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美術散歩


現代絵画を「プライマリー・フィールドU」展に見る

TEXT 菅原義之

 
 本展の正式なタイトルは「プライマリー・フィールドU:絵画の現在―七つの〈場〉との対話」である。神奈川県立近代美術館葉山館で開催されていた。埼玉から遠いこともあって気になってはいたが、なかなか行かれず結果的に会期終了間際の見学となった。この展覧会は第二回目だそうで、今回は7人の画家、高橋信行、小西真奈、保坂毅、三輪美津子、東島毅、伊藤存、児玉靖枝からなっていた。主として絵画、平面作品のアーティストたちだ。それぞれがこれまでの歴史の流れを乗り越えて新しい視点で自らの道を切り開こうとする画家たちだとしている。このような視点から少人数だが絵画の現況をある程度探ることができるかもしれない。これが見学の主な目的だった。

 展覧会の特徴として、1つは絵画制作に写真を使用している人が多いことだった。7名中4人までがそれぞれ使い方は異なるものの写真を使用。高橋信行、小西真奈、三輪美津子、児玉靖枝の4人である。
 もう1点は、比較的具象画が目立った。抽象画は保坂毅と東島毅の二人だが、この二人も保坂は「自分では抽象画とは思っていない」といい、東島は「自分の絵は風景画でいいんじゃないかとも思っている」という。こんなことから具象的な作品が現代絵画の傾向といえるのかもしれない。抽象とか具象とかの区別はあまり大きな問題ではないだろうが。
 あえてもう1点を挙げれば、分かりやすい絵画が多かったように思う。東島の抽象作品にしてもよく観察すると見えてくるものがあったし、タイトルが作品を説明しているようで効果的だった。印象に残った作品を見て行きたい。

東島 毅 《ここにある歴史について》《通り過ぎる場所としての絵画》 2006年 [参考写真]


 
 東島毅(1960〜)の作品2点である。(写真は展示作品と異なる)。1点は≪思惟の光≫(2010)。壁面に展示されかなり大きな作品。ほとんど黒一色の地に上下2か所に白い斑点のようなものが描かれている。完全に抽象絵画だ。始め何だろうと見つめた。東島のコーナーにはこのほか壁面に2点、中央の床部分に大作1点≪月曜日の地表≫(2010)が設置されていた。床の作品を回り込んだところに来たとき“あれっ!”と。≪思惟の光≫の上に描かれた白い斑点のような模様が“輝いて”見えたのだ。その位置を何回も行き来した。室内照明の効果だろう。まるで白い斑点の背後から光が投影されているようにさえ思えた。作品≪思惟の光≫。長い間の思考の結果一つの黎明を見つけたかのようである。光りの効果をいかんなく発揮している。白い斑点模様が踊っているようにすら思えた。
 中央床上の作品≪月曜日の地表≫。これもかなり大きな作品である。平板の中央部は縦に亀裂が入ったようにえぐれている。えぐれた破片が周囲に飛び散っている。凄い様相である。タイトルは≪月曜日の地表≫。“そうか!”休養から労働への切り替え時の心の動きを作品化したものかもしれない。強烈な表現は働く者の心境だろうか。こう考えると分かりやすい作品に思えた。
 両作品を見て抜群の照明効果と分かりやすいタイトル効果が東島の表現しようとする心をいかんなく発揮しているように思えた。コンセプチュアル・アートの歴史を反省的に経て現在に至っている様子が全体からくみ取れるようで抽象作品ながら親しみを感じた。絵画のあるべき姿を見るようでもあった。

小西真奈《浄土 2》2007 年 静岡県立美術館寄託 撮影:木奥惠三
Courtesy of the artist and ARATANIURANO



 小西真奈(1968〜)の作品は、全部で13点展示されていた。どれも風景画である。風景画といっても必ずしも対象をリアルに描くというものではないようだ。特徴としてどの作品にも一人二人の人物が描かれている。その人物は歩く、佇む、動作するなど何かをやっているようで視線はこちらを向いているわけではない。小さく描かれ風景の中に溶け込むかのようだが気になる存在である。これが小西の特徴の一つかもしれない。彼女は写真を使って制作する。恐らく写真を撮ってそこに自分の想像で人物を配置するのか、あるいは人物も撮ってその人物をアレンジして描くのかもしれない。色彩も一見自然に思えるが、写真をリアルに表現するのとは異なりその場の雰囲気により自由に色調を変えて効果的な表現法をとっているのではないか。これも特徴の一つであろう。
 人物の表現と色彩の効果がなぜか魅力的な風景画を生む原動力になっているように思えた。やはり親しみやすい絵画だった。これも現代絵画の特徴なのかもしれない。
伊藤 存 《Picnic》 2000年 国立国際美術館蔵

