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美術散歩


アートの原点を探る
「MOTアニュアル2011 」展

TEXT 菅原義之

 
 東京都現代美術館で開催の「MOTアニュアル2011 Nearest Faraway | 世界の深さのはかり方」展は、毎年開催されている企画で今年は「Nearest Faraway | 世界の深さのはかり方」を副題にしている。分かりにくい表現だが、グローバル化、多様化時代といわれている現在、アートの世界もめまぐるしく変化しアーティストにとっては厳しい時代だといっていいのかもしれない。このような環境の中でアートの目ざすものは何か、深く掘り下げその根源的なもの、本質的なものを探るということであろう。このような視点でアーティスト6人を選んで紹介している。どのような作品が展開されるか見てみよう。


 
 冨井大裕(1973〜)
 このコーナーには多くの作品が展示されていた。冨井は日常どこにでもあるものを使用して驚くほどすばらしい作品を制作する。発想が奇抜、色彩感覚が素晴らしい。これらが一体となって見る者を魅了する。今回も例えば≪ball sheet ball≫、≪ゴールドフィンガー≫など冨井の得意とする作品が目立った。前者は多くのカラーボールとそのボールを置くための穴のあいた透明なアクリル板を何段にも重ね、その間にカラーボールをいくつも入れて制作したもの。後者は無数の画鋲を白い壁面に整然と差し込んだもの。どちらも日常どこにでもある素材だ。これを使って見事に作品に仕上げる。その他の作品も含め、発想の素晴らしさ面白さは一見の価値ありであろう。

冨井 大裕 《ball sheet ball》 2006 アルミ板、スーパーボール 87x60x30cm 撮影 : 柳場大 



 
 木藤純子(1976〜)
 2室に別々に作品が展示されていた。1室には大きな透明なガラスに水が入っている。一見それだけだ。上から覗き込むと底に空と雲が映っていた。2室は床一面に花びらが落ちている、桜の花びらのようだ。上を見た。天井の一部に窓がつくられ、そこに木々の枝が見える。木々と床に落ちている花びらの関係が理解できた。空と雲、木々と花びらなど自然の動き、生き生きした生命体の動きなどを直接見える形でなく独特の方法で作品にとりこんでいる。工夫の跡が読める。室内に入った時には一見何も見えない。見る側もいろいろ思考や視点を巡らすことの大切さを教えてくれているようである。するとやがて見えてくるものがある。面白い作品だった。

木藤純子 ≪Snow Child - Grandmother Cherry Blossom -≫ 2011 紙吹雪、フィルム、灰、ほか


 
 関根直子(1977〜)
 このアーティストは鉛筆と練り消しゴムとで制作する。画面一面に細かい鉛筆の線の集合とでもいうのか、かなり緻密に描かれている。練り消しゴム使用の痕跡もうかがえる。抽象絵画である。関根は、「私の制作は、構成をしてイメージを再現していくのではなく、作品ができてくる過程では、方法を頼りに冒険しているような感覚がある。・・・」という。最初から具体的なイメージがあるのではなく、制作の過程で次から次へと当初頭にあった何がしかの考えの方向へと筆が進むということであろう。当初意図していたものへの具現化かもしれない。作品を見ていると一面の朦朧とした世界の中に引き込まれ、何かが見えてくるような気がした。暗い世界から微かな黎明が見えてくるのかもしれない。

関根 直子 《点の配置》 2007 鉛筆/水彩紙(シリウス) 92x68.5cm



池内晶子 ≪Knotted Thread - white - h120≫ 2011 絹糸

 池内晶子(1967〜)
 池内は絹糸で作品を制作する。展示室内に白い絹糸で作った一種の大きな目の粗い網が床から1メートルちょっとの高さ一面に水平に展示されていた。上から吊るしたのか、サイドから引っ張ったかしているのであろう。ほぼ水平に繰り広げられる。網の中央部は円形状にぬけていてその周辺から絹糸が一面に垂れさがっている。また、網の部分からも一面に絹糸が垂れている。繊細そのものである。池内は「自重と張りとのつりあいで、形態は形成される。・・・」という。細い絹糸の微かな重さと水平に張られた見事な形態に圧倒される。絹糸で制作した立体作品である。こんな形で立体を制作するとは。発想が奇抜。照明の効果も抜群だった。絹糸の素晴らしい立体作品が展示空間を埋めていた。


椛田ちひろ ≪54のメトリック≫ 2011  油性ボールペン/インクジェット紙

 
 椛田ちひろ(1978〜)
 油彩ボールペンによる絵画作品と構造を明らかにするための立体作品の展示。前者は大きな作品で画面がいくつにも仕切られている。後者は何枚も小さい絵画を積み重ね下の作品は見ることができない一種の立体作品。この2点が目立った。椛田は次のように言う。「私の描きたい対象は、『見る』ことができない」と。「それは、絵画という舞台は観客の想像力を求め、それにより一層のふくらみをもつ性質を持っているからだ」と続ける。なかなか含蓄ある言葉だ。立体作品などその通りだろう。この種の抽象絵画を「どのように見るか」について触れているのかもしれない。見る人が自由に想像するんでいいということであろう。言葉に説得力があった。そう言われて安心して見ることができた。



八木良太 ≪Sound sphere≫ 2010 ミクストメディア

 
 八木良太(1980〜)
 八木のコーナーに入ると黒い大きなボール状のものがいくつも展示してあった。何やら“ジーっ”と音がしている。カセットからテープを取り出し発泡スチロールの球に撒きつけたものだそうである。カセットテープは既成品でいろいろ歌が入っていたもの。その中から取り出したテープを球に巻きつけそれを回転させる。「ジーっ」という音はテープを巻き付けた方向にゆっくり回転させたものだ。八木は、「カセットテープの直線的な時間は、球に巻かれることで位置と時間の関係を失う。そして記録されていた音は、断片化/重層化して再生される」という。これがあの音だったのだ。八木は以前氷でレコード盤を作りその盤のショパンを聞いたことがあった。もちろん出だしだけだったが。テープも元は音楽である。アートと音楽との境界を往還する作品であろう。面白いユニークな発想に感心頻り。

 6人のアーティストは、60年代生まれが1人、70年代が4人、80年代が1人で全体に若い。6人それぞれが工夫を凝らし、努力を重ね制作している様子が分かるようだった。
 身の回りにあるもの、いわば日常品などを素材として発想の豊かさで勝負するもの、アートと音楽の領域を横断した作品、あるいはインスタレーションなど現代の傾向の一部を見ることができた。絹糸で制作した立体作品や鉛筆と練り消しゴムで不思議な世界を現出する作品などいずれも繊細な表現に驚かざるを得なかった。また、「見ることができない」作品という考え方は面白い表現で教えられるところがあった。全貌して現代の傾向を見ることができたし、それぞれ特徴的で参考になる展覧会だった。



 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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