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米松の大径木
TEXT & ILLUSTRATION 岡村裕次
多摩美術大学図書館
この図書館に行けば、多摩美に入学したくなります!

前回は少し脱線をしましたが今回から通常に戻り見に行った建築物を紹介していきますね。
2007年に多摩美術大学八王子キャンパス内に建てられました「多摩美術大学図書館」をとりあげます。JR横浜線・京王相模原線橋本駅北口からバス(8分)か徒歩(20分)で行く事ができます。大きなキャンパスの入口付近にあるので、すぐわかります。

設計はいま日本を代表する建築家である伊東豊雄です。王立英国建築家協会ロイヤル・ゴールドメダル賞、第22回高松宮殿下記念世界文化賞等、数々の賞を受賞しており、日本の現代建築を引っ張っていく存在です。妹島和世をはじめ様々な有名建築家を排出していく事務所でもあり、所員を巻き込んでいきながらも伊東テイストの建築を作り上げる手腕も有名です。近年はその活躍フィールドを世界に広げ、第一線で良い仕事を披露してくれています。更には愛媛に自分の美術館を建築中(2011年夏頃オープン予定)だったり、建築の教育を始めたりとその活動はますます広がっています。代表作である仙台メディアテークなどは市民が最も利用し、愛されている公共建築の一つとして有名です。

事務所内でこの建築の担当したのは現在独立して若手建築家として活躍している中山英之です。多摩美図書館のHP等で使用されているほんわかかわいいイラストは全て中山作です。

まずは概要から。多摩美術大学が時代の変化や、来るべき少子化時代を見越して90年代半ば頃から「八王子キャンパス計画」と称した大規模施設整備の一環の目玉として多摩美の客員教授である伊東豊雄が設計した図書館です。既存の図書館のキャパが不足して来た事、映像系メディアの収蔵に未対応という事から、新築の目標蔵書数は30万冊、うち10万冊は開架、300席の閲覧席にするという計画でした。設計に一年半、施工に一年三ヶ月かかっています。免震構造。

屋内の様子や反対側の景色もよく見えます
緩やかにカーブしているファサード。硝子とコンクリートがツライチです

では、具体的に多摩美術大学図書館を紹介していきます。
正門を入る前よりゆるやかで、かつ長く続く坂を登っていく途中にその図書館は存在しています。面白いのが建物の形が平面的に緩やかに湾曲して、迎えてくれるような形をしています。そのおかげでどの方向からアプローチしても反射の少ない正対する硝子面が存在するので図書館の内部の様子がよく見る事が出来ます。更にどんどん近づくと硝子とコンクリートの面がそろっており、かつコンクリートの表面もとってもつるつるできれいです。硝子もコンクリートも同じような質感が不思議な感覚を覚えます。まるで車と同じぐらいの精度で建築が出来上がっています。

通り抜ける事が出来るアーケードギャラリー
奥に見えるのが図書館です。主に硝子で区切られています

室内に入ると外から続く緩やかなスロープが屋内にも続いています。つまり建物の床が緩やかに傾いているのです。(約1/20勾配)これはすごい事です。斜めだとテーブルや椅子などの家具が置けないから、そんな建築はほとんど存在しないのですが、それが当たり前かのように目の前に存在しています。その事実に驚きつつ大きなロビーの中をさまよいます。どうやらここは学生の作品展示ギャラリーやレクチャーの場所として使われるような空間となっているようでして、図書館に用事がなくても通り抜けが出来るようになっています。(アーケードギャラリーと名付けられています)特に用事がなくてもふらりと図書館の前を通ることができるなんて素敵なことが考えられていました。床が傾斜している事で様々な高さで視線が交差し、それだけで面白い空間となっているのでこの時は何も展示されていなくても楽しめる空間となっていました。

そして驚くのは構造にもなっているコンクリートで出来たアーチです。詳しくはこちらをご覧ください。非常に薄い形の違うアーチが不規則に並んでいます。よく観察すると見えてくるのですが、スパンの違うアーチが曲線を描きながら建物内を横切っています。それと90度に近い角度で交わっているもう一つのアーチで空間が構成されています。(平面的に見て網戸を引っ張ったような感じアーチが交差しています)視覚的にも空間的にもアーチで囲まれた向こうとこちらは連続しているのですが、アーチによって緩やかに囲まれている感じも受けます。ただドーンと広いだけでなく安心感もあるという相矛盾した感覚を覚えるのです。

雑誌用の開架書庫です
映像資料が見れるスタンドテーブルとStitz(椅子)です

そんな新しい空間との出会いに衝撃を受けながら、ロビーの中腹から図書館に入ると、そこから下った部分が雑誌や映像などの開架書庫でした。上った部分は事務所です。重力の動きに従って下がってくと、実に不思議な什器(家具)に出会います。これらの家具デザインはほとんどがオリジナルデザインで、伊東さんと同じく客員教授の藤江和子です。緩やかに傾斜する床という難題をデザインの力で乗り越えていて、家具も見応え十分です。床を斜めにするという条件を与えると今まで当たり前だと信じて来た慣習から開放され、全ての存在のあり方が急に豊かになって来ているという感じさえしてきます。
まっすぐなテーブルに斜めの床となると、椅子の高さが変わってくるのですが上記右のような写真の感じになっています。この椅子はWilkhahnのStitzでして、床と接する部分が空気入りのゴム製になっており、高さが変えられます。背が高い人はこの場所が座りやすいなどその人にとってベストな配置が探せそうでして、ある意味親切設計です。雑誌の開架書庫はテーブルの上に平置きされているのですが、これは床に従って天板が傾斜していますので床からの高さは一定になっています。(上記写真左)そうなると必然的に坂の上からは雑誌コーナー全体が見下ろせるようになります。これらテーブルの高さや椅子の高さがまちまちというだけでもなんだか不思議な光景が広がり、ちょっと変な感覚を覚えます。
一番床が下がっている溜まりの部分には空飛ぶ絨毯!?のような家具が設置されていました。寝転びながら本を読んだりも出来たり、どうやって利用するかが利用者側にゆだねられている家具だと思います。雑誌はどんな格好をしてみても良いんだよという自由さをこの家具が物語っているように感じ、とても嬉しくなりました。

