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美術散歩

「アーティスト・ファイル2009」展を見て

TEXT 菅原義之



   国立新美術館で開催されている「アーティスト・ファイル2009」展を見た。去年第1回展が開催され今年は2回目である。当美術館学芸員が日ごろ活動している中で注目するアーティストを選んで個展形式で展示するもの。この美術館の主要な活動の一つであろう。第1回展も内容が充実していた。去年は8名展だったが、今年は9名が選ばれた。楽しみに見た。何人かの作品を見てみよう。

 
石川直樹 《Graveyard/Ilulissat》 2006年
 
  石川直樹(1977〜)のコーナーは写真の展示である。北極圏の作品、特別変わった住居のシリーズ、富士山を空から撮った写真、アルタミラ近くの洞窟内の撮影など広範囲にわたっていた。以前目黒区美術館で見て世界には不思議な光景があるものだと強く印象に残っていた。
 石川は写真家であり、冒険家でもある。高校2年の時インドへの単独行がきっかけで現在に至るまで世界5大陸の最高峰を踏破したり、pole to pole(北極から南極へ)のプロジェクトに参加するなど世界各地を旅している。想像もつかない極限状態に身を置き心に響く光景をひたすら写真に収めている。
 石川の冒険は一般に考えられるものと異なるようだ。危険を冒して人の行かないところに挑戦し記録を残すのと異なり、精神的世界の発見を目指しているようである。
 
     どこへ行くかという地域性を超越し宇宙までも視野に入れているし、時間軸を超えているともいえるだろう。太古の昔から人類が歩んできた足跡、歴史、あるいは未来までを視野に入れているのかもしれない。石川は自分の精神が動かされる、心ときめくところを探し求めているんだろう。
 石川の言を引用すれば「酸素の薄いチョモランマの頂上で空を見上げながらその先にある世界を思い…」、「星明かりを頼りに静かな湾で一人カヤックを漕いでいると、宇宙から遠く離れた場所(地球上)にあるということを忘れ…」などがその典型だろう。さらに「現実の世界とは別の世界を探すプロセスは、そのまま精神の冒険であり、心を揺さぶる何かへと向かう想像力の旅へとつながっていきます。」と。このような世界を探り当てることが旅の目的であり、写真はその軌跡だ。
 一面雪に覆われた家々の窓から漏れる光を遠望する風景は絵画的でまるでおとぎの国の世界だ。極北の雪に埋もれた墓地や雪中のそりと多くの犬の一瞬の休息はなぜか心温まる。見上げるような大きな鋭角的氷山の雄姿に感動する。断崖絶壁にへばりつくような岩の家、沼中に建つ家も凄い。空から見る冬の富士山、かすかに見える雪中のジグザグ登山道。また、夏の富士登山の帰路、砂煙をあげて一直線に駆け下りる人々。洞窟中の多くの人の手型など、容易には見ることができない光景を目の当たりにする。写真ですらこうである。実物を目前にしたらさぞ感激することだろう。石川の感動が聞こえるようでもあった。

 

津上みゆき 《View―"Cycle"26 Feb.-10 Apr.05〈Water〉》 2005年 財団法人大原美術館蔵
 
 津上みゆき(1973〜)のコーナーに入った。ショウ・ケースに風景を描いた小さなスケッチブックが見開きで展示されていた。彼女はこれはと思うところをスケッチし、これをもとに絵画を制作するそうである。作品をVIEWと呼ぶのもこんなところからきているのだろう。
 作品が何点も並んでいた。風景だとは微塵も感じられない。スケッチが彼女の中で醸成されまさに抽象絵画となって再構成されるようだ。
 作品≪View−24seasons,2005-08≫(2005〜08)が目についた。3年がかりで制作した24点の作品である。昨年だったか青山のスパイラルで見た。1年を24節気(大寒、立春、夏至、立冬など)に分け一つひとつを作品にしている。色彩などから勝手にこれは春だろう。冬だろうなど考えてみた。風景がこうなる。彼女の再構成の方法はどんなものなのか作品を見ながら考えてみた。分からない。色彩を象徴的に使っているのかもしれない。そこには視覚だけでなく、あらゆる感覚が総動員で織り込まれているようだ。色彩から季節感が何となく伝わる。また、思い切りのいい描き方も凄い。意識的に描くのではなくあらゆる感覚を盛り込むと自然にこうなるんだろう。「色彩」、「描き方」の両者相まって魅力ある世界を表現していた。
 中村一美の絵画≪破庵≫が頭をよぎった。以前池袋の画廊と愛知県立美術館とで見た。始めに白木の木材を使って簡単な骨格だけの構築物「破庵」を制作する。池袋では「破庵」の写真を、愛知では実物の「破庵」を見ることができた。中村はこれをもとに抽象絵画≪破庵≫を何点も描いた。実物から推測できないほどデフォルメされているがその痕跡をうかがわせる見事な抽象絵画だった。これを見て抽象絵画制作プロセスがほんの少しわかったような気がしたものだ。
 
     津上の「スケッチブックの風景」は中村の「破庵」かもしれない。津上をこうみると色彩と描き方に何かその痕跡を見ることができるような気がした。納得がいった。VIEWは「風景」というより津上の「視点」かもしれない。

