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美術散歩


自然を見事に切り取る
「畠山直哉展」

TEXT 菅原義之

 
 「畠山直哉展 Natural Stories ナチュラル・ストーリーズ」(東京都写真美術館)(10・1〜12・4)は題名通り自然をいろいろな角度からとらえた素晴らしい写真展だった。畠山は日本を代表する写真家の一人であり、海外にも広く紹介されているという。1958年生まれ、岩手県陸前高田市出身。今回の大震災時の陸前高田市を捉えた作品も展示されていた。

《テリル #02607 2009》


 
 畠山は「風景は、そこに実体として存在していたものではなく、僕たちが詩を詠んだり、写真を撮ったりすることによって初めて、僕たちの眼前に価値ある姿として現れてくるものだったのです。・・・」と。写真を記録だけにしか活用しない私にはかなり説得力のある考え方だった。風景が素晴らしいのでなんとなく写真を撮る。そうではなく自然の切り取り方によって作品として成り立つということであろう。これが彼の考えの根底にあるもの。こんな視点で見ると見えてくるものがあるように思えた。何点かの写真を見ていきたい。

《テリル #02607 2010》

 テリルは採掘屑の捨て場のこと。《テリル #02607》は、フランスのぼた山(石炭ガラを集積させた人為的に作られた山)を中心にその周辺で撮った作品の中の1点で、ぼた山の頂上にいる2人を捉えている。自然の中にまるで蟻のように小さい2人の姿が印象的である。大自然の規模の大きさ、長年積み上げたぼた山の大きさと見えるか見えないかの小さい2人の人物。この規模の落差というのか、意識的に「ずれ」を取り込む着想というのか、たまらなく面白いし魅力的だ。


《アトモス #07303 2003》

《アトモス #03407 2003》

《アトモス #03407 2003》
 アトモスの中の1点《アトモス #03407 2003》である。日本では見られない地平線を撮った写真。水平一直線。これだけで驚く。ここには地平線を撮った作品が何点も見られた。日本人なら誰でも凄いと思うだろう。馬が4頭ポツンと大草原にたたずむ。大自然の中に生物が、やや温かみを感ずる。この作品は少し離れて見ると抽象絵画のようにも思える。地平線の上部の雲と空の帯、手前が褐色の平原、まるで空と雲と平原の横3層に描かれた絵画のよう。なぜか引き込まれる作品である。

《シエル・トンベ #04414 2007》

《シエル・トンベ #04414 2007》
 シエル・トンベは地下採石場跡の天井が剥がれて落ちている状態を指す用語だとのこと。作品《シエル・トンベ #04414 2007》は、パリ東端のヴァンセンヌの森地下にある地下採石場を撮ったもの。採石場の天井が剥がれ光りのさしこむ中に大小の石が山のように堆積する姿は圧巻である。この作品も畠山の好きだったとされるドイツロマン派の画家カスパー・ダヴィット・フリードリヒの氷が山のように重なる迫力ある絵画《氷の海》を想像させる。このように見ると《アトモス #07303 2003》(前出写真2枚目)や《#16820》もフリードリヒの絵画《海辺の僧侶》を連想させる。後者はまるでそうだ。絵画でも写真でも時代を越えて心を打つものには共通する何かがあるように思えた。

《ア・バード、ブラスト #00130 2006》

《ア・バード、ブラスト #00130 2006》
 石灰岩の山の取材中に、ダイナマイトで発破する風景に出会い、そのダイナミックな瞬間をとらえた作品が《ア・バード、ブラスト #00130 2006》である。瞬間の出来事なので遠隔操作で一気に36枚を撮影、その中の1枚のようだ。この他山が爆発する瞬間を撮影した大画面の映像作品も見ることができた。写真で表現されている岩や石が周囲に飛び散る様子だけでも凄いのに映像での発破の光景たるや圧巻だった。

《陸前高田市の風景》
 震災後の写真が60点展示されていた。津波で全てを失った市内の様子、がれきの山、傾いた家など痛ましい風景が延々と続く。震災直後の3月から5月の初めまでの間、何回も郷里を訪れ撮ったものであろう。すでに半年以上経つ。現在どうなっているか。ここが問題であろう。同じような状態か、復旧が進んだのか、とつくづく思う。プロの写真だけに鮮明で的確、迫力あるものだった。これからは冬季を迎える。北の地である。一刻も早い復旧、復興を願わずにはいられない。

 印象に残った作品が多かった。非常に冷静沈着に撮影しているという印象が強かった。地平線を撮った日本では見られない光景は印象に強く残っている。陸前高田の風景も改めてすさまじさを思い知らされた。また、ブラストの写真と映像はダイナミックで迫力そのものを感じさせる。《#00219》は縦型作品で近景は下に遠景は上に表現され、典型的な山水掛け軸の日本画的手法を感じさせ面白い。ヨーロッパアルプスや氷河の光景も何と表現したらいいか、冷静そのもので厳然とした姿は見事だった。まだまだあるが写真の魅力を十分堪能できた。また、どのように自然を切り取るかなど自然を撮影するための根幹に触れることができ参考になる写真展でもあった。

 
 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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