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美術散歩


宮島達男の大作《Mega Death》を国連本部の壁面に

TEXT 菅原義之


Life (rhizome) No.2 2012 203.5 x 293.5 x 4.7 cm LED, IC, microcomputer by Ikegami program, electric wire, passive sensor, stainless iron frame Photo : Nobutada Omote Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE

 SCAI THE BATHHOUSEで宮島達男の新作《LIFE I-model》を見た。多数のガジェットがひっきりなしにそれぞれの速さでカウントダウンを繰り返していた。4色のガジェットの点滅するさまはなかなかきれいだ。新作はカウントダウンの速さが、これまでの規則性あるものと異なりランダムになり、自然界の生命体のように周囲の環境などにより自在に変化しうるものとなったそうである。これ等の作品の点滅をじっと見ていると、きれいだというほかにガジェットの意味するもの、人の「生」と「死」が浮かんでくる。現代に相応しい洗練された表現だとつくづく思う。


Death Clock for participation (screen image)
2003
Courtesy of TGA, SCAI THE BATHHOUSE


 
 宮島にはいろいろな作品がある。その中の一つが《Death Clock》だ。一種の観客参加型の作品である。参加者はあらかじめ自分の死亡時期を推定し、その時期までの時間を秒単位で設定する。膨大な数字だ。テレビモニターには参加者と膨大な数字が表示されカウントダウンが始まる。自分の死亡時期まで進むカウントダウンを見るのは一面恐ろしいが、それだけ時間の価値を視覚的に実感させ、行動に反映させようとする狙いである。後述するヨーゼフ・ボイスの「社会彫刻」の考え方に通ずる。
 また、宮島の代表的な作品といえば《Mega Death》だろう。ガジェット2400個を使った巨大な作品である。それぞれのガジェットが「9」から「1」へとカウントダウンを始め「1」まで来ると「0」にならずに消える。数字部分は「生」で、消えたときが「死」を意味している。それぞれのガジェットのカウンドダウンの速さが異なるので消えたもの、点灯しているものなどまちまちである。作品に囲まれ一見きれいだが、そこには多くの「生」と「死」とが繰り返されている。また、ある時点で全てのガジェットが消える。不毛の世界だ。これは個別の「死」とは別に「大量死」を意味している。しばらくするとあちこちで点灯を始める。「死」には終わりがなく「次の生」を準備する睡眠のようなものという仏教の考え方も取り込んでいるそうである。まるで個々人の縮図、地球上の現実を表現しているかのようである。
 20世紀は戦争の時代だった。世界大戦が2度起こり、その結果「大量死」を招いた。その数は聞くに忍びないほどである。しかも第二次大戦では日本は原爆の被害にあい、一瞬にして「大量死」を招いた。また、現在でも局地戦争は絶えない。戦争は二度と起こしてはいけないというのが我々の切なる願いである。この作品には「平和の希求」や「人類愛」の考えが込められている。21世紀になった現在でも極めて相応しい作品の1点であろう。

 水戸芸術館で5年ほど前にやった展覧会に正式名は忘れたが、「宮島達男」展と、それと前後して「ヨーゼフ・ボイス」展があった。両者とも興味があったので出かけた。そのためか今でも宮島の作品を見るとボイスを思い出すのだ。
 今回宮島の講演を聞く機会があり、講演後、宮島の作品とボイスとの関係についていろいろ質問した。その結果、宮島が水戸の展覧会で示した「art in you」は、ボイスの「すべての人は芸術家である」と同じ狙いだと確認できた。これこそボイスの言う「社会彫刻」の考えであり、宮島の考えの根底にはボイスのいう「社会彫刻」思想が流れていることが分かった。この思想こそ21世紀を迎えた現代社会にあるべき姿として"ピタリ"あてはまるが、ここに目を向けた宮島の着眼点は凄い。

