topcolumns[米松の大径木]
米松の大径木
TEXT & ILLUSTRATION 岡村裕次
根津美術館
いま最も注目されている隈研吾の仕事です。

今回は「根津美術館」をとりあげます。
東京の明治神宮の表参道であるみゆき通り沿いにある私立美術館です。住所は東京都港区南青山という商業施設が建ち並ぶ一番最後にある最高の場所にあります。

政治家、実業家でもある初代・根津嘉一郎(息子である長男が嘉一郎の名前を名乗ったので初代がつく)が収集したコレクションを展示する為に作られた美術館です。東武鉄道の第三代社長でもあり、数々の赤字企業や鉄道の再建をして来た人のようです。蒐集は実に多彩なもので絵画、写経、水墨画、近世絵画、中国絵画、漆工、陶磁、刀剣、中国古代青銅器など日本・東洋の古美術であり、現在では国宝7件、重要文化財87件、重要美術品93件を含む約7000件を収蔵しています。

敷地は根津嘉一郎の私邸跡であり、4棟の茶室が点在している広大な日本庭園(約17000平米)が丁寧に手入れされながら維持されています。東京の商業地という場所にこれだけの緑が維持されている事だけでも素敵な事だと思います。1941年(昭和16年)に開館し、増改築を繰り返しながら維持をしていたのですが老朽化にともない平成18年より3年半をかけ隈研吾による設計で新たな展示館(本館)を建設しています。(なお、旧本館の設計者は今井兼次

簡単に設計者の紹介をすると、今もっとも活躍する日本建築家の一人と言って間違いありません。頭脳明晰であり、時代感覚、バランス感覚などに優れており、どんなお仕事でもクライアントとぶつかる事なく器用に良い仕事ができる建築家です。アトリエ系建築家の中でも数多くのプロジェクトと100名程度の所員を抱える大事務所になっており、最近では海外のコンペでも勝ち抜くなど頭角をめきめきとあらわしている旬な建築家です。

都会の喧噪を忘れさせるような演出です。軒の高さは低いところで2.7メートル


この鉄骨柱は中は空洞ではなく全部鉄です

では、具体的な建築の概要を説明します。地上2階・地下1階の鉄骨鉄筋コンクリート造であり、延べ床面積約4000uです。地下には講堂、一階はミュージアムショップと展示室が3部屋、中二階にラウンジ、二階に展示室が3部屋が配置されています。(その他、一般の方は入れない場所に館長室などがあります。)
まず、敷地内に入ると90度回転して半屋外である3.6メートルの庇の下を40メートル弱歩く事になります。建物側の壁には直径3センチほどの竹がまるで垣根のように並んでいます。更に90度回転するとエントランスとなり、室内に入ります。入って正面に建物の奥にある巨大な緑(庭)が「ダァーン」と見えるようになっており、右側にミュージアムショップ、左側に展示室という構成です。一階は主に企画展示を行っており、二階はテーマが決まっている展示を入れ替えるような展示室となっています。

構造設計者、設備設計者は施工者でもある清水建設です。展示室部分は作品保護の為にもコンクリート壁で囲まれたしっかりとした構造となっており、見せ場が一階入口入って庭園が見える場所です。ここは無垢の鉄骨柱を使用して石の彫刻・庭・館内が一体的になるように極力透明な壁にして、構造の気配を極力消去しようとしています。
こういった構造などを担当する設計共同者がいわゆる会社であるゼネコンですと融通がききにくい事が多く、アトリエ設計者は個人名を出す構造設計者と共同することがほとんどです。しかし、隈はそういった条件下でもクオリティーを保った建築を作り上げる懐の深さも隈の大きな特徴と言えると思います。

建築物は第51回毎日芸術賞受賞しています。

以上が、教科書的な根津美術館の解説です。

まず、日本庭園の前に現代的な鉄とコンクリートとガラスの建築を作る事は出来ませんよね。そうなると、いわゆる和風建築をどうやって料理するのか?を注視して見ていくとこの建築が面白く見えて来るのかと思います。

屋根が瓦ですがとってもスッキリと見えます


軒先は薄く、屋根材は鉄板で隙間が空いています


パラパラしている感じ、伝わりますかね?


クライアントからの要求で旧館でも使用されていた桟瓦を使用する事は決められていたようですが、存在感のある屋根の扱いはこの建築の中で一番重要な要素だと感じると思います。特に瓦となると厚みがあり、役物の種類が抱負で、勉強して知識が増えれば増えるほど過去の様式にとらわれてしまいそうです。しかし隈はここで一切の役物を排除し、シンプルな表現を試みています。良くある棟(頂上)は瓦が何重にも積み上げていたり、鬼瓦があったりするのですがそういった物は排除され、薄く板金で仕上げられており、桟瓦がきれいに並ぶところだけを残しています。
特にアプローチ部分から印象づける要素として軒先の表現です。この軒先は厚みが40ミリとものすごく薄く出来上がっており、しかも屋根材は鉄板(通常は板金)で仕上がっています。鉄板ですと熱による伸縮があるので、少し隙間を空けて設置されているのが見上げると分かります。更に見ると外壁も隙間が空けて屋根と同じ鉄板(亜鉛メッキリン酸処理)が貼られています。