 

宮永愛子 《凪の届く朝》(部分) 2008年 (釜山ビエンナーレ2008)
撮影:宮永愛子 写真提供:ミヅマアートギャラリー
 
 宮永愛子(1974〜)の作品はこのところ立て続けに見た。東京ワンダーサイト本郷、資生堂ギャラリーと今回である。本郷では台座に載ったスーツケース2点で、1点は石膏製、もう1点はナフタリン製だった。共に白い。ナフタリン製は大きな透明のアクリル・ケース内の展示。昇華が進み中身がすっかりわかるほど壊れていた。一方アクリル・ケースには一面に昇華したナフタリンが結晶となって付着していた。異質素材で制作した両作品の並列展示。この分かりやすさと面白さに感心した。
 資生堂はアートエッグ展だった。これもナフタリン製小作品10点、大きな作品1点の展示だ。すべて昇華が進み透明のケースにまるで雪が窓に付着するかのようにきれいな光景を呈していた。照明と展示方法も素晴らしかった。
 今回も同様だった。宮永のコーナーに入るとナフタリン製帽子、靴、手袋などがショーケースに展示されていた。ここでもナフタリン素材の登場である。それぞれ昇華が進み一部崩壊など時間の経過が読み取れる。一歩奥に入るといくつもの古い箪笥が迷路のように置かれていた。ところどころ箪笥の引出しが半分ほど引き出され、中に小作品が置かれていた。10点ほどあっただろうか。箪笥と言えば防虫剤としてナフタリンはつきものだ。今回はナフタリンが箪笥の引き出し内に防虫剤としてではなく主役として登場していた。主従逆転の発想だ。面白い。よくぞここまでと作品を見ながら感心した。
 
     ナフタリンといえば時間とともに昇華して消失する素材である。消失するものを素材として使用する。そこにはいろいろな意味合いが込められているように思えた。「時間の経過」、「周囲に付着した結晶の美しさ」、「崩壊によるアンバランスの面白さ」、「主従逆転の発想の良さ」、「異質素材作品の並列展示の面白さ、わかりやすさ」などを痛感。発想のユニークさに感心した。

 

平川滋子 《光合成の木》 2006年(市庁舎公園、フランス、アルジャントゥイユ市)
撮影:平川滋子
 
 平川滋子(1953〜)である。新美術館ホールから外を見ると木の葉が一部紫色に染まったかのようである。これが平川のインスタレーション≪光合成の木≫だ。
 平川はフランスで長い間創作活動をやってきた。何年か前にヨーロッパで夏に熱波に襲われ多くの死者を出したことがあった。普段地球はあらゆるものが程良くバランスを保っているが、そのバランスがいったん崩れると自然現象にも大きな影響が出る。 
 平川は光合成によって二酸化炭素を酸素に変えている植物の緑、森林の緑はバランスが保たれていれば問題ないが、このところ緑の脱色が見られるという。バランスが保たれなくなり、葉緑素が薄くなっている結果ではないかともいう。地球温暖化、砂漠化によるバランス崩壊の具体例かもしれない。そうであれば極めて重大時であろう。平川はこれを取り上げ少しでも注意を喚起しようと「地球が危ない」プロジェクトを企画。作品≪光合成の木≫はその中の大事な部分だとのこと。
 
     作品は美術館の外にある3本のケヤキの木に4500枚ほどのプラスティック製ディスクを取り付けたものだ。ディスクは白色だが、太陽光線を受けると紫色に変色する素材でできている。当日も3本の木には太陽光線を浴びた多くのディスクが一面に美しい紫色を呈していた。紫は葉の緑に対する補色の効果を意識しているようだ。木の葉が太陽光線によってバランスを保って美しい緑色になるのを目立つ紫色を使って象徴的に表現しているんだろう。光合成が正常に進んでいる様子を可視化したものだとのこと。展示室では時間の経過とともにディスク変色の様子が、映像で流れていた。きれいな紫色のディスクが、太陽光線の亡くなる夕方から夜にかけてほとんど真っ白になる。衰退そのものを感じさせる。危険のサインだ。正常な光合成の進行がいかに重要か作品を通して指摘しているようだった。強いメッセージ性のある作品であろう。

 
 

 全体に親しみやすい作品が多く見やすかった。去年の同展も充実していたが、ややコンセプチュアルに過ぎたように思えた。重く、分かりにくい作品が多かったように思う。これに比べて今年は親しみやすく見ることができた。また、国内だけでなく海外にも視野を広げているところもこの企画の意欲をうかがわせた。現代美術の方向性をこの企画から見ることができるかもしれない。今後も楽しみである。

   
著者プロフィールや、近況など。

菅原義之

1934年生、生命保険会社勤務、退職後埼玉県立近代美術館にてボランティア活動としてサポーター(常設展示室作品ガイド)を行う。

ウエブサイト ART.WALKING

・アートに入った理由
リトグラフ購入が契機、その後現代美術にも関心を持つ。

・好きな作家5人ほど
作品が好きというより、興味ある作家。
クールベ、マネ、セザンヌ、ピカソ、デュシャン、ポロック、ウォーホルなど。

 

 

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