由さが気に入っていながら美術の自由さに憧れるそんな矛盾した建築家です。6月から美術Academy&Schoolから「建築散歩」講座がはじまります。身近に存在する建築を僕と一緒に見て回りましょう。

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