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美術散歩


「セル」の集積、表皮の世界を提示する「名和晃平―シンセシス」展

TEXT 菅原義之

 
 東京都現代美術館で「名和晃平―シンセシス」展が開催された。名和晃平といえば以前に六本木クロッシング展(森美術館)で見たりその前にも何回か見ていたが、いずれもビーズで覆われた動物の作品が中心だったような気がする。今回はそれをはるかに超える多くの作品に巡り合えた。一見ビーズの作品を見ると面白い方法で制作していると思うが、どんな考え方で制作しているのかこの点が気がかりだった。

《Catalyst#11》(部分), 2008, Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE and Gallery Nomart, 撮影:豊永 政史
 
 名和晃平っていえば彫刻家であろう。彫刻という言葉からのイメージだと素材を削ったり、かたどったりして制作するものと想像しがちだが違うようだ。鹿の剥製にビーズを貼りめぐらした作品があるかと思えば、白い壁面に描いた抽象絵画のようなもの、光を使った作品、映像作品もある。広い範囲に作品が展開されていた。
 名和の考えの基本は「セル」(細胞)の概念だと分かった。これこそ名和独自の世界だ。「セル」が集まって世界ができているということだろう。一つのモチーフを「セル」または「セル」の集積(増殖)を通して見ることによって見え方の変容をはかるということ。換言すればそれぞれビーズ、プリズム、発泡ポリウレタン、シリコーンオイルなどで包み込みその表皮を通して感情や心の揺れなどを表現するということではないか。
 このように名和の作品は「セル」の種類とか用法によっていろいろのカテゴリーに分類して考えることができるようだ。いくつものカテゴリー別に作品が展示されていた。
 この中から何種類か選んでみた。《CATALYST》、《BEADS》、《PRISM》、《VILLUS》、《SCUM》、《GLUE》、《MOVIE》、《MANIFOLD》などである。

 展示室入口正面に展示されていたのは《CATALYST》である。グルーガンを用いて白い壁面に直接描いた網状の造形「Catalyst(触媒)」である。グルーガンは、スティック状の樹脂を溶かして押し出しながら接着する道具。作品はドローイングにも見えるが、厚みもあり彫刻とみることもできる。見た瞬間、何だろう、素材は何か、と感ずる。勢いのある植物が力強く壁面に際限なく広がる様子を表しているように思える。触媒効果からか「セル」の激しい増殖のようでもある。不気味にも見えるし、力強くも見える。一種の抽象絵画といってもいいかもしれない。それとも「セル」の集積(増殖)だとすれば彫刻かもしれない。

《PixCell-Elk#2》2009 Work created with the support of the Fondation d'entreprise Hermès


《PixCell[Toy-Cactus #2]》 2011


 《BEADS》《PRISM》の作品は、インターネットで収集したモチーフをビーズやプリズムを通して見るPixCellシリーズである。名和によれば、ビーズの作品もプリズム作品も見る位置により映像的に変わるので映像の彫刻化だという。ビーズの作品はdeer(鹿)をビーズで一面に覆ったもの。ビーズも大小あり大きなビーズはレンズ効果があり内部が部分的に鮮明に見える。確かに見る位置により少しずつ変わるように思える。これが名和のいう映像効果だろう。必ずしもこれが映像のようには思えなかったが見方が足りなかったからかもしれない。
 また、名和によれば、プリズムを用いた作品では取り込んだ植物などを虚像として彫刻化するという。立ち位置によって内部の植物が見えたり見えなかったり、箱の二面に見えたり、見え方が変わったりする。そこにあるが決して触れることができない。虚像と化している。これも同様映像効果は感じられなかった。
 これらの作品はビーズとかプリズムを通して見ることの変容効果、表皮を通して見ることの効果を提示している。モチーフの収集方法と併せて名和作品の特徴であろう。映像の彫刻化、実像の虚像化、彫刻化など考え方としてユニークで面白い。よくもここまで思考を巡らしたものだと感心する。

《Villus》(部分) 2009 Work created with the support of the Fondation d'entreprise Hermès


