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米松の大径木
TEXT & ILLUSTRATION 岡村裕次
インスタレーションをやり始めた建築家
建築家はアートもできます!?

今までの5回の連載で最近の建築における傾向を書いてきました。いままでの建築家は公共建築をその活躍するフィールドとしてきましたが、社会構造の転換もあり商業ベースにも建築家は活躍の幅を広めて来ました。そこでは今までとは違ったアプローチで建築を作り上げなければならないため、様々な作り方が模索され、建築家が表現する領域や範囲が拡大しはじめている感じがしています。錯視などの視覚的効果を活かした建築ファサード、抽象化を推し進めた表現、私性から作り上げる空間など、まるで美術作品を作るような自由度が建築にも発見されてきたのです。そんな器用さが出て来た若手の建築家は今まで仕事の範疇ではなかったインスタレーションなどの美術領域まで活動範囲を広げ、美術館で建築家の個人展覧会が行われるようにまでになりました。

建築家が美術領域に広がっていくきっかけの一つとして北川フラム五十嵐太郎両氏の存在が大きいと感じています。

まずは北川氏です。
1999年より開催されている「代官山インスタレーション」は北川氏が代表を務めるアートフロントギャラリーが事務局をしています。審査員は建築家で、代官山の街並みを作り出し続けている槇文彦氏が入っているので建築学科の学生やアトリエ系設計事務所で修行をする建築家の卵が沢山応募するきっかけになりました。建築系の人材は実物を作る前に事前にクライアントにプレゼンテーションで引きつける能力を鍛えているため、アートを専門とする人たちと肩を並べて建築系人材が多数入賞することになったのです。実際に製作されて実現した若い学生や若手建築家による作品は今までの「インスタレーション」という敷居を下げ、建築系が参入する大きな要因になったのではないかと思うのです。
また、逆に北川氏も審査員に建築家を入れた時の公募に対する建築系の勢いや建築家の作品を見に来る建築系学生の集客力に目を付けたのかもしれません。

1994年に北川氏が関わった「ファーレ立川」では建築家という存在は関わっていなかったのですが、代官山インスタレーション以降の「越後妻有アートトリエンナーレ」や現在行われている「瀬戸内国際芸術祭」では建築家とのコラボレーションを積極的にプロデュースしています。このような地域再生のイベント時にアート作家を呼び現地に作品を残す以外に、建築家に建築作品を作ってもらう手法を活用し始めました。有名建築家の建築はすごい集客力を持つものなのです。こうして建築家の役割の一つに「街や地域再生と関わる役割」があることを実際に作品を残す事で実践させ、私たちに認知させて来た事は大きいのではないかと思っています。

次に五十嵐氏です。
専門は建築史家として建築系の本を執筆したり、レビューなどをしているのですがゲームやアニメなどのサブカルチャーから美術まで幅広い知識を持っています。その知識力をきっかけに五十嵐氏は様々な公募コンペの審査員として呼ばれるようになっていきました。それは建築分野にとどまらずアート分野である「キリンアートプロジェクト」等の審査で他の美術評論家、美術作家と肩を並べていく事になっていきました。これもまた、建築系人材がそれらのアート公募に応募するきっかけとして作用していると思います。
五十嵐氏自身が建築家の職能や活躍の場を広げたり、応援するというスタンスを取っている事もとても大きな点です。批評家というスタンスではなく、理論的な援護者という感じでしょうか。建築家のアート的な面を引き出し、アートの歴史的位置づけを建築家に代わって行う事で建築系人材が多くアート業界に進出できるきっかけを作ったと言っても過言ではないと思うのです。2005年「キリンアートプロジェクト」で審査員であった五十嵐氏が選出した石上純也氏はその後五十嵐氏と並走しつつ建築界でも美術界でも大活躍を遂げています。例えば第11回ベネチアビエンナーレ国際建築展では五十嵐氏が石上純也氏をアーティストに指名した提案をし、キュレーターとして選出されています。更には9月18日から豊田市美術館で「石上純也展」が開催されることになっています。その他では「アーツ・チャレンジ2008」および「アーツ・チャレンジ2009」や「あいちトリエンナーレ2010」でも建築系人材を入賞させ、建築系をアート界で育てていこうというスタンスを感じさせてくれます。
確かに建築系人材は構造設計者など技術的な面をバックアップする人材が近くにいて、毎日素材とは戯れています。実現可能性に向けての検証能力、段取り、無料で働いてくれる学生を集めて作りあげる団結力など美術系とは違った特徴をアート作品で活かせるポテンシャルはあるのかもしれません。それにうまく五十嵐氏によるバックアップでスポットライトを当ててもらい、表舞台に建つ事ができた人は沢山いるのではないでしょうか。

こうした北川・五十嵐両氏の活動をきっかけに建築系人材がインスタレーション公募やアート公募に応募をするという行為が畑違いと感じるのではなくメジャーになって来ているのではないかと思うのです。今までは「建築家がインスタレーションなんてちょっとちゃらいね」という風潮があったのですが、いまや「ちょっとアートやってる方がおしゃれだ」というように大きく変わって来ているのです。

しかし、この建築系の進出も最近になってすこし歯止めがかかるような事柄が起きていました。「こたつ問題」と言われているようで、前出の越後妻有の公募展2009で審査を通過した建築系人材(学生)による実際の作品の出来があまりにも悪すぎたようなのです。その結果、建築系は美術系よりもプレゼンがうまいだけに要注意!という風潮も産まれているようで、これからが本当の勝負の時期なのかもしれません。

どちらにしろ建築系人材の活躍するフィールドが広がる事は良い事ですので、皆さんにがっかりさせないような作品をどの分野でも残す事を僕たち建築家はしていかなくてはいけませんね。


著者のプロフィールや、近況など。

岡村裕次(おかむらゆうじ)

1973年三重県生まれ
建築家(建築設計事務所TKO-M.architectsを主宰)
ウエブサイト  TKO-M.architects
建築がもつ不自由さが気に入っていながら美術の自由さに憧れるそんな矛盾した建築家です。

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