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美術散歩


明確なコンセプトを示すグルスキー展

TEXT 菅原義之


アンドレアス・グルスキー氏

 
 写真展ってそれほど多くを見ていないが、特に印象に残っているのは「ドイツ写真の現在」展(2005、東京国立近代美術館)、「森村泰昌展・なにものかへのレクイエム」(2010)、「畠山直哉展」(2011)、いずれも東京都写真美術館、2011年の「アーティストファイル展」で見た「松江泰治」の作品などである。これらは特徴的な写真展であり、これらを見ることで都度写真に対する認識を新たにしたものである。今回のグルスキー展も非常に関心を持って見ることができた。
グルスキーの写真を見て素晴らしいと思うのは、コンセプトがわかりやすく素人なりに理解できることである。ここが興味を持たせるところかもしれない。写真を熱心に撮り、ときどきコンテストに出品する素人写真家を知っているが、一生懸命にとっても先生にここをもっとこんな風にと言われる。これを繰り返し次第に上達するという。構図、対象の選択の巧拙などいろいろあるだろうが、これは技巧上の問題であろう。グルスキーの作品を見るともちろん技巧上の問題は当然クリアしたうえで、いわゆるアート作品として人の心を捉える。ここが素晴らしいと思う。これこそ明確なコンセプトの持つ魅力かもしれない。以前「ドイツ写真の現在」展で、ベッヒャーの写真を見て非常に興味を持ったものである。タイポロジー(類型学)というのか、面白い発想である。素人にも分かりやすい。考え方が分かるからである。この部分をグルスキーも引き継いでいるんだろう。

《カミオカンデ》(2007年)、タイプCプリント、228.2×367.2×6.2cm
© ANDREAS GURSKY / JASPAR, 2013 Courtesy SPRÜTH MAGERS BERLIN LONDON




展示風景、右《ルール渓谷》

 
今回の「アンドレアス・グルスキー展」(国立新美術館7.3〜9.16)で面白いと思ったものは数多くあるが、順次記してみたい。
一つは、巨大と微小とでもいうのか、自然の大きさに対して見えるか見えないほど小さい人物の存在する作品が何点も登場する。このようなタイプの作品が多く見られた。自然だけでも素晴らしいが、ちょっと寂しい。絵ハガキ的だからであろう。微小であり、わずかであっても人物が見えることで印象が変わる。暖かみというのか、叙情的というのかそんなものを感ずる。ここがグルスキーの着眼点であろう。この落差を意識的にとらえるところが面白かった。このタイプは、時代も広い範囲にわたっている。例えば、《クラウゼン峠》(1984)、《釣り人》(1989)、《ナイアガラの滝》(1989)、《ルール渓谷》(1989)、《エンガディン地方》(1995)、《グリーリー》(2002)、《カミオカンデ》(2007)などである。早い時期から2007年頃までこのような手法で撮っている。彼の主要なコンセプトの一つであろう。

 また、経済活動、社会の活発な動きなどを捉えた作品。ここからは動き、騒音などが伝わってくるようである。例えば、《東京証券所》(1990)、《メーデーV》(1998)、《シカゴ商品取引所》(1999)など活動的な場面を捉えている。特に《東京証券所》は、群衆が登場する初めての作品だとのこと。これまでの作品の範囲を超えて、経済、社会面にまで対象を広げたということかもしれない。



展示風景、右《パリ、モンパルナス》


展示風景、左《フランクフルト》

 
 なぜか人の心を揺さぶる作品も見られた。例えば、《パリ、モンパルナス》(1993)、《フランクフルト》(2007)が特に印象に残った。両者とも大きな作品である。前者は、モンパルナスの17〜18階もある巨大なアパルトマンを撮った写真である。これは2つの撮影ポイントから写したものを組み合わせて作品にしたものだそうで、アパルトマンの窓から中の様子が小さく見える。個々人の生活がそれとなく分かる。ほのぼのとした感じを抱かせる。後者は、フランクフルト空港の様子を撮影したもの。空港内の細かい行き先を表示した案内板とでもいうのか、ロンドン、成田、パリ、ニューヨークなどかなり詳細な掲示である。大空港だからであろう。作品の前に立つとその掲示から世界の多くの人々の行き来がひとりでに想像できる。そこには人びと再会、別離などが浮かんでくる。両作品ともにふと心が動かされた。

《99セント》(1999年)、タイプCプリント、207×325×6.2cm© ANDREAS GURSKY / JASPAR, 2013 Courtesy SPRÜTH MAGERS BERLIN LONDON



 構図の捉え方の面白い作品も見られた。さすが、と思う。一見して分からなかったのが、《図書館》(1999)だった。タイトルを見てそうか、と。分かればなんということはないが、それにしても面白い撮り方である。グルスキーならではであろう。ユーモアを込めているのかもしれない。また、《99セント》(1999)は、日本でいえば、スーバー・マーケットか、100円ショップ内の商品の展示風景を撮ったもの。天井の桟から商品展示棚まで全て横のラインが平行に走り、そこに色とりどりの商品が整然と並んでいる。撮り方が凄く面白い。これもグルスキーならであろう。見た瞬間感心した。

 抽象絵画と言ってもいい作品も何点も見られた。例えば、《ライン川U》(1999)は、川そのものを撮っているが、川の両側の緑と小道が全て平行に走っている。横一線に帯のように見えミニマル的である。パーネット・ニューマンの作品をふと想像もさせる。一種の抽象絵画と言ってもいいかもしれない。このように見ると抽象絵画と思われる作品はほかにもいろいろあった。そのように思わせるところがさすがグルスキーだな、と。特に「バンコクシリーズ」(2011)は、タイのバンコクを流れる川面を撮ったものだそうだが、川面に映る光の揺らぎこそまさに抽象絵画と言っていいであろう。

 まだまだ記したい作品は多かったが、このようにグルスキーの作品はかなり高度の技巧とともに、何を目指しているか、何を言おうとしているかが、素人の我々にも分かる作品が多かった。そして初めに記した巨大と微小を対象にするだけに留まらず広い範囲で制作している様子が手に取るように分かった。それほど多く写真を見ていない私にも写真に対する興味をそそるに相応しい展覧会だった。

 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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