有機的な階段もとても丁寧にデザインがされています
アーチをつきぬけるにょろっとした絶妙な高さで設計されている本棚(アルミハニカム板)

有機的な階段を使って二階へと上ると、そこがメインの開架書庫です。アーチによって緩やかに分節された空間の中をまたしてもにょろっとしたリボン上の本棚(高さが1300ミリ)が横切っています。分節されながらも流動的な空間である建築のコンセプトが家具でも表現され、強化されているかのようです。その本棚と本棚の間に囲まれた隙間に手に取った本が側でも読めるようにソファーや椅子・テーブルが配置されています。そこに座ってしばらく本を見ていると、ちょうど良い高さの本棚に囲まれ、落ち着いた囲まれ空間になっている事に気がつきます。
読み終わって席から立ち上がると今度は急に全体が見渡せることができるようになり、綿密に家具高さが設計されている事がわかります。ここの書架では主に写真集やカタログのような大判の美術書が配置されており、収納されている本の大きさがまちまちです。座っていても背板がない本棚越しに向こう側もちらっと見えたりするのも計算ずくなのか、美術大学図書館の特徴をうまく活かしている気がしました。

本棚と本棚に囲まれた空間
採光の変化がない北側に向かってカウンター閲覧席があります

眺望が良い方角の外壁部分に面したところはカウンター形式になっており、独りで夕日を見ながら本をゆっくり読みたくなるような感じです。椅子も木製でかわいく、大きな照明が隣人の気配を少なくしてくれそうです。

他にはもっと高密度な背の高い本棚や閉架書庫もありますし、地下には集密書庫や保存書庫があり要求事項は満たしていました。


にょろっとした本棚がアーチを突き抜けています



アーチがデザインモチーフとなっているオリジナルテキスタイル


煉瓦などの組積造アーチの古典的イメージが現代の最新技術や施工精度を用いて抽象化されており、僕にとっては今までに感じた事がない新しい空間であると感じました。基本的には空間を壁で仕切るというのが通常ですが、そうではない緩やかな分節方法がアーチというボキャブラリーを使って模索されています。アーチ形状が必然的に持っている天井に行くに従って緩やかに囲まれていくという性質をうまく利用して分節がされており、そのアーチは構造的にも合理的です。そしてその柔らかく分節された空間を突き刺すように家具が配置されていることで、ちょっとまとまっている空間が床に近いところで流動化している感じが素敵でした。そして前衛的な建築にありがちな使い勝手の悪さを感じませんでした。一階の傾斜床は長時間本を読むには向いていませんが、あくまでも雑誌を見たり、きちんと座って映像を見るという機能に特化させることでうまく回避されています。また、一階の事務所部分の床は傾斜ではなくきちんと平らになっており、無理矢理感はありません。また4周ガラス張りであるのですが、特注のカーテン(デザインはNUNOの安東陽子)や植栽で日射対策が予めされており、ここでも無理がありません。経年変化しやすい安っぽい素材もありませんでしたし、すぐ汚れるような外壁仕様でもなく、いままでの伊東事務所が蓄えて来た技術がきちんと結集されている安定感を感じる事が出来ました。これはきっと多摩美の学生(利用者)に長く愛してもらえる建築になるのではないかと思ったのです。

素材は「コンクリートと亜鉛メッキされた鉄と硝子」というつるつるピカピカのいわゆる現代素材を使いながら新しい空間に挑戦をするというのはとても厳しい条件です。昔からの素材を使う事に逃げる事や、現代の材料を使ってきれいに作る事はある種簡単なのです。この多摩美図書館はアーチ形状が持つ柔らかなイメージや、曲面をもつ階段や什器、柔らかな光を供給する間接照明、柔らかな素材感を持つ布と建築というハードがうまく融合して柔らかさを演出しているところもすごいところなのかもしれません。家具や布などを他の専門デザイナーに任せるなどしてコラボレーションがとてもうまくいっており、何でも自分でデザインしたがる建築家の欲が捨てられているところに懐の深さを感じました。脱帽です。

僕にとっては近年で見学させてもらった中では一番のよい建築だと思っています。ぜひ、実際に足を運んで頂き、五感でこの建築を経験して下さい。利用方法はこちらに、見学方法はこちらに掲載されています。近くに鹿島建設がデザインしたカフェもありますし、お散歩がてら見学をしてみることをお勧めします。






著者のプロフィールや、近況など。

岡村裕次(おかむらゆうじ)

1973年三重県生まれ
建築家(建築設計事務所TKO-M.architectsを主宰)
ウエブサイト  TKO-M.architects
建築がもつ不自由さが気に入っていながら美術の自由さに憧れるそんな矛盾した建築家です。
6月から美術Academy&Schoolから「建築散歩」講座がはじまります。身近に存在する
建築を僕と一緒に散歩しながら見て回りましょう!

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