《Scum-Apoptosis》(部分)  2011


 《VILLUS》《SCUM》。《VILLUS》は、包装チョコレートからおもちゃの車、人形、盆栽など小さいものから順次に大きなものへ、最後には馬の頭部まであり、整然と一列に並んでいた。それぞれ発泡ポリウレタンを霧状に吹きつけた作品である。吹き付けることにより対象物が表皮の「Villus」(柔毛)で覆われる。「Villus」という「セル」の集積だろう。輪郭から何であるかおおよそ想像できる。日常身の回りにあるものが中心でこれらの変容が面白い。変容効果がこんなところにもあるようだった。
 この吹き付けが伸び続けると、「もの」の固有性は消え去り、意味や概念が薄まり、だんだんと不定形の「Scum」(灰汁)へと近づいていくとのこと。「Scum」を見ると何ものかは全く不明。それだけに不穏である。テクスチャーは「Villus」とほとんど同様に思える。「Villus」と「Scum」の関係が分かるようだ。「セル」の集積を重ねた分厚い表皮の大型抽象彫刻が提示されていた。


《Air Cell-A­_37mmp》(部分)  2011

 
 《GLUE》《MOVIE》は光を伴った作品で見るからに素晴らしかった。《GLUE》は数多くのグリッドが積み重ねられそれぞれのグリッドの交点にあたる部分にグルーガンで生み出されたドットが置かれ見事な幾何学模様を呈していた。「AirCell」である。上から覗くように見ると空間に浮かんだドットが光を反映して整然と並ぶ。まるで分裂前の「セル」の姿を呈しているように思えた。《CATALYST》が動的様相を呈していたのに対してこちらは静的な「セル」に思えた。また、ビーズやプリズム作品とも全く異なりヴァリエーションの多さにも感心した。
 《MOVIE》は暗い部屋の床に映像作品が流れている。じっと立つと映像が移動するからだろうか。一瞬自分が動いているように思える。表現しにくいが不思議な感じの作品だ。グリッド状にインクを落として描いたドットムービーだとのこと。「Air Cell」の視覚体験を2次元で表現する試みだそうである。具体的な制作プロセスが分かりにくいが、面白い作品で再度体験したいもの。
 両者とも素晴らしい世界に入り込むことができた。《GLUE》が「Air Cell」という3次元の作品であり、《MOVIE》は2次元のもの。名和にとっては前出《CATALYST》と同様どちらも彫刻作品だろう。ややコンセプチュアルなこんな見方も面白い。

《Dot Movie》2009, Courtesy of SCAI THE BATHHOUSE and Gallery Nomart

《Manifold_Model(1/30)》 2011


 
 《MANIFOLD》(「多様体」「多岐管」)。説明によれば、「情報、物質、エネルギー」をテーマにした巨大彫刻。広い展示場中央にある台座上に白一色の彫刻作品が展示されていた。その周囲にはやはり白の凹凸のある大きな作品と思われるものがいくつも整然と置かれていた。中央台座上の作品はマケット(小型の模型)。勢いのある力強い作品に思える。一種の抽象彫刻だろう。出来上がると高さ13メートル、幅15メートル、奥行き12メートルになるそうである。周辺にあるものはその部品で、これはなぜか本物の大きさのようだった。これこそ「セル」であろう。肥大化する情報システムや破たんを抱える環境、エネルギー問題などの重要問題を抱え人は何を感じ、何をすべきか、そして何ができるのかを問うものだとのこと。これが今回展示作品の集大成のようにも思えたし、これこそ名和の基本的な考え方であろう。2012年4月に韓国・チョナンに設置予定だとのこと。完成した姿を見たいものである。

 既成の「もの」を活用してその上にセルの集積、表皮をのせることによって「もの」を変容させいろいろの場面を提示する。制作にインターネットを活用するなど彫刻作品の現代的制作方法の一つといっていいであろう。多くは「もの」を彫ったりかたどったりしない、素材そのものを主役として登場させるなど本人も言っているように「もの派」世代からの影響もあるようだし、遠くさかのぼれば「もの」をそのまま提示したデュシャンのレディメイドとある意味通ずるところがあるようにも思える。
 デュシャンはともかく「もの派」の影響があるからだろうか。コンセプチュアルな名和の作品群を見てなぜか歴史の延長線上の現代版彫刻に挑戦している姿を見るようだった。
 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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