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美術散歩


多様性を反映する
「VOCA展 2011」

TEXT 菅原義之

 
 恒例のVOCA展は毎年3月に開催される。この展覧会は全国の美術館学芸員、研究者、ジャーナリストなどが年齢40歳以下の平面作品を制作するアーティストを推薦し、そのアーティストがそれぞれ新作を発表するもの。新しい才能を発掘しようとの試みで開催される。今年の「VOCA展 2011」では36人のアーティストが推薦され、その中でVOCA賞、VOCA奨励賞2点、佳作賞2点、大原美術館賞1点が選ばれた。この内目立ったと思われる作品を見てみよう。3点は受賞作品から、後の3点はその他から選んでみた。


中山玲佳 《或る惑星》 アクリル、鉛筆、カンバス 130.3×388.0×3.0cm

 中山玲佳(1974〜)。作品《ある惑星》。画面は夜の風景だろうか。背景は黒を基調に薄い青で多くの植物、動物などが緻密に描かれている。羊だろうか、蛇もいる。白い大輪が咲き、白い小さな円形状のものがあちこちに浮遊している。なぜか宇宙が想像される。タイトルの《ある惑星》とは描かれた内容と色彩から見て宇宙の中の地球を指しているように思える。宇宙と地球のダブルイメージが浮かび上がる。また、中央部を切り取るようにカラフルな縦縞模様の中に黒一色の狼の姿が、左の端も切り取るように狼の顔が描かれその真ん中を細いカラフルな縦縞模様が走っている。このアーティストはメキシコに留学したそうであり、カラフルな縦縞模様はいずれも明るい色彩でメキシコの布の模様を表しているのかもしれない。全貌して色彩抜群。不思議な世界である。VOCA賞を獲得した。


森千裕 《Eternal Itching(SAYONARA)》 透明水彩、鉛筆、水彩紙、木製パネル 145.0×210.0×5.0cm

 
 森千裕(1978〜)。作品は《Eternal Itching(SAYONARA)》である。暗黒の中、画面右上に“SAYONARA”と描かれたネオンが光っている。オリンピック閉幕式の様子だろう。その他森特有の何色も使った落書きが画面中央に描かれ、下には白い絵具の塊をそのまま投げつけはじけたような跡が残っている。画面上部には目立たないようにネズミがいる。これらは何の脈絡がないようだ。森はオリンピックの閉幕の寂寥感をベースに脈絡のないものを描き綴ることによって現代社会の混とんとした中での不安感、孤独感などを端的に表現しているのではないか。タイトルのItching(かゆみ)とは手が届かないところに手をやりたいもどかしさであろう。意外性のあるものを描き尽くす表現の面白さと同時に含蓄のある内容を表現しているとも思える。VOCA奨励賞受賞作品である。

後藤靖香 《あきらめて》 顔料ペン、墨、カンバス  240.0×400.0cm

 後藤靖香(1982〜)。このアーティストは自分の祖父や曾祖父から得た知識をもとに戦争中の日本兵の様子を描いているようだ。作品《あきらめて》は後藤の親戚の兵士のエピソードを描いたものだそうである。その兵士が戦争中に海で爆弾の撤去作業をしている最中に海に落下して死亡した。仲間がこの人物を必死の思いで探している様子を描いたものだそうである。そしてその仲間が兵士の母親にあてた手紙に「お母さんあきらめてください」と。必死の捜索の様子が伝わってくる。戦争中のエピソードを除外しても迫力を感ずる作品であろう。VOCA奨励賞を獲得した。


山本聖子 《solid drawing of emptiness》  物件広告間取り図、ラミネート、アクリル、木製パネル 200.0×250.0×9.5 cm


 
 山本聖子(1981〜)の作品、《solid drawing of emptiness》である。住宅の平面図の枠部分だけを切り取り繋ぎ合せて透明なアクリル板に貼り付け巨大な作品に仕上げたもの。かなり細かい作業である。しかも透明アクリル板と壁面とを10センチほど離して設置している。そこに見えるものは切り取り貼り付けた平面図の集積である実像と背後の白壁に映る影である虚像との響き合いの素晴らしさ面白さである。珍しい世界が現れていた。住宅の平面図という日常どこにでも見られるものをこのようにして変貌させ作品にまで仕上げる発想は凄い。発想の良さと丹念に制作する根気に感心した。昨年7月に開催された「新世代への視点2010」展ではじめて見て印象に残ったアーティストである。



クサナギシンペイ 《ふりかえる》 アクリル、カンヴァス 145.0×145.0cm 《くりかえす》 アクリル、カンヴァス 145.0×145.0cm

 クサナギシンペイ(1973〜)。作品は《ふりかえる》、《くりかえす》である。アーティスト本人は「ただの心象風景」だとしているが、一種の風景画とも思えるし抽象絵画だといっていいかもしれない。薄い肌色の地によく見ると両作品とも中央部に薄い黒を用いて町の建物の様子などを描き、その周囲に緑を散りばめている。建物、町の風景、公園などが描かれているようにも思える。薄黒い太いストロークが画面あちこちに走っている。意味がないようだが効果的だ。ここが心象風景なのかもしれない。全体に薄塗りである。アクリルでキャンバスに描かれているが日本的な風景が想起される。地の色から襖絵を連想するからかもしれない。しばし見とれた。


門田光雅 《凍てつく川》  アクリル、砂、綿布 116.7×91.0cm 《氷山》 アクリル、砂、綿布 230.0×170.0cm

 
 門田光雅(1980〜)。抽象絵画2点《凍てつく川》と《氷山》である。最近は具象絵画が多いが珍しく抽象絵画である。タイトルからどちらも「寒さ」とか「氷」を想像させる。白をベースに黒、濃い紫、わずかに赤、青、黄などを用いている。太い激しい筆のタッチが白の中に入り込むようでる。白い氷と暗黒のクラックが連想される。タイトルから先入観も手伝っているのかもしれないが、一面の白く輝く氷の凹凸や暗黒を感ずるクラックが想像される。生き生きした力強さを感じさせる作品である。抽象絵画でありながらタイトルからイメージがとめどなく広がったのかもしれない。そうでなくとも色彩の絡み合いと筆触に迫力を感じた。

 振り返って、中山の同一画面に宇宙と地球を想像させダブルイメージをもたらすところ、森の脈絡のないものを様々画面に持ち込みユーモアを込めながら社会への言及表現をしているところ、山本は日常どこにでもあるものを使って全く異なる世界を現出しているところ、後藤、門田は内容こそ異なれ力強さ、迫力ある表現をいかんなく発揮しているところ、クサナギシンペイは日本的と思える魅力ある心象風景を表しているところ、これらは技法、表現、考え方などそれぞれ大きく異なるが多様性の時代そのものを反映しているかのようである。VOCA展全体からもこのように推測できた。これが現状なのかもしれない。いずれにせよ現在の傾向を幾分かでも掴めたように思う。参考になる展覧会だった。



 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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