 ヨーゼフ・ボイスは1921年生まれのドイツ人であり、戦争体験と戦後の繁栄を知っているアーティストだ。戦争では乗っていた爆撃機がロシア軍に撃墜され墜落、瀕死の重傷を負った。幸運にも現地のタタール人の助けにより傷口に脂肪を塗布されフェルトで包まれ寒さをしのぎ生還した。戦後、アーティストとして活躍するが、作品にフェルトや脂肪が用いられているのはこの体験が原点にあるようだ。
 難解なボイスの「彫刻理論」も、図書「ボイスから始まる」(菅原教夫著)(p.111〜112)を見ると分かりやすい。「ボイスの彫刻理論の核をなすのは〈変化〉である。そして、この変化は〈温める〉と〈冷やす〉ことによってもたらされる。彫刻の伝統的、基本的な作法にはモデリング(肉付け)やカービング(彫ること)・・・の技法がある。ボイスはこの伝統的作法を冷温の作用によって置き換えるのだ。」と。脂肪は冷やしたり、熱したりすると固まったり溶けたりする。また、フェルトには断熱作用があるし、銅線には熱の伝導作用がある。脂肪、フェルト、銅線が彼の彫刻理論の中心となる素材で、これらを使った作品が多い。
 ボイスはこの考えをさらに発展させ、人の精神にも当てはまるし、人の集合体である社会にも当てはまるという。例えば、冷え切った人の精神や社会の諸制度は硬直化するが、温める(教育する)ことによって創造力が生まれ健全な体質に変えることができる。個々人が健全になり、同時に政治や経済を温める(改革する)ことで社会も変わっていく、と。これこそ「社会彫刻」であるという。ここでボイスは「すべての人は芸術家である」という。すべての人が画家、音楽家だというのでなく、どの分野に属している人でもその人が持っている創造力を発揮すれば社会を変えることができる。これは「社会」そのものを「芸術作品」とみなす考え方で、これこそボイスのいう「拡張された芸術概念」である。この考えの根底にあるのは、「自由」、「平等」、「友愛」の精神であり、一種のユートピアの世界である。しかしボイスはこれに留まらず実践していった。エコロジー運動としての「7000本の樫の木プロジェクト」、その他「自由国際大学」の発足、政治参加のため「緑の党」の候補者として立候補。ドイツ国内での反核運動への参加などである。このような活動も「人類愛」、「平和希求」の思想が根底に流れていたからであろう。
MEGA DEATH
1999
LED, IC, electric wire, sensor, etc
h.4.5 x 15.3 x 15.3 m (installation)
Installation view at the Japan Pavilion, The 48th Venice Bienle
Photo : Shigeo Anzai
Courtesy of the Japan Foundation, SCAI THE BATHHOUSE
 21世紀の世界に目を転ずると現在でも戦争、諍いが絶えない。このような問題解決に何らかの形でアートも参加できないかと思わざるを得ない。アートの力は即効性がない。非力かもしれない。さりとて何もやらずに手をこまねいていていいはずがない。行動すればやがて大きな力となる可能性を秘めている。一旦火がつけば万人の心に訴えることができる。今すぐできることは何か。ボイスの「社会彫刻」思想を根底に現代的に発展させた宮島の「art in you peace in art」こそ、取り上げるべき考え方であろう。
 宮島は大作《Mega Death》によって、直接「平和の希求」、「人類愛」などを訴える作品を制作し、1999年のヴェネチア・ビエンナーレで日本館に提示した。その場で見る機会があったが一瞬すべてが消えるなど心に訴える素晴らしい作品だった。振り返るとピカソは大作《ゲルニカ》で「戦争の悲惨さ」、「理不尽さ」を世界に問うた。1937年開催のパリ万博でのことである。「平和実現」のためこれが大きな力となったはずである。現在でもニューヨークにある国連本部に《ゲルニカ》のタペストリーが展示され、時々テレビにも一瞬だが映ることがある。"はっ!"とする瞬間である。
 歴史を振りかえって《ゲルニカ》と同様に「戦争の悲惨さ」、「平和の希求」、「人類愛」などを訴えた作品がほかにあっただろうか。宮島の《Mega Death》を措いて他に相応しい作品を浅学の私には思い出せない。この作品の素晴らしさは、表現が直接的でなくガジェットにて「生命」を象徴的に表している。この素材の発見と「生命」へ置き換える発想も凄いが、何よりも洗練され現代的であり、きれいで見応えがある。見ていて飽きない。象徴的な表現法と作品の訴求力からみてピカソの《ゲルニカ》に匹敵する。これこそ《ゲルニカ》と同様、国連本部の壁面に展示されるべき作品ではないか。なぜこれまでこの話が出なかったのか不思議なくらいである。日本は世界で唯一の核被爆国であり、国連に対する役割分担という立ち位置からして世界平和に少しでも役立つために《Mega Death》を国連本部の壁面に掲示するよう強く主張すべきと思うがどうか。
 
 
 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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