 伊藤存(1971〜)の作品はかなり多く大小17点が展示されていた。刺繍作品である。すぐに目につくのが生地の色と刺繍糸の色との何とも言えない絶妙な組み合わせ、色彩のコントラストに見とれることしばしだった。伊藤の作品の面白いのは一本の糸の線がいろいろなものに変化していくことであろう。一見抽象絵画のようにも思える作品でもよく見るとそうではなく動物が描かれたり、風景に変貌したり想像の範囲がとめどなく広がる。作品≪Picnic≫(2000)を見た。中央部は海のようでその向こうは山か半島か、一本の木が横たわっている。一瞬「京都の天橋立」を想像した。ところがその後図録を見ると伊藤が天橋立に旅行した時の印象を作品にしたものだとあった。“えっ”そうなんだ。これを見てなぜか嬉しかった。このように見方によっては風景に見えるが天橋立そのものは倒れた立ち木で表現されている。こんな線の動きは想像が頭の中で発展に発展を重ねどんどんと膨れ上がって行くんだろう。面白い発想である。これも現代絵画(刺繍)の特徴の一つかもしれない。
三輪美津子 《Kippenbergerのテーブルセット》 2002年 個人蔵

 三輪美津子(1958〜)の作品は、6点だった。この人は作風が大きく変わる。ここでは主として抽象画というより家具類、風景などを描いた作品が目立った。例えば≪INTERIA≫(2002)は、上下に配置された2点組作品である。上は縦縞模様の抽象絵画。下は赤い2人用のソファが描かれている。全く異なる2点である。見ているうちに“あっ!”そうか。ソファがあってその上に絵画が飾られている。自分が抽象絵画の飾られた赤いソファのある部屋にいるかのような錯覚に陥った。もう1点の作品≪INTERIA≫(2001)はソファの置かれた室内風景とその脇に鏡がかけられている。これも全く同様に感じられた。作品≪Kippenbergerのテーブルセット≫(2002)3点組だが、これも自分と同一室内空間にいるかのようだ。三輪の意図と異なるだろうが、全て室内空間に自分がいるかのよう。こんな見方をするとさらに想像が広がる。ベッドの風景と山の風景も室内の窓から山を見ているようにも思えた。近作はなかったが、作品の展示、作品の内容からこんな風に見るとかえって面白かった。

高橋信行 《今年のともしび》2007年 個人蔵

 
高橋信行(1968〜)の作品は、17点ほとんどが風景画。遠近表現は取り入れているが、色彩の濃淡や影などを用いず平面的に描かれ、作品によっては貼り絵のようにさえ思える。写真から描きたいものだけを拾い上げ描いていくようだ。作品によっては余白の多くなる絵画が制作されることもあるが、描きたいものが描かれていればいいとのこと。面白い魅力的な作品が何点か見られた。≪温泉(赤)≫(2008)、≪金沢旅行≫(2010)、「今年のともしび」(2007)などである。

 保坂毅(1980〜)の作品は、平面でなく厚さ10センチほどのいろいろな形をした立体に太い線や面を何色も使って描くもの。特徴は立体なので鑑賞者の動きによって見え方が異なるし、立体の影まで取り込んで作品を構成しているようである。作品によっては途中から描き方を変え異なる立体を重ねているようでややトリック的だと思えるものもある。新しい絵画を模索しているのかもしれない。今後の制作を見て行きたいものである。

 児玉靖枝(1961〜)の作品は一見抽象的に見える作品もあるが、やはり具象絵画であろう。モチーフは花びらとか木の葉、木々を描いた作品がほとんどだった。薄いブルー色の背景に花弁が舞っているような≪air-moegi9≫(2005)、≪air-moegi15≫(2005)とか、グレーを背景に木の葉を描く≪気配―木の葉≫(2007)などは日本的な情緒ある作品で魅力的だった。背景と花びらとか木の葉が見事に調和しているようにも思えた。



保坂 毅 《Stripe 05 (kiwaku) 》2006-08年 作家蔵

児玉靖枝 《気配―萌木》 2008年 個人蔵


 アートの現況はどうか。大きな物語のない時代、いろいろなタイプの作品が混淆しまさに混とんとした現代である。その中でそれぞれが思考を重ね努力して作り上げている様子が手に取るようであった。僅少例だが、時代の最先端ともいえる現代絵画の特徴を一部見ることができたのではないか、と思う。
 この展覧会参加者7人は50年代生まれが1人、60年代生まれ3人、70年代が1人、80年代1人だった。欲をいえば特徴的だと思われる70年代生まれがもう少し欲しかったように思う。
 当美術館行きは初めてだったが、かねてから行くつもりでいた。今回思い切って行ってよかった。いくつか発見があったからである。また、美術館の環境も抜群だった。葉山海岸際に建ち素晴らしいの一言。この日も天候良好、見学後「渚」に出て海を堪能、英気を養うに余り有るものがあった。展覧会の内容と環境の良さとが相まって満足した1日だった。






 
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室MOMASコレクション作品ガイド)を行う。

ウエブサイト アートの落書き帳

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。


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