「なんだでだろ」とを思いながら内部に入ると、壁よりも切妻の天井がまず目に入ります。屋根が地面近くまでおりて来ているのでその印象が強いのです。その竹が貼付けられた天井がこれまた離されて吊られており、隙間のスリット部分から照明器具が顔を覗かせています。まるで書き割りのように素材が厚みを感じさせず、かつ隙間を空けて分節させられて用いられているのです。なんというか様々な要素が「パラパラ」としているのです。明らかに何らかの意図があるのでしょうが、「べとっ」とした湿気の多い日本的な感覚から逃げるようになのか、本物の素材を厚みをなくして「カラッ」と見せる事で抽象度が上がっているような気がしました。なんというか、素材が固有に持っているイメージを極力そぎ落とし、抽象化しているような感じなのです。一階床材も厚みが30ミリもある砂岩を使用しているのですが、厚みを感じさせるようなデティールはありませんし、石の模様もあまり特徴がないものを選択している感じがしました。二階床材も本物のコルクなのですが濃い色なので展示室の照明では一切素材感を感じさせません。壁は床材と同じですが、壁に照明など突起物は一切なく、壁の存在は極力消去しようとしているように感じました。全体的にみると本物の素材を本物らしく見せるのではなく、どちらかというと偽物らしく見せている感じなのです。これが何を意図するのかはちょっと分かりませんが、全体的に軽い印象に繋がっているとは思いました。薄い液晶に映る画像のような感覚なのかも知れません。石上純也が建物と地面とを少し浮かしたり、素材のすべてを白く塗ったりするようにして求めている抽象性というのと、もしかしたら近いのかもしれません。

次に展示室内部です。日本画など最も痛みやすい展示品の為に展示室はかなり暗めですが、展示ケースなどが実に丁寧に、きれいに作り込まれています。照明はLEDが使われているようですがどこに照明が仕込まれているか全く分からないようになっていますし、眩しさも一切ありません。展示室中央に置かれている独立した展示ケースは通常展示品の上にブラックボックスがあり、その中に光源が仕込まれかなり分厚い箱になります。しかしここでは照明が小さいLEDである為かとても薄く作られており、電源を供給するコードもガラスの継ぎ目部分にうまく仕込ます事で、展示ケースの存在感を感じさせないような完璧な作り込みがされていました。この辺の完成度の高さは隈事務所がもつレベルの高さを感じさせられました。


三面森に囲まれたNEZUCAFE


トップライトとそうでない部分の区別が仕上では全くありません


最後に別棟としてNEZUCAFEも秀逸です。料理そのものはちょいとお高めではあるのですが、空間的には魅力ある物となっています。本館よりもカフェという機能上での規制は少ないので、ノイズを消してミニマルにするというより現代的な表現が多用されています。本館のような隙間によるパラパラ感を感じませんでしたし、ある意味普通にきれいに出来ている建築でした。
カフェ客席部分の三面は完全にガラス張りとなっており、まるで森の中にいるような感覚にさせられます。ノイズとなる構造は薄いフラットバーが二本しか客席部分には存在しません。天井面はトップライトがある部分もない部分も同じ面となり、同じ素材が凹凸が一切なく貼られていますし、屋根も薄く、厚みも素材感も消されています。各部分においてノイズを消す作業が徹底されており、いわゆる現代建築として丁寧に作られていました。

総合的な感想としては「うまい!」です。空間構成は特に面白い訳ではありませんが、全体的な見せ方として欠点を感じさせず隅々までサービスが行き届いている感じがしたのです。いわゆる日本建築を現代の技術や材料を使ってパラパラと見せる事で隈なりに抽象化している事も見ていくうちに理解する事が出来ますし、難しい問題にもきちんと答えています。あえて欲を言うとすれば、うますぎるという感じでしょうか。悪く言えば特徴がないのです。すごく良い部分や、愛すべき欠点がないので秀才という感じなのです。まるでハリウッド映画を見ているように、「映画を見ているうちは楽しくてドキドキするのですが、何日か経過するとどんなストーリーだったか忘れてしまう」というわけです。分かりやすぎるストーリー展開は「あー面白かった」で終わってしまい、疑問や余韻が心にあまり残りません。しかしフランス映画のような不思議な部分や意味不明なところがあると、映画を見終わった後に余韻やわだかまりを残しますよね。とはいえ総じて優れた建築である事は間違いありません。

もし訪れていない方がいれば是非脚をお運びください。場所や休館日はここに書かれています。根津美術館の特徴として見る物が建築や美術だけではなく都会としては広大な庭園がある事です。庭園をゆっくりとまわり、少しそこに腰を下ろしてみるだけでも都会にいる事を忘れさせてくれますし、美術館にて日本人が育んで来た美術や工芸品を見るなかで、その美しさを自分なりに発見する事が出来るかもしれませんよ。






著者のプロフィールや、近況など。

岡村裕次(おかむらゆうじ)

1973年三重県生まれ
建築家(建築設計事務所TKO-M.architectsを主宰)
ウエブサイト  TKO-M.architects
建築がもつ不自由さが気に入っていながら美術の自由さに憧れるそんな矛盾した建築家です。

topnewsreviewscolumnspeoplespecialarchivewhat's PEELERwritersnewslettermail

Copyright (C) PEELER. All Rights